元公女の戯れ


アリアとエリクが共に捕らえられ、

共に目を覚ましてから数日間。


状況が変化する様子が見えないアリアは、

停止する状況の中で思考を回し、

どうにか閉じ込められた迎賓館の部屋から、

脱出できないかを思案している最中。


そのアリアの部屋の術式が再び解かれ、

扉を開いた者が現れた。

その人物に、アリアは驚きを見せつつ迎えた。



「ケイル!?」


「アリア」



目の前に現れたケイルに驚きながら、

アリアは座っていたベットから飛び出し、

扉の前までケイルに走り寄った。


そのケイルの後ろには幾人かの兵士と、

青い衣が見えた瞬間、アリアは歩み寄る速度を落とした。


後ろに控える師父ガンダルフに対して、

アリアは呟くように呼んだ。



「師父ガンダルフ……」


「この者が御主に面会したいと申してな。元老院の許可も得ているそうだ」


「元老院の許可を……。ケイル、どうやって?」



元老院の許可を取り付けて面会に来たケイルに、

アリアは驚きを向けつつ聞いた。


ケイルはその言葉に返答はせずに、

ガンダルフと兵士達に向けながら告げた。



「アリアと二人で話がしたい。他の人等は部屋から出てくれ」


「……」


「元老院の許可は得ているって言ったろ。十分間でいい、二人で話をさせろ」



兵士達は互いに顔を見合わせつつ部屋から出て、

ガンダルフ自身も部屋から出ると、

閉じられた扉に再び術式を発動させた。


ケイルはアリアと室内で二人きりとなり、

目の前に立つアリアにケイルは顔を向けた。

そして互いが何かを言う前に、

ケイルは右の平手をアリアの左頬に向けて打った。



「!?」



アリアは咄嗟の事で状況に反応できず、

そのままケイルの平手打ちを受けて顔を僅かに逸らす。


平手打ちをしたケイルは右手を引き、

アリアに対して静かに怒りながら告げた。



「何を呆けてんだよ。お前のせいで迷惑を被ったんだ。こうするのは当たり前だろ」


「……」


「お前も、今回の事情はあの青い爺さんから聞いてるんだろ。お前がこうなってるのも、エリクの奴が地下牢獄に拘束されてるのも、周りの奴等が迷惑を被っているのも、全部お前が後先考えずにやった事が原因だろうが」


「……」


「本当は握って殴るつもりだったが、平手打ちで我慢してやる。優しいアタシに感謝しな」



そう告げ終えたケイルは部屋を見渡し、

机と椅子の置かれた場所まで歩いて席に着いた。

アリアはケイルの行動と告げられた事に反論はせず、

その場に留まりながらケイルに目を向けなかった。


そんなアリアに目を向け溜息を吐きながら、

ケイルは零すように話し始めた。



「はぁ。……エリクに会って来た」


「!」


「この数日間、まともに水も食事も与えられずに、最下層の地下牢獄に拘束されてた。とりあえずは、水を与えるようには交渉した。エリクならこれで十数日は持つはずた」


「……」


「エリクの奴にも、暴れず脱獄せず助けるまで待ってろと釘を刺しといた。お前もこの部屋から無理して抜け出そうなんて考えるなよ。状況が悪化する」


「……」



エリクに続きアリアにも言葉で釘を刺したケイルは、

椅子に持たれかかりながら話を続けた。



「今、グラシウスとリックハルトがお前に対しての事情を元老院に話してる。この国に数日前に来たばかりで、王子誘拐の件とは全く無関係で、偶然居合わせて王子を保護してただけだってな。多分、その意見自体は通るだろうぜ」


「……」


「でも、エリクの方は無理だ」


「!」


「誘拐事件の冤罪は晴らせても、やらかした事がデカ過ぎる。王宮に侵入し、兵士と闘士達を半殺しにして、マシラ王の居る王宮内部まで踏み込んだからな。王宮の建物の二割強も戦闘で破壊してる。どんな法を照らしても、最低でも死罪か終身刑だ」


「……ッ」


「こっちには、エリクを庇えるほどの交渉材料がない。なんとかリックハルト達の交渉で現状を維持出来てるが、このままじゃ早かれ遅かれ、エリクの処刑は決まる。粘っても結論が長引けば、エリクは地下牢獄でのたれ死ぬ」



断言して告げるケイルの言葉にアリアは納得し、

同時にその出来事を回避する事が出来る材料を探した。


そこで思いつく事を、アリアは話した。



「エリクは、誰も殺してはいないのよね」


「ああ」


「それがエリクの故意的な行動だと証明できれば、ある程度は罪を軽減できないかしら。死人を出すより怪我人を出してそちらに人員と対応を割かざるをえない。エリクはそれを考えた上で、誰も殺さず負傷者だけを増やしたはずだわ。エリクには王宮に居た兵士や闘士に対して殺意は無かったはずよ。それを証明できれば……」


「証拠やエリク本人からの証言があったとしても、マシラ側はこう主張するだろうぜ。結果として死ななかっただけだ、とな。そんな内容じゃ無理だ」


「建物の損害だって、ゴズヴァールという男とエリクが戦った時に破壊されたもので、エリク自身が壊してないものか大半のはずだわ」


「それを差し引いても、アイツが王の居る王宮内で乗り込み、戦闘を行った事に変わりはない。その内容でも無理だ」


「……闘士に関する風聞を利用するのは?」


「風聞?」


「闘士って、この国では強い戦闘集団だと思われてるんでしょ。それがたった一人の侵入者に壊滅させられたなんて情報が出回れば、マシラ共和国内での闘士の信用は地に墜ちる。それを脅迫内容にして、エリクの釈放を引き出せない?」


「脅迫の内容としては弱すぎる」


「闘士達はマシラ王が病床で苦しむ中、その混乱に乗じられて王子を誘拐された。しかも誘拐したのは共和国兵とその役人で、共和国内の上層部が関与している可能性がある。挙句に誘拐された王子を奪還した人物に、闘士は誘拐の冤罪を着せて酷い仕打ちをした。この内容は?」


「確かに、それは闘士にとっては痛手になる話だな。だが元老院にとっての痛手にはならない。その噂が広まっても、元老院側は一部の闘士達や誘拐犯を首切りにして、今回の事件の責任をそいつ等のせいにして押し逃げるだろうな」


「……ッ」


「軽減の材料としても、脅迫の材料としても。お前が言ってる事はマシラ共和国の政府連中の弱点には成り得ない情報だ。それじゃあ、エリクは助けられない」



アリアの言葉をケイルはそう聞き捨て、

互いの顔を見合わせながら次の言葉が詰まる。

アリアの持つ情報と思考の言葉は、

エリクを助け出すには弱すぎた。


互いの顔を逸らし僅かな沈黙が訪れた。


しかし、その沈黙を破ったのは、

思考するアリアではなく、

既に結論を出していたケイルだった。



「一つだけ、エリクの罪状に関して酌量が得られる可能性はある」


「えっ」


「マシラ王直々に、エリクに対する助命を乞わせるんだ」


「!?」


「今回の事の発端は、お前が王子を助けて不用意に守っちまった事にある。だが見方を正しくすれば、お前はマシラ王にとって王子を救い出した恩人だ。その恩人たるお前の頼みを聞き、マシラ王が元老院に対してエリクの釈明の機会を与えれば、エリクが助かる可能性はある」


「なら、それをすれば……」


「でもマシラ王は今、病気でぶっ倒れて意識不明だ。意識も無いマシラ王に、恩を着せるもなにもないだろ」


「……」


「マシラ王が快復したとしても、まともに話せる機会が訪れるのは体調が戻ってからになるだろ。その間にエリクの処刑は間違いなく決行される」


「……」


「後はもう、これが出来得る最短最悪の手段かもしれないが。……エリクの釈明の場を元老院に執り成してもらう為に、アタシとお前の身体を、あの爺達に差し出すか……だな」



嫌そうな顔で最後にケイルが呟く。

それを聞いたアリア自身も想像し嫌な顔を見せた。

しかし現状でエリクを救う手段が絶望的であり、

出来る手段の一つに考えなければいけない。


それを理解した上で、アリアはこう告げた。



「……そうね。それもいいかもね」


「!?」


「元老院の連中と接触して直接交渉するというのは、良い手だと思うわ」


「お、おいアリア。お前、自分で何言ってるのか、分かって……」


「ちゃんと分かってるわ。それも手段の一つとして有用よね」


「そんな簡単に……!?」



慌てながら口走るアリアに顔を向けたケイルが、

思わず立ち上がった。

そのケイルに、アリアは不思議そうに述べた。



「何をそんなに慌ててるの、ケイル」


「お、おま……」


「元老院に直接接触出来るなら、した方がいいじゃない。その上で脅迫すればいいだけの話だわ」


「え?」


「……勘違いしてるようだから言うけど、誰が好きでも無いクソ爺共に身体なんて売るものですか。そんな事させられるくらいなら、自分で自分の身体を爆発させて死ぬわ」


「じ、じゃあどういうつもりで……」


「私が言ってるのは、そういう事を装って元老院の連中に接触すると思わせて、逆に脅迫するのよ。命を交渉にしてね」


「!?」


「いいじゃない、エリク一人だけ死なせるのは理不尽よ。エリクを処刑しようと決断した元老院達も巻き込んで死なせましょう。ついでに無能な闘士やこの国の連中も。その方がスッキリするわ」


「……お、おい。アリア?」



とんでも無い事を言い出したアリアに、

ケイルは先ほどまでの怒気が完全に失せ、

焦りと同時にアリアの狂気染みた様子を見た。


ケイルはその時に初めて、アリアの本性を見た気がした。



「何を驚いてるの、ケイル。人の命を奪うんですもの。奪われる覚悟くらい、この国の代表者達だってしてるでしょ?」


「!?」


「もし私が、仮に罪に問われず釈放されたとしても。エリクが処刑されたら、私は自分自身を滅ぼしてでも、この国を滅ぼすわ」


「……アリア?」


「そうしないと、私が納得しないもの」



その時、アリアは笑顔をケイルに見せた。

その笑顔にケイルは悪寒を感じさせていた。



「ケイル。私はね、一度は私自身の生まれ育ったガルミッシュ帝国を滅ぼそうと思ったの」


「!!」


「だってそうでしょ。私は婚約者であり皇子であるユグナリスに裏切られた。そんな皇子が皇位を継いでしまう帝国なんて、滅びて当たり前じゃない?」


「……」


「だから王国に亡命して、帝国を滅ぼさせてあげようと思ったのに。エリクに聞いたら、王国は帝国を滅ぼすに値しない国だっていうじゃない。だから帝国を滅ぼすのは諦めて、エリクと一緒に他の国に逃げようと思ったのよ」


「……」


「エリクと出会って、新しい目標も出来たのに。そのエリクが死んだら意味がないの。今までして来た事が、全て無駄になっちゃうじゃない」


「……新しい、目標?」


「私自身の旅の目的は、帝国の勢力圏外に出て何事も無く平和に暮らせる国に根付くこと。その中で思い付いた新しい目標は、エリクを『英雄』にすることなのよ」


「!?」



まるで当たり前だと言うように告げるアリアに、

ケイルは僅かな戦慄と畏怖を覚えた。


アリアは本気で話していた。


エリクを英雄にする。

しかしエリクを処刑すればマシラ共和国を滅ぼすと、

堂々とアリアはケイルの前で宣言した。




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