逃亡編 二章:樹海の部族

迂回の選択


 ガルミッシュ帝国の南方に位置する、南港町ポートサウス。


 そこで包囲するように待ち構えた兵士達を掻い潜り、追っ手の危機を脱したアリアとエリクの二人は、南の国へ繋がる土肌の荒れた道を歩いていた。

 黒い外套のフードを頭から覆い、自身の髪の毛と瞳を隠すアリアが、呟きながら鞄に収めた荷物と睨めっこをしていた。



「……お金が、足りないかも」


「え?」


「私が帝都を出た時は、金貨が二百枚近くあったのよ。麻袋いっぱいにあったの」


「今は、何枚だ?」


「……ざっと数えて、もう百枚は切ってる。この調子で使い潰したら、一ヶ月もしたら無一文になっちゃうわ……」


「それは、困るな」


「ええ、困るわね……」


 今までの旅路の費用で、アリアの手元にある金貨が目に見えるほど少なくなり、金銭的な危機を感じ始めていた。 

 アリアが帝都を出て、たった一ヶ月。

 一ヶ月で十年間暮らせる金貨の内、その半分を消費している事にアリアは戦慄しながら現実と向き合った。


「装備諸々に、宿の宿泊費に、定期船での賄賂に、荷馬車への損害額の返上。……それで金貨百枚、もう無くなるのね」


「食料なら、俺が魔物を狩って肉は取れるぞ」


「それはまぁ、そうなんだけど。でも食料を獲る為に一箇所に留まってたら、確実に追っ手が来るわ。獲るなら極力、遭遇した魔物とかだけね」


「分かった」


「私達の状況を整理しておくけど、今の私達は南の国マシラに向かってる。帝国や王国からは海を隔てた大陸の国よ。そこに私達は逃げ込む!」


「そして南港町から遥か東に位置する場所に、マシラへ行く為の港と船がある」


「その通り。私達が目指すのは、東港町ポートイースト。あそこは南の国マシラの他に、ベルグリンド王国との貿易船も通ってるはずだから、エリクは特に要注意。顔は基本的に外套を羽織って誤魔化す。どうしても顔を見せる必要がある時は、私が魔法でエリクの顔を別人に見せるわ」


「魔法は、そういうことも出来るのか?」


「出来るわよ。……でも、他にも問題点は山積みだわ。特に私が持ってる魔法学園卒業の証である銀の首飾りは、ここからは迂闊に出せないかも」


「どうしてだ?」


「私達を追って来てる兵士達は、明らかに私が『アリス』という偽名の魔法師として逃げてるのを知ってる。銀の首飾りを持ってる時点で、連絡を受けた兵士達が通行する魔法師に詰問するでしょうね。銀の首飾りは、ここからはデメリットでしかない」


「……ということは、このままだと検問所を突破できないのか」


「そうなの。だから……」


 そう話すアリアは鞄から地図を引き出し、エリクに見せながらある地点を指し示した。


「私達がいるのは、ここ。そして次の目標の東港町が、ここ。地図の見方くらいは分かるわよね?」


「ああ、分かる」


「良かった。……それで、私達が今いるここから、東港町まで直接行くと、直線上に検問所が幾つかある。それを素通りするのは、今の私達では難しい」


「なら、どうする?」


「迂回ルートを選ぶわ。その為に、私達は南下して、ここに広がる森林地帯を抜ける」


「……広いな」


「私が知り得る限りでは、この樹海は魔物や魔獣が多く群生しているらしいわ。中には危険種も含まれてるし、上級魔獣の群れも存在する。そんな樹海を抜けてまで森向こうの町を目指す馬鹿は、滅多にいないはずだわ」


「……つまり俺達は、誰も通らない森を抜けるんだな」


「現状、これしか手立てがない。本当は東港町までは銀の首飾りで何とかできると思ったけど、予想以上に早く追っ手が迫ってきてしまったわ。……私達が東港町に到着する為には、もうこの森を抜けるしかない」


「……」


「……エリク、どう?」


 アリアの決断と判断を聞きながら、地図にしばらく視線を向けていたエリクが、不安そうに聞くアリアの顔に視線を見て、頷いた。


「君の判断を、信じよう」


「!」


「どんな魔物が森にいるのか、知っているか」


「……ううん。本当は南港町で聞きたかったけど、荷馬車の荷物に紛れ込んでて情報を集められなかった。ぶっつけ本番に近い、強行突破になるでしょうね」


「そうか。……南へ向かおう」


「ええ、行きましょう」


 そうして決断したアリアとエリクは、東港町に辿り着く為に迂回ルートを選び、樹海が広がる森林地帯へと足を運んだ。

 樹海へ赴く為の道中、何度か南港町側から兵士達が追い越す中、岩場の影やアリアの魔法で身を隠した二人は、小船での脱走が偽装だと暴かれた事を知った。


「……小船の偽装がバレたわね。外陸へ向けてた追っ手の意識が、内陸に向いたわ」


「このまま樹海へ行っても、大丈夫か?」


「今はまだ、南港町から出た荷馬車達を追っているんでしょうね。樹海を通る荷馬車がいないなら、追っ手はそっちには行かないはずよ。油断はできないけどね」


「予定は変わらず、だな」


「ええ。行きましょ、樹海へ」


 アリアとエリクは追っ手の帝国兵士達から隠れつつ、二日間を経過させて徒歩移動を行った。

 そして南港町から出発して四日が経過した中で、アリアとエリクは樹海の前まで辿り着いた。

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