南国編
南国編 一章:マシラ共和国
見えない焦り
アリアとエリクを乗せた商船は、予定通りの航路を辿り、二十日後に南方大陸に辿り着いた。
その南方大陸の最北端に位置する港に到着した後、一行を乗せた商船は停泊する事になった。
商人のリックハルトは馬車に切り替え、船に乗せた荷物を馬車に載せ替える作業を船員達に行わせた。
「馬と馬車の準備。そして荷を乗せ替えるのに手間が掛かりますので、五日ほど港で休みを取ります。私が予約した宿に、傭兵の皆様には泊まって頂きますよ。なに、ここは既にマシラ共和国の領土内。帝国も王国も、二人には手を出せませんよ」
リックハルトが取った宿に傭兵達は自分の荷物を入れ、アリアとエリクもその宿で二人部屋に入れるようにお願いした。
そして今現在、アリアとエリクは室内で向かい合いつつ話していた。
「エリク、身体の方はどう?」
「ああ、もう大丈夫だ。君の方こそ大丈夫か? 俺よりも大変そうだったが」
「ええ。もうここは船の上じゃないの。船酔いで夜中どころか日中さえ満足に眠れなかったけどね。というか凄く眠いから今すぐ寝たいくらいよ」
「そうか。なら寝るといい」
「その前に、決めておく事があるわ」
「決めておくこと?」
「貴方の体……ううん。貴方が魔族の血を引いている事は、出来るだけ内緒にしておきなさい」
唐突にそう告げたアリアに、エリクは聞いた。
「どうしてだ?」
「南の国マシラはどうか知らないけど、人間の国家の中には魔族を排斥したい勢力も存在するの。そういう奴等に目を付けられると、今後の行動が難しくなる場面が出てくるわ。だから、あくまで貴方は強い人間ってことで押し通すのよ」
「そうか、分かった」
「それと、もう重傷を負うのはダメ」
「!」
「今までは私が重傷や毒くらい簡単に治せると思ってたけど、貴方の肉体全てを癒せないと分かったら、怖いの。……エリク、重傷を負うような無茶は、今後しないで」
「……それは、約束できない」
「どうして?」
「君を守る為に、俺は傍にいる」
「そうね。でも、ダメなものはダメ。いい?」
「……出来る限り、努力はしよう」
「それでいいわ。……それじゃあ、私は寝るから……」
そうして寝室に移動したアリアはベットに倒れ込んだ。
久し振りに柔らかいベットに潜り込みつつ、船の中での疲れを癒す為に寝た。
そんなアリアにエリクは安心感を持ちつつ、窓の外を見ながら外の景色を見た。
港町だけあって段差の多い家並びが多く、港側が一番低く宿が置いてある今の場所は、かなりの高さに建てられていた。
下を見ると、他の傭兵達が買い物に行く姿が見えた。
そして部屋の扉をを叩く音が聞こえたエリクは、大剣を掴みつつ扉に向けて声を出した。
「誰だ?」
「アタシだ。ケイルだよ」
「ケイルか。何の用だ」
「警戒するのは分かるけど、とりあえず顔を見ながら話そうぜ」
エリクが室内で警戒しているのを読んだケイルは頼むように話すと、それに応じてエリクは扉を開けた。
「どうした?」
「アリアのお嬢ちゃんは?」
「寝ている」
「そうか。この宿、食堂があるみたいだからさ。三人で一緒に昼食でもしないかと思ったんだけどな」
「そうか。食事は、アリアが起きてから行く」
「分かったよ。それじゃあ、夕食頃に会おうぜ」
「ああ」
そうして尋ねてきたケイルの背中を見送った。
ケイルの背中には僅かに剣の痕が残りながらも、傷口としては完全に塞がり移動もできるようになった。
エリクも包帯を既に取り、火傷を負っていた左手も火傷の跡を僅かに残しつつも、支障無い程度に癒えた。
エリクは寝室で休むアリアに気を使い、宿にある庭へ移動して大剣を振った。
アリアの言いつけ通りに船の中では安静にし、過度な運動を行う事を禁止されていたエリクは、鈍った身体の感覚を戻す為に剣を振り続けた。
縦横無尽に大剣を扱い、一つ一つの動作を確かめるように振り抜く。
そしてイメージ上での敵を連想して身体を動かし大剣を薙ぎ動かす。
時には魔物や魔獣、そして人間を想定しながら、イメージ上の相手を全てを倒す。
そして静かに深呼吸を行い、新たな相手をイメージした。
相手は、あの老騎士ログウェル。
自分と相対したログウェルを想像し、エリクは大剣を持ったまま構えて動かなかった。
「……ダメだな」
構えを解いたエリクは、首を横に振りつつ目の前に浮かばせたログウェルのイメージを消した。
「あの男は、底を見せていない……」
本気になったログウェルを想像したエリクだったが、その底を見せていないログウェルをイメージする事が出来ず、イメージ訓練を行う事が不可能だと判断した。
大剣を壁に立てかけたエリクは、井戸の水を汲んで頭から浴びて汗を流し、持っていた布で体を拭いて部屋に戻った。
この時のエリクは、見た目以上に焦っていた。
本気ではないログウェルに押し負け、アリアを守れなかったことを自覚していた。
だからこそエリクは、自分自身の力の向上を望んでいた。
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