4  毒の苗木

 庭に面した掃き出し窓にかけられた、白いレースのカーテンが、風を受けてやわらかく揺れる。

 蔦模様の透かし彫りを施された白い円柱が、四隅を支える部屋の中。磨きぬかれた床の中央には翠の円い敷物が敷かれ、その上に、白い小ぶりの円卓と、白い椅子が置かれている。壁ぎわには白地に金の装飾が輝く鏡台や箪笥が美しくならび、もっとも奥には、日の出ている今は白いレースで閉ざされている、天蓋つきの寝台が控えている。


 輿入れの日から一ヶ月。優秀な侍女たちの手によって整えられたこの離宮に、ティアはもうすっかりなじんでいた。

 国にいたころから窓ぎわが好きなティアのために、掃き出し窓のすぐそばには、ゆったりとした長椅子が据えられている。翠の布地に金の刺繍があざやかなその長椅子に腰かけて、ティアは、ここ砂塵の国の女官と対面していた。


「おはようございます、緑野の国の第三王女殿下」


 流れるような所作で礼をとるその女官は、輿入れの日にティアをこの離宮まで案内した人物だ。あの日と同じく、まっすぐな黒髪をうしろでひとつに束ね、褐色の肌に生成色の着物をまとっている。彼女は、輿入れの翌日から毎朝欠かさずこうして、離宮を訪れてくれていた。

 砂塵の民の年齢はティアには少しわかりづらいが、おそらくまだ若いだろう。ベネトと同じくらいかもしれない。表情がほとんど変わらず、身のこなしに隙がないのもベネトと共通しているけれど、きびきびとしたベネトに対し、この女官はしなやかだった。前にベネトに聞いたところ、名前はシャウラというらしい。きっかけがつかめなくて、ティアはまだ一度も呼べずにいるが。


 このシャウラとベネトが同席していると、ときたまぴりっとした緊張が走ることがあるのだけれど、それにさえ目をつむればどこぞのだれぞのように冷たい視線を向けてくるわけでもなかったので、ティアはシャウラが嫌いではなかった。


 そんなシャウラがティアを見て、毎朝恒例となっている問いを口にした。


「なにかご入用のものはございますか」


 嫁いでからずっと、ティアはこの離宮に隔離されているが、王女らしく生活するのに必要なものは黙っていても用意されるし、それ以外でほしいものは、ここでシャウラに伝えれば不足なく届けられる。おかげでとくに、不自由はしていなかった。

 ちなみにティアの夫となったはずの王は、一度たりとも、離宮にやってくることはなかった。ティアも離宮を出ていないので、二人はあの輿入れの初対面以来、一度も顔を合わせていない。

 そんなわけで、ティアは母国緑野にいたころよりはるかに、怠惰で退屈な生活を送っていた。まさに食べて寝るだけである。ただ、嫁いだ以上ティアの台本はもうはじまっているはずで、こんな刺激のない生活も来るべき悲劇の前段階、嵐の前の静けさなのではと考えると、ぞっとしないものがあるのだが。


(刺激か)


 ティアはふと、掃き出し窓の向こう、離宮の庭へ目を向けた。

 巨大な葉に蔦やいばらが絡みあうそこは、あいかわらず天然の要塞だ。空想的な表現をするなら、離宮にティアを閉じこめる、緑の鳥篭といったところか。毎朝毎朝、シャウラが掻き傷ひとつ作らずに入ってこられているのが不思議でならない。緑野からつれてきた侍女たちは庭師を呼びましょうと口をそろえたが、なんとなくこう雑然としていたほうが、将来的に、悲劇的な最期が迫ってここから逃げ出すときに都合がいいような気がして、そのままにさせている。


 ――いや、じつはそのままどころか、このごろあまりにすることがないので、そのあたりにいる衛兵に離宮の井戸から水瓶いっぱい水をくんできてもらって、水やりをしたりしている。ここの植物はどれも乾燥に強いようなので、ぱらぱらと、あくまでティアの手慰み程度にではあるが。王女殿下が庭師の真似事など、と侍女たちは悲鳴をあげたが、ティアは、如雨露から飛び出して日に透けた水しぶきがきらきらと虹を作る様子が気に入っていた。


 ティアはおもむろに長椅子から立ちあがり、掃き出し窓に近づいた。近くにいた侍女がすばやくかけよって、白いレースのカーテンを開ける。緑野の国から持ちこんだこのカーテンは、野性味あふれる庭からの、虫や砂の侵入を防ぐ役割を果たしていた。


 高くなってきた日の光に暖められた緑の庭は、草いきれに満ちていた。あたりを取りまく植物は、水やりの効果かどうかは知らないが、ティアがはじめてここに足を踏み入れたときより、さらに青々と生い茂ったような気がする。


「……ここになにか植えたいわ」


 目の前の緑をじっと見つめて、ティアはつぶやいた。


「国でよく見かけたような、淡い色の花では埋もれてしまうわね。もっとあざやかな、花じゃなくて果物でもいい。赤い実とか、よく合いそうだわ」


 ティアに従い、庭におりてきたベネトが口を開いた。


「まさかルベルのことをおっしゃっておいでですか」

「ルベル?」


 それはなに、とティアが振り返ると、ベネトは一瞬、失言だった、というようにめずらしく顔をしかめた。が、すぐにいつもの無表情に戻って答えた。


「この砂塵の国の神を、象徴する植物です。ひどくあざやかな、赤い実をつけますが」

「おいしいの?」

「毒でございます」

「えっ」


 ティアが聞き返したのと同時、部屋の中で、シャウラがぴくりと反応したのが見えた。

 部屋のほうを視線だけで一瞥して、ベネトは続けた。


「――少なくとも、毒を司る砂塵の神の庇護下にない、我々緑野の民にとっては、恐ろしい猛毒でございます」


 しん、と妙に冷えた空気が流れた。ティアは黙って、目の前のベネトと向こうのシャウラを見くらべた。


(砂塵の神を象徴する植物。緑野の民には猛毒となる実をつける、ね)


 一般的な緑野の王女であれば、まず庭に植えたりしないだろう。緑野の女神への供物である悲劇の華が、よその神の象徴を育てるというのは道理に合わない。ティアは、小さく口の端をつりあげた。


「シャウラさん」


 はじめてその名を呼んだティアに、砂塵の女官が少しだけ驚いたようにして居住まいを正す。そんな彼女へ、ティアはにこりと笑いかけた。


「入用のものが決まったわ。ルベルをこの庭に植えるように、手配してちょうだい」


 この願いが王の耳に入ればいい。そして、今回嫁いできた王女は、ふつうの悲劇の華とは違うようだと悟ればいい。だから、


「たくさん植えてね。毒だろうと、食べなければいい話だもの。心配いらないわ」

「お待ちください、王女殿下」


 予想どおり止めに入ったベネトに、ティアは、ことりと小首をかしげてみせた。


「いいでしょう? あなたから話を聞いたから、実際にそのルベルが見てみたくなったのよ。大丈夫よ、わたし、王女として育てられたのよ? 庭に生えている植物を口に入れるだなんて、そんなはしたないことしないわ」


 このくらいのわがままなら許容範囲のはずだ。両手の指を組みあわせ、上目づかいでじっと見つめていれば、やがてベネトが、あきらめたように息を吐いた。


「赤く熟した実をご覧になりしだい、すぐさま刈り取って焼却することを、あらかじめお約束いただけるのでしたら」

「えーっ……と、言いたいところだけど」


 今回重要なのはとにかく、ルベルを庭に植えることだ。ティアは鷹揚にうなずいた。


「しかたないわね。それでいいわ」


 その様子を見ていたシャウラはなにか言いたそうにしていたが、結局、承りました、とだけ答え、一礼して退室していった。


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