決闘直前


 決闘当日。

 樹海の中にそびえ立つ石壁が点在する村に、センチネル族の一同を伴った族長ラカムと共に、アリアとエリクは訪れていた。


 アリアは魔法で肌と髪をセンチネル族の色合いに合わせ、パールに借りた民族衣装を着ている。

 エリクも勇士特有の民族装束を身に付けていた。

 部族以外の者がこの森に入るのが禁止されているので、念の為の隠蔽工作なのだろう。

 しかしアリアは毛皮の外套を羽織る懐には、念の為に上級魔獣の魔石を取り付けた短杖をこっそりと抱えていた。

 そんなアリアが石壁が点在する村を見て、視線を向けつつ呟いた。


「……ここって、遺跡みたいね」


「遺跡、か?」


「うん。帝国領内にも幾つかあるんだけど、これに似た遺跡があるの。随分昔に建てられた時代の、滅びた国の街の施設。この樹海も、そしてここに住む人達も、その文明時代の末裔種族なのね」


「……そ、そうか」


「はいはい、分かってないなら、時間がある時にまた教えてあげる。それより今は、決闘に勝つことを考えましょう。話はそれからよ」


「ああ」


 そうして話すアリアとエリクは、センチネル族達の追って歩いた。


 そして辿り着いたのは、石壁が円形に配置された広場。

 そこにはセンチネル族やマシュコ族以外にも、森の中に棲む様々な部族の代表達が訪れていた。

 それぞれが違う場所で集まり、高低差がある周囲は決闘の場となる広場を、見下ろせる形となっていた。


「……ここって、公演場?それとも、舞台場か何かかしらね」


「遺跡の話か?」


「ええ、造り的にね。昔はここで、何か人が集まるような事をやってたんだと思うわ」


「そうか。それが今は、決闘の場になっているのか」


「まぁ、使われ方としては問題無さそうだから良いけどね」


「『おい、二人共。向こうに行くぞ』」


 アリアとエリクが立ち止まって話す最中にパールが迎えに来た。

 そうして案内されつつ、センチネル部族達が集まる場に、全員が腰掛けつつ荷物を置いた。

 それを見たアリアが不思議そうパールに聞いた。


「『皆が持ってきたのって、物々交換で使う物?』」


「『ああ。年に何度か集まる中で、各部族同士で物を持ち寄り、欲しい物と交換するんだ。使いきれず余った毛皮とか、狩りで獲れた肉とか。私達センチネル族は、森の中では陸ばかりで山や大きな川が無いから、武器の刃に使う鉱石や、魚などを交換する』」


「『へぇ、森の外にいる商人とも物々交換してるのよね。意外と交流は広いんだ』」


「『お前達のような外来人が森の外に住み始めた時、森に干渉せず部族達に危害さえ加えなければ、大族長様が物々交換くらいなら良いと取り決めたらしい』」


「『大族長?』」


「『大族長様は、各部族を束ねる族長の長だ。ここで暮らしている部族の長でもある。森の部族の掟は、代々その大族長が語り継ぎ、守るように各部族に伝えてきた』」


 そうした説明をされている中で、決闘場となる広間を挟む向こう側に来た部族を見て、センチネル部族の衆目が集まった。

 パールもそれに気付き、新たに訪れた部族に気付いて睨むように見つめた。


「『……あれが、マシュコ族だ』」


「『へぇ。アレが今日、戦う相手なの』」


「『先頭に立つ大男が、マシュコ族の族長ブルズだ』」


「『……確かに、エリオよりデカいわね』」


「『力も強い。だがそれだけだ。奴はアタシと戦った時、私の動きを目で追いきれず、奴は武器を当てられなかった。そこをアタシは棒槍で叩きのめした』」


「『なるほどね。武術は速さが最も重要だとは言われてるけど、見事に勝利してみせたのね、パール』」


「『ああ。……私が男の勇士なら、あんな卑劣な男、この決闘の場で叩き潰すのに……』」


 睨む視線を向けるパールに気付いたのか、向こう側からブルズがニヤリと笑った。

 その顔を見たくもないのか、一瞥してアリアとエリクへ顔を向け直したパールは頼みを告げた。


「『頼む。あの卑劣な男を、二度と立ち上がれぬ程に叩きのめしてくれ』」


「『ええ。貴方にも勝ったエリオを信じて、任せなさいな』」


 パールの頼みを引き受けたアリアは、その言葉を伝える為にエリクと話した。


「エリオ。あの向こう側にいる男が、貴方の決闘相手よ」


「そうか」


「どう、勝てそう?」


「俺より大きい相手は、魔獣や帝国との戦闘以外では、初めて見るな」


「……まさか、帝国の【鉄槌】ボルボロスを倒したの、貴方なの?」


「なんだ、それは?」


「10年くらい前、帝国でそれなりに名の通った騎士よ。大きな体格とそれに見合う鉄槌を武器にして、重量鎧を身に付けた騎士団の大隊長。10年くらい前に王国との戦場で夜襲に遭って、頭部を叩き潰されて死んだらしいわ。誰が倒したのか、今も不明だったの」


「……そういえば、それに似た姿の奴と戦ったな。丁度その時期に、帝国が布陣する場所に傭兵だけで夜襲を掛けたことがある」


「難攻不落の【鉄槌】ボルボロスを倒すなんて、やっぱり凄いのね。エリクって」


「そうか?」


「そうよ。……それで、パールからの要望。あのブルズって奴を、二度と立ち上がれないくらいまで叩きのめしてくれだって。出来そう?」


「……そうか。やってみよう」


 思わぬエリクの戦果を聞いたアリアは、パールの頼みを伝えた。

 それに対してエリクは頷き、決闘相手となるブルズへ静かに見つめていた。

 その時にブルズもエリクの視線に気付き、決闘代表同士で睨み合う形となる。

 始めは誰か分からない視線だったブルズが、見ている男の傍にパールが居る事を確認し、気付いたように憎しみを込めた敵意をエリクに向けた。


「『アタシがエリオと婚儀を済ませ妻となった事は、既に向こうに話が通っている』」


「『そう。つまり向こうは、自分が欲しいパールを先に攫った決闘相手が、このエリオだって気付いたのね』」


「『ああ。……父さんが、アリスやエリオにしたことを聞いた。本当に、ごめん』」


「『まぁ、怒ってはいるけどね。でもそれ以上に、パールがあのブルズって奴の妻にさせられる方が、もっとイラつくわ』」


「『……ありがとう。アリスにも、そしてエリオにも、感謝する』」


「『お礼はいずれ、形あるモノで返してね』」


「『ああ』」


 そうしてパールとアリアは二人で話し、物々交換を任せる部族の者達は各部族と交流しながら、それぞれ交渉に入り、決闘までの時間を過ごした。


 そして日が昇り、昼食を済ませた後。

 決闘場に複数の男達が集まり、その中で白髪で目を閉じていると思えるほど細い、褐色の老人が中央へ立った。

 その老人の脇に立つ壮年の男が、その場に集った各部族達に大声で告げた。


「『これより、マシュゴ族とセンチネル族の決闘を始める!!』」


 そう壮年の男性が告げた瞬間、集まった他の部族達は手を叩き地面を足踏み、決闘の開始を喜ぶような姿を見せた。


「『なんで他の部族は、決闘を喜んでるわけ?』」


「『決闘は久し振りだからな。見た事が無い若い衆が、興奮しているんだろう』」


「『随分と勝手なのね』」


「『ああ。だが決闘は、森の中では神聖な儀式でもある。興奮するのも仕方ないかもしれない』」


 そんな会話をパールと行うアリアは、決闘場に立つ壮年の男性が続けて伝える言葉を聞いた。


「『マシュコ族のブルズ、この場に!!』」


 相手のブルズを呼ぶ声と共に、向かい側で待機していたブルズが立ち上がった。

 そしてその巨体に似合わぬ身軽な動きで決闘場まで降りて向かったブルズは、白髪の老人と壮年の男性の傍まで近寄った。


「『センチネル族のエリオ、この場に!!』」


 そしてエリクの名が呼ばれた時、アリアはエリクに伝えた。


「エリオ、出番よ」


「ああ、分かった」


 ブルズに倣うようにエリクは立ち上がり、同じく身軽に降りながら決闘場まで移動する。

 そして互いに向かい合う中で、壮年の男性が二人に尋ねるように聞いた。


「『この決闘は、互いの部族の全てを賭ける。この決闘で武器は互いに持たない。どちらかが負けを認めるか、戦えなくなった時点で負けと見做す。双方、異論は?』」


「『へっ、あるわけねぇ』」


「……」


 壮年の男性が述べる事をブルズは了承し、エリクは沈黙するだけで乗り越えた。

 エリクは前もってアリアからは何か言われた時の対応として、言葉が分からない事を悟られない為に沈黙を貫けと命じていた。

 それを守ったエリクの意図は壮年の男性からは同意だと思われた。


「『それでは双方、下がれ。開始の合図を持って、決闘を開始する!』」


 そうして壮年の男性から告げられ、ブルズがエリクを睨みつつ下がり、エリクもそれを真似て距離を取る。

 そして白髪の老人と共に、両脇に控えた壮年の男性が決闘場から降りた。

 そして決闘場の外から壮年の男性が告げた。


「『それでは決闘、始めッ!!』」


 その合図で、エリクとブルズの決闘が開始された。

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