襲撃者の正体 (閑話その八)


 アリアとエリクを乗せた商船の出航を見送るのは、傭兵ギルドのドルフやエリクの仲間達。

 その更に遠巻きから隠れるように、気絶し傷付いた皇子ユグナリスと共に、老騎士ログウェルが見送っていた。


「……良い判断ですのぉ。流石はクラウス様の娘じゃ」


 商船にすぐに乗り込み南の国に向かったアリアを褒めつつ、ログウェルは気絶したユグナリスを見る。

 エリクの拳が腹部に直撃した瞬間から、負傷後の回復に慣れたユグナリスは回復魔法を使い、倒れつつも自分に回復魔法を施していた。

 これもログウェルとの長くも短い稽古の鍛錬で成せる業だ。


 高位の回復魔法の使い手としてアリアは極めて優秀だったが、自分にに向ける回復魔法の速度はユーリが上回っている。

 詠唱を思考するだけで回復を施せる魔法の腕前になったユグナリスは、エリクの一撃から致命的な状態は脱していた。


「成長しましたのぉ、ユグナリス殿下も」


 気絶したユーリを褒めつつ、脇に抱えてユーリを再び運び始めたログウェルは、ユグナリスを休ませる為に宿のある場所へ向かう。


 しかし港から離れる前に、とある人物がログウェルの前に立った。

 黒い執事服のような礼服を纏った若い男で、オールバックの髪型に黒い髪色と左右で違う青金の瞳を持つ、顔立ちの整う長身の男性だった。


「――……失礼します。ログウェル=バリス=フォン=ガリウス様ですね?」


「お前さんは?」


「失礼しました。私、とあるお方の使いとして参りました、ヴェルフェゴールと申します」


「ほぉ。もしや、ゲルガルドの家人かのぉ」


「恐れ入ります。ログウェル様の武勇は、帝国全土に知れるところ。お会い出来て、光栄にございます」


「お前さんも強そうじゃのぉ」


「そのご慧眼、誠に恐れ入ります」


 そう微笑みながら挨拶するヴェルフェゴールと、微笑みながらも殺気立つログウェルは、互いに向かい合いながら話を続けた。


「そう警戒なさらぬようにお願いします。私は、貴方と皇子ユグナリス様を御迎えに参りました」


「迎えじゃと。頼んでおらんのだが?」


「ええ。しかし今の御二人には休息の場が必要だと思い、お声掛けした次第です。ゲルガルド家が所有する別荘が御座いますので、もし宜しければ、そちらでお休みください。お食事や身の回りのお世話なども、全て私共が用意致しますので」


「ふむ。何が狙いかね?」


「滅相もございません。帝国の大英雄たるログウェル様と、皇子ユグナリス様に不敬な事は行いません」


「……なるほど。お前さん達の狙いは、皇子の方かのぉ」


「!」


 狙いを見定めたログウェルがそう言うと、僅かにヴェルフェゴールは驚きつつも、畏まるように頭を下げた。


「私共の思惑も見通し済みとは、流石にございます」


「当たり前じゃ。儂がこの皇子に付いておるのも、お前さん達のような悪い虫が付かぬようにする為じゃからのぉ」


「……」


「ゲルガルド家の仕業じゃろ。皇子ユグナリスに吹き込み、アルトリア嬢を嵌めようなどという計画を持ち込んだのは?」


「……」


「ゴルディオス様から聞いておるよ。このユグナリスと魔法学園で懇意にしとった学友に、ゲルガルド伯爵勢力の子弟が含まれておったのを。ユグナリスもアルトリア様も、お前さん達に嵌められたんじゃろう」


「失礼ながら。一介の執事に過ぎぬ私には、分からぬ御話でございます」


「そうかね。……して、お前さん達がここにいる本当の目的は、アルトリア様を見張り、送り出すこと。万が一にもクラウス様の手に墜ちる場合には、アルトリア様を殺害すること。そうじゃな?」


「……さぁ、どうでしょうか」


「帝都を出たアルトリア様に暗殺者を放ったじゃろ。つい先日、帝都の北東側でアルトリア様の愛馬が埋葬されておったのを発見したらしい。傷口を調べるに、ボウガンで撃ち抜かれたようじゃ。これでは、アルトリア様も帝都に戻るのが怖くて仕方なかろうて」


「……」


「そしてアルトリア様を殺そうとしたお前さん達が敢えてあちらを見送り、皇子の目の前に出て来た理由。それはアルトリア様を保険として残し、皇子ユグナリスを拐い擁し、王国と激突するローゼン公爵家の守りが無くなった帝都で反乱を起こし、皇帝ゴルディオス様に成り代わり、ユグナリスを皇位に着ける為。そうじゃな?」


「……」


「図星のようじゃな。なるほど、クラウス様の調査と推理はよく当たりますのお。……周りのお前さん方も、いい加減に出て来んかい。バレバレじゃぞ」


 ヴェルフェゴールは微笑みを無くした。

 代わりにログウェルが笑顔を浮かべた。


 一転するように微笑みの顔から変化したヴェルフェゴールが、右手を上げて指を鳴らし、他に隠れ潜んでいた者達を呼び出した。

 数にして、凡そ十名以上。

 本来はアリアを殺害する為の暗殺者達が、その場に姿を現した。

 全員が覆面を被り、肌や瞳の色で異邦人だと分かる。

 彼等はアリアとエリクを襲った襲撃者達と同一人物であり、ゲルガルド伯爵の刺客でもあった。


「ログウェル様、ユグナリス皇子をお渡しください」


「ほっほっほ。断ろう」


「御老体の身だ。あのエリクと戦った後では、お辛いのではありませんかな?」


「若いのに気が利くのぉ。しかし心配は要らんぞ。儂は、生涯現役じゃからな」


「では、我々がその生涯を終えさせて頂きましょう」


 更に指を鳴らしたヴェルフェゴールの合図と共に、港の衆人観衆の中にも関わらず、刺客達がログウェルに襲い掛かった。

 遠巻きからはアリアを仕留めようとした弩弓を持つ者もいる。

 一斉に襲い掛かる刺客達の集団を見ながら、ユグナリスを地面に降ろしたログウェルが、戦いの際に浮かべた鬼気とした笑顔を浮かべた。


 ここから見せたのは、絵本で語られる騎士ログウェルではなく、人斬りを楽しむ剣鬼だった。


 接近してきた二名の胴と頭を二つに切断し、更にその後方に隠れて近付いた刺客の心臓を一突きで絶命させた。

 そのまま他の刺客に心臓を突いた刺客の死体を投げ放ち、怯んだと同時に加速して接近し逆手で腹部を突いて剣を薙ぐ。

 瞬く間に真っ二つにされた仲間達を見て、流石の覆面の刺客達も動揺し怯みが見える。

 そんな刺客達に向けて、ログウェルは鬼気とした笑みを浮かべた。


「お前さん達も、運が無いのぉ」


「……ッ」


「今の儂は、年甲斐も無く興奮しておってな。あの男との戦いの余韻が冷めておらぬのよ。特に最後の動き、楽しめたわい」


「……」


「じゃからな。……誰一人として、生かして逃がさぬよ」


 老人らしからぬ鬼気とした笑みに、刺客の全員が悟った。

 目の前の老人からは逃げられない。

 生き残るには、あの老人を殺すしかない。

 それが分かるからこそ、理解出来た幾人かの刺客が挑んだ。


 しかし、ログウェルは強かった。


「ほっ」


「グアッ!!」


「ほぃ」


「ギャ……ッ」


「ほいっと」


「イアッ……」


 一人。二人。三人と、刺客達の命が絶やされる。

 しかし命を絶やしているログウェル本人は返り血一つ浴びずに、たった一本の長剣で刃毀れもしないまま、易々と刺客達が身に着けていた防具を貫き、刺客の数は半分を切り、全員が戦意を喪失していた。


「む、無理だ……」


 一人の刺客がそう呟き、逃げようとする。

 他の刺客達もそれに連動するように逃げた。

 ログウェルは逃げる刺客を見ながら追おうとするが、その必要は無かった。


「グ、ギャ……!!」


「何を逃げているのです。戦いなさい」


 ヴェルフェゴールが一人の刺客の頭頂部に、食器で使うナイフを放って刺し殺した。

 そのヴェルフェゴールに残った刺客達は怒鳴った。


「ふざけるな、話が違うぞ!!」


「俺達は、小娘を殺せと言われて雇われたんだ!」


「あんな化物を殺せなんて命じられてねぇ!!」


 怒鳴る刺客達は、殺意をヴェルフェゴールに向けた。

 そして自分達を騙した雇い主を殺して逃げる為に、各々の武器を持ってヴェルフェゴールに襲い掛かった。


「愚か者ですね」


 裏切った刺客達を短く罵倒したヴェルフェゴールは、両手を広げると同時に投げ放った三つのナイフが、刺客の額を撃ち抜いた。

 短い悲鳴を上げた刺客達はその場に倒れ、死んだ。

 その様子を見ていたログウェルが、感心するように告げた。


「やはり強いのぉ、お前さん。ヴェルフェゴールと言ったか」


「貴方程ではございませんよ。ログウェル様」


「さて、次はお前さんが相手かの」


「僭越ながら、お相手をさせていただきます」


 そうして互いに微笑みを浮かべた瞬間に動き出す。

 老騎士ログウェルと執事ヴェルフェゴールの戦いが始まった。

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