真の姿

※ここから南国編終了まで、未編集の文章となります。


魔人として自身の力を発揮するゴズヴァールと、

魔人として自分自身の力を引き出せないエリクの戦い。


それを見たアリアは、明らかな焦りを見せていた。



「……まずい。このままじゃ、エリクが……」



吹き飛ばしたエリクに歩み寄るゴズヴァールを見て、

アリアは小声で呟き、この状況を打破できる策を考えた。


しかし考える間もなく、

エリクが倒れる場所まで辿り着いたゴズヴァールは、

トドメを刺す為に右拳を振り上げた。


考える猶予さえ無くなったアリアは、強行手段に出た。



「マギルス。ここまで連れて来てくれて、ありがとう」


「え?……えっ、ちょっと。これって……またぁ!?」


「しばらく、動かないでね」



マギルスが呼びかけられた時、

アリアと繋ぎ結ばれた縄を握っていた手が、

縄を通じて氷で覆われ始めている事にマギルスは気付いた。


一瞬で縄を伝って手と腕を氷で拘束し、

更にマギルスの足も氷で覆って拘束したアリアは、

そのまま前へ出るように動いて縄の氷だけ薄くし、

マギルスが握っていた鎌の刃へ縄を当て、引き千切った。



「ちょ、ちょっとアリアお姉さん。何する気なの!」


「決まってるでしょ。エリクを助けるの」


「む、無理だよ!いくらお姉さんでも、ゴズヴァールおじさんは……。ねぇ、ちょっと!」



拘束され手足を覆う氷を剥がそうと、

マギルスは力を込めながらも上手くいかない。

氷の分厚さが尋常ではなく、

少年姿に似つかわしくない怪力のマギルスでも、

アリアの氷の拘束を解けなかった。


アリアはそのまま歩きつつ、

トドメを刺そうとするゴズヴァールに大声で怒鳴った。



「ゴズヴァール!」


「!」



手刀をエリクに突き刺そうとした直前。

ゴズヴァールは動きを停止させ、

後方から歩み寄るアリアに対して意識を向けた。


敢えて気付かせたアリアは、

詠唱も無しに周囲に氷の棘を生み出し、

ゴズヴァールに対して撃ち放った。

それを難なく飛び避け、

そして拳で撃ち落したゴズヴァールは、

アリアに体を向けて対峙した。


一度だけゴズヴァールはマギルスを見ると、

氷で拘束された姿を見ながら、アリアに視線を向け直した。



「……殺されたいらしいな。女」


「殺されるつもりは無いわ。特に、アンタにはね」


「どうやら、拘束具が意味を成していないようだ。……だが、その程度の魔法で、俺に勝つつもりか?」


「勝つ、ね。……まったく。見た目通り、脳筋で頭が悪い男が考えそうな貧相な言葉ばかり言うのね」


「……挑発の言葉にしては、力が足りないようだな」


「試せばいいわ。その貧相な発想と力でね」



ゴズヴァールはアリアの言葉を受け、

僅かに残す慈悲の目を喪失させた。


そのままアリアに歩み寄り、

圧倒的な体格差でアリアの正面に立つと、

素早く拳を振り、アリアの顔面を撃ち抜いた。


しかし次の瞬間。


アリアの顔面に届く直前に、

ゴズヴァールの拳が何かに阻まれた。



「!」


「詠唱しなきゃ魔法が使えないと思ってる。そういう驚き方ね」


「これは……魔法の物理障壁シールドか」


「それだけじゃないわよ」


「!」



物理障壁シールドに拳を撃ち付けた瞬間、

ゴズヴァールの拳と豪腕に痛みに似た衝撃が走った。

豪腕の皮膚が切り裂かれたように傷付き、

固められた拳が引き裂かれたように裂かれた傷から血を流す。


ゴズヴァールは驚いて腕を引き、

その驚いた表情を見ながらアリアが笑った。



「腕力で全て上手く行くなんて考え方は、時代遅れも甚だしいのよ」


「……」


「あの日の夜。私がどうして大人しく降伏を選んだか。一つだけ誤解されているようだから言っておくわ」


「誤解、だと?」


「あの場で全員倒すのも簡単だったのよ。アンタも含めてね。でも、そうなったらあの子も巻き込んじゃうから、大人しく投降してあげたのよ。感謝しなさい。おかげで王子様は取り戻せたでしょ」


「……」


「それにしても、何が闘士よ。王子をみすみす誘拐されたと思えば、自分の無能を棚上げして他人様に冤罪を押し付けて」


「……ッ」


「そんな闘士達もたった一人の男に壊滅させられて、人格にも戦力的にも問題があるんじゃない?」


「……貴様」


「ただ暴力を振るだけしか解決できない集団の長が、安い挑発も受け流せずに目を血走らせて。それがマシラ最強の男ですって。笑わせないでよ。こんな奴に頼りきってるマシラ王も元老院も、大した為政者だわね」



アリアは嘲笑いつつ、ゴズヴァールを罵った。

その言葉の幾つかはゴズヴァールの額に青筋を浮ばせ、

怒りで冷静さを欠けさせるに十分な言葉の槍となった。


その怒りで口を大きく歪ませて歯を食い縛る中、

ゴズヴァールは零すように口から言葉を吐いた。



「……元老院が命じた事だからこそ、拷問も行わず拘束のみに留まっていたが……。貴様は生かして帰さん」


「それはこっちの台詞よ。私の大事な相棒を散々叩きのめしてくれて……。許さないわ」



互いに怒りの形相へ変化したゴズヴァールとアリアが、

再び交戦を開始した。


ゴズヴァールの素早く重い殴打を物理障壁で防ぎ、

同時にアリアが無詠唱で展開する氷の棘がゴズヴァールに放たれた。

顔面に直撃する氷の棘を回避したゴズヴァールは、

容赦無く詰め寄り凄まじい殴打をアリアに浴びる。


そのゴズヴァールの殴打を全て物理障壁で防ぎながらも、

腕を拘束する鉄製の手枷を外せないまま、

アリアはほぼ一方的に物理障壁を打たれ、

その場から僅かに後退を始めた。


しかし、物理障壁へ打ち付けるゴズヴァールの腕や手足も、

先ほどと同じ裂傷が発生し、血が溢れて舞った。



「大口を叩いて、その程度かッ!!」


「その言葉、そっくり返すわよ!!」


「この障壁は、どうやら与えた攻撃を衝撃に変えて私に返すようだが、それも無意味だなッ!!」


「!」



ゴズヴァールが拳と蹴りを叩き込む中、

アリアは相手の腕や足に発生していた裂傷が、

瞬く間に治癒する瞬間を目撃した。



「魔人の、回復力……!」


「この程度の傷、治すのは造作も無い!!」


「ッ」


「この貴様の反撃もその程度か。ならば、俺が障壁を打ち破った時が、貴様の死だ。魔法使いッ!!」



物理障壁が軋みをあげる中で、

更に殴打力を高めたゴズヴァールの打撃が、

アリアを襲うように叩き込まれ続けた。


次第に障壁越しに打撃の威力が相殺できず、

障壁内のアリアが地面を削るように押されていく。


更に魔人として魔力を拳に通すゴズヴァールの打撃が、

物理障壁にひび割れを発生させた。



「やはり脆かったな、魔法使い!」


「……」


「貴様のような魔法使いとは幾度となく戦った。そして全て、この拳だけで倒してきた!」


「……ッ」


「思いあがった小娘が、死をもって償えッ!!」



ひび割れた障壁に狙いを定めたゴズヴァールが、

深い踏み込みと同時に左腕を大きく振って殴った。

そしてひび割れから障壁が砕けて決壊し、

ゴズヴァールの豪腕がアリアの華奢な体を襲った。


しかし、アリアは笑っていた。



「……フフッ、馬鹿ね」


「!」



そう告げたアリアをゴズヴァールの拳は、

思わぬ形で停止した。

撃ちつけた拳が氷を纏い、

拳から腕にかけて覆って拘束したのだ。


しかもその氷は、薄い赤色になっていた。



「これは……!?」


「アンタの拳と腕を封じたのは、アンタ自身が流した血」


「!?」


「怪我は治せても、外に出た血液までは体の内に戻せない。なら、それを凍らせて生み出す氷の起点を作ればいい」


「……貴様……ッ」


「それにエリクの返り血も、アンタの体を拘束するのに十分なほど浴びせていた。感謝するわ、エリク」



動かない腕と同時に、

回らない腰や胴回りを見たゴズヴァールは、

初めて自分が陥っている状態を認識した。


手足や腕だけではなく、

血液が付着していた場所から氷が発生し、

薄く覆い始め、所々が分厚く覆われ始めていた。

そして瞬く間に血液の氷が増殖し形状を変化させ、

ゴズヴァールの肉体を完全に覆って動きを封じた。


顔面さえ覆い始める氷に、

ゴズヴァールは驚きながらも呟いた。



「馬鹿な……」


「馬鹿はそっちよ。私を並の魔法使いと一緒にした時点で、アンタは終わってたわ」


「貴様、いったい……」


「覚えときなさい。アンタを氷漬けにした女の顔と、アリアという名前をね」


「……」



ゴズヴァールの五体を全て氷で覆い凍らせ、

その場に巨大な氷像にも似た氷の塊がそびえ立つ。

氷像の中にはゴズヴァールが拘束され、

表情と動きが完全に固まった状態で停止した。


そしてその氷は、巨大な赤い薔薇のような形として広がり、

閉じ込めたゴズヴァールを分厚い氷の層で覆い見えなくすると、

その場に咲き誇るように氷の赤薔薇が冷気を発して生み出された。



「――……秘術魔法、『傲慢なる者をブライズ赤い薔薇で彩り飾るアイゲンローズ』。光栄に思いなさい。わざわざ美しい赤い薔薇で彩って、氷の中に埋葬してあげるんだから」



そう告げたアリアは僅かによろめきながらも、

鼻から少量ながも鼻血を垂れ流した。

それを手で拭いながら、アリアは小声を漏らした。



「……マズいわね。これ以上、この方法で魔法を使ったら、反動が……」



そう呟きながら鼻血を拭い、

氷の薔薇を迂回しながらアリアは歩き、

エリクが倒れる場所へ辿り着いた。


アリアは血塗れで倒れるエリクに呼び掛けた。



「エリク。エリク?」


「……ゥ……」


「よかった、生きてるわね。……エリク、起きれる?」


「……ア、リア……?」


「そうよ。まったく、こんな無茶して。約束を破ったわね」


「……無事、か……」


「そっちが無事じゃないでしょ。傷はどうなの、動ける?」


「……ぅ……」



血塗れで怪我が酷いエリクを見たアリアは、

朦朧としながらも喋れる程度に意識が残っている事に安堵し、

華奢な体でエリクを支えようと肩を起こした。


しかしその時、アリアは嫌な音を聞いた。


薔薇の氷にひび割れが発生し、

冷気が発せられない状態になっている事に、

エリクの肩を抱えようとしたアリアは気付いた。



「……嘘。まさか、あれを自力で脱出できるはず……」



そう驚きながら目を向けるアリアだったが、

口から出た言葉とは裏腹に急いでエリクを抱え、

この場から離れようと動いた。


しかし十数秒後、氷の薔薇は砕けて崩壊した。

そして中から出て来たのは、

先ほどまで戦っていたゴズヴァールという大男ではなかった。



「……何よ、あれ……」



アリアが見たのは、ゴズヴァールの姿に近しい何か。


顔の形状が僅かに獣寄りになり、

頭の左右に黒い角を生やした姿。

肉体が肥大化して二メートル強の巨体へ変化し、

手足に剛毛に似た毛を覆う化物染みた様相。


そしてアリアが感じたのは見た目の異様さだけではなく、

化物染みた様相と共に放たれる、魔獣特有の魔力の波動。

そして身に纏う炎に似た魔力の姿。


アリアがその姿を見て連想したのは、

巨大な黒毛の闘牛が人間に近い形を模し、

二足歩行となったような存在。


牛鬼族ミノス


目の前に居たのは、

魔大陸を棲み処にする戦闘種族。

牛頭族の進化体である牛鬼族へ変化したゴズヴァールは、

振り返って睨む視線をアリアに向けた。



「確かに、侮った」


「……魔人って、そういうことも出来るわけね」


「怒りのあまり、貴様を侮った。俺の不覚だった」


「……」


「魔法師アリア。お前を、脅威ある敵として認めよう」



体の正面をアリアに向けたゴズヴァールが、

前傾姿勢となり、更に太く毛皮に覆われた手を地面に着けた。

そして頭の二本の角をアリアとエリクに向け、

鋭い眼光を向けて狙いを定めた。


そして、ゴズヴァールは闘牛の突進の数倍の速さで、

アリアとエリクが居る場所に突っ込んで来た。



「!!」



アリアはその瞬間、回避が不可能と判断し、

古代魔法を使用した物理障壁を前方へ展開した。

幾重にも障壁を重ねて自分自身とエリクを守る。


そして牛鬼族となったゴズヴァールの巨体と角が、

アリアの物理障壁に激突した。

衝突したゴズヴァールと障壁の凄まじい轟音と、

魔力の光がその場に満ちた次の瞬間。


その場に二つの影が宙を舞い、

重なるように地面へ落下した。


そして、赤い血が地面に流れた。



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