激情の決着
前触れも無くログウェルと共に現れた元婚約者である皇子ユグナリスの登場に、アリアは目に見える動揺を見せた。
その理由を、アリアは人差し指を向けながら言った。
「ユグナリス、アンタまさか……痩せたの!?」
「そっちかよッ!!」
「前は豚みたいに肥えてたでしょうが!!」
「そんなに太ってねーよッ!! それに半年間、あのクソ爺に連れ回されて痩せたんだよ、この性悪女ッ!!」
「ハァ……!? アンタ、今の発言で全世界の女を敵に回したわよ! 元々から女の敵だけどね!!」
「何を言ってやがる!?」
「女のダイエット舐めんじゃないわよ!! 半年で、そんな痩せ方したなんて広まったら令嬢達が泣いて敵意を向けるわよ!!」
「いったい何の話してるんだよ!?」
唐突に現れた皇子の存在よりも、その痩せ方に驚くアリアはユグナリスと怒鳴り合う。
エリクとログウェルの過酷な戦いとは別に、方向性が極めて違う争いをし始めた。
それに周囲は呆れたような視線を向けながら、エリクの傭兵仲間だったワーグナーが呟いた。
その声に、仲間達は反応する。
「ユグナリス……。いや、まさか……」
「ワーグナー、あいつが誰か知ってるのか?」
「帝国の皇子が、確かそんな名前だった気がするが……。いや、こんな場所に皇子がいるはず……」
「でもアリアのお嬢ちゃんって、その皇子の婚約者だったんだろ……?」
「……いや、そんなまさか……。なぁ?」
「マジモンの、皇子なはず……」
ワーグナー達が赤髪の青年ユグナリスの正体に疑いを向ける中で、口論を続ける当人達の中で、思わぬ声が飛び交った。
「だいたい、皇子のアンタが何でこんな場所にいるのよ!!」
「お前が言うな!!」
その声が響いた瞬間、周囲は確信した。
目の前に出て来た赤い外套を羽織った赤毛の青年が、ガルミッシュ帝国現皇帝の第一子、皇子ユグナリスだと。
全員が様々な意味の視線を向ける中、周囲の空気に気付かないアリアとユグナリスは、激しい口論を続ける中で、ユグナリスが現れた目的を告げた。
「あの爺に連れ回されて虐待を受けてた時に、ここにお前が居るかもって情報を仕入れて来た爺に同行するよう頼み込んで、ここに来たんだよ!」
「なんでアンタが此処に来るのよ!」
「お前を連れ戻す為に決まってるだろうが!!」
「……は? なんで?」
心底嫌そうな顔をしたアリアが、身を引いてユグナリスに軽蔑の表情を浮かべた。
そんなアリアに構う様子も見せず、ユグナリスは自身の目的を告げた。
「父上も母上も、俺が改心して鍛え直されるまで帝都に戻るのを許さないとか言ってるんだよ! だったら、お前を連れて帰れば、俺も帝都に戻れるだろう!!」
「……あんた、やっぱり馬鹿だわ」
「なッ!?」
「あんたの改心と私が帝都に連れ戻るのは全くの別件でしょうが。そんな事も分からないわけ? 体は痩せても馬鹿は直らなかったみたいね」
「……そうやって毎回、俺を馬鹿にしやがって……ッ!!」
「馬鹿に相応の態度をとって何が悪いってのよ! 悔しかったら、その頭に納まった小さな脳ミソをフル回転させて、自分自身の改善を考えなさい!!」
「……この野郎!!」
辛辣なアリアの罵詈雑言を受け、青筋を額に浮かべたユーリが拳を握り、右拳を振るってアリアを殴ろうとした。
その拳を回避したアリアは短杖を右手に持ち、ユーリに向けて魔法を放った。
「やっぱり暴力的なとこも変わってないわね、ぶっ飛びなさい!! 『
「グッ!!」
凄まじい暴風がユグナリスを襲い、その体を浮ばせながら後方へ吹き飛ばした。
しかし数メートル先まで吹き飛ばされただけで踏み止まり、鋭い眼光を向けたユグナリスの様子にアリアは気付いた。
膝を着きながら停止していたユグナリスは立ち上がり、腰に携える意匠の凝った両刃の剣を持った。
「……お前が変わってねぇんだよ。お前の知ってる俺と、今の俺の違い見せてやるよ!!」
「女に暴力を振るような奴が、成長できるわけないでしょ!!」
「お前を女と思った事は、一度だってねぇよ!! ――……『
「私もアンタを、豚としか思ったことないわよ!! ――……『
ユグナリスの剣が魔法の炎を纏ったと同時に、アリアの短杖が魔法の水で剣を模り纏った。
そして互いに衝突するように走り出し、魔法の剣を向け合って激突する。
炎と水の魔力がぶつかり合って反発し、周囲に熱気を帯びた蒸気を放った。
口論の内容は幼い子供を連想させながらも、二人の魔法と体術から伴う剣技のぶつかり合いは、間違いなく一級の戦士を思わせる戦いに周囲には見えた。
「す、すげぇ……」
「あの嬢ちゃん、あんな強かったのか……」
「……護衛、必要なのか?」
「赤髪の男も強いぞ。あれで皇子かよ……」
「二等級……いや、明らかに一等級だろ。……あっちの方は、特級じゃないか?」
船上や下で見ていた護衛の傭兵達が、戦闘するアリアとエリクの戦いで口から言葉を零す。
自分達よりも明らかに強い相手を護衛しろと、そう依頼を受けていたのだと今になって思い知る傭兵達は、今回の依頼に関して最大の不安が目の前にあったのだと知れた。
そんな周囲の空気とは裏腹に、子供の喧嘩染みた凄まじい口論をぶつけ合うアリア達とは対照的に、ログウェルとエリクの戦闘は明らかに激化している。
横腹を痛めながらもエリクは更に速度を上げ、それに対応するようにログウェルも剣速を早め、視界に捉える事が不可能な剣戟を交える。
余裕の無いエリクは険しい顔を厳つく変化させ、歯を剥き出しにしながら周囲の物を巻き込んで破壊しつつ、大剣をまるで短剣でも振るように片手でも扱いながら、ログウェルに向けて攻勢を続けていた。
ログウェルは敢えて真っ向から大剣に長剣をぶつけ、軌道を逸らし力を別方向に流しつつ、剣を突いてエリクに負傷を増やしていく。
「そうじゃ、ええぞぉ。やっと本性を見せ始めたか!」
「ガ、アアアッ!!」
吼えながら攻めに集中するエリクと、それに鬼気とした顔を浮かべ始めるログウェルに、周囲は寒気を感じさせた。
アリアとユグナリスの戦いも凄まじいが、まだ互いに命を奪うのに躊躇う甘さが見える時がある。
しかしエリクとログウェルの戦闘は、命を奪う躊躇いなど微塵も無い本気の殺し合いだった。
加速し激化し続ける戦闘を見ている者の中で、この状態をどうにかせねばと考えるのは、傭兵ギルドマスターであるドルフだ。
「……マズいぞ、どうする……」
護衛対象であるエリクとアリアが自ら戦い、そのせいで逃げる事が難しいこの状態で、どうするべきなのは判断に困っていた。
本来ならば、アリアを援護し皇子ユグナリスを拘束し、エリクをログウェルから引き剥がして船に乗船させて即刻出発させるべきなのだろうが、援護も引き剥がす事も難しい状況だとドルフは判断した。
ならば、いっそ……。
そんな考えがドルフに浮かび上がる。
「……いや、ダメだ。下手に手が出せねぇ。ここは、見守るしかない……」
アリアの方に目を向けたドルフは、依頼の失敗を恐れて戦闘中に皇子を援護し、アリアを殺害する考えが浮かび上がった。
しかしエリクの脅しと今現在のエリクを見た時、あの猛撃が今度は自分に向かって来る可能性を考えた。
結局ドルフがこの時に出来たのは船に駆け上がってリックハルトに状況を伝え、船の出港準備を完全に整えさせ、陸からいつでも離れるようにさせることだった。
そんな戦闘にも変化が訪れた。
アリアとユグナリスの状況が変化し、猛攻の差が歴然とし始めたのだ。
互いに攻めと守りの手数が一緒だったはずが、次第にアリアが防戦に移行し、ユグナリスの手数が増えていく。
二人の体力差が、歴然として現れ始めていた。
「どうした、その程度かよ、アルトリアッ!!」
「クッ!!」
「お前はもっと強いと思ってたんだが、過大評価だったなぁッ!!」
「こ、のぉ……ッ!!」
「俺はこの半年間、あのクソ爺に魔物や魔獣が巣食う西側に送り込まれたッ!!」
「ッ!!」
「水も食料も自分で確保しなきゃならなかった!! 何度も何度もゲロと下痢を吐いて、それでも反吐しながら喰ってきたんだッ!!」
「……ッ!!」
「クソ爺と毎回も戦わされて、ボコボコにされて、痛みで眠れない日だってあった!! それでも生き延びてきたッ!!」
「ク、ゥ……ッ」
「その俺がやってきた半年間を、ただ逃げてただけのお前が否定するんじゃねぇよッ!!」
「キャアッ!!」
炎の剣が水の剣を吹き飛ばし、その魔力が拡散した波動でアリアが吹き飛ばされた。
短杖が転がり離れ、石畳の地面にその身を転がしたアリアが体に幾つかの擦り傷を作りつつも、立ち上がろうと腕と足に力を込める。
しかしアリアが立ち上がる前に立ち阻んだユグナリスの剣先が、アリアの眼前に突き付けられた。
「俺の勝ちだ、アルトリア。俺と一緒に、父上と母上、そして叔父上の下へ戻ってもらうぞ!」
「……誰がアンタなんかと。戻ってアンタと結婚させられるくらいなら、死んだ方がマシよ」
「そうかよ。……それじゃあ、死ねよッ!!」
「ッ」
激情したユグナリスが炎の剣を改めて纏わせ、剣を振り上げた。
アリアは睨む視線を変えずに、そのまま気持ちでユグナリスに屈しなかった。
「アリアッ!! ――……グッ!?」
「余所見はいかんぞ。余所見はな」
それに気付いたエリクがアリアの名を叫び、同時にエリクの防具を容易く貫き、ログウェルがエリクの腹に長剣を突き刺された。
「グ、グガアアアアッ!!」
「なに!?」
しかし歯を食い縛ったエリクが腹筋を固めて身を捩り、腹に刺さったままの長剣をログウェルの手から奪った。
驚きながらも横這いに大剣を振られ、直撃を避ける為に飛び退いたログウェルに合わせ、大剣をログウェルに投げつけたエリクは、その場から長剣が刺さったまま口と腹から血を吐き出しつつも、アリアの方を救う為に駆け出した。
しかしエリクは間に合わず、ユグナリスの剣はアリアに振り下ろされた。
その場に焼けた身体の匂いと、血の匂いが充満した。
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