2  開幕の輿入れ

 蛇行した道を、花嫁行列が粛々と進んでいく。護衛の騎士の甲冑や壮大な馬車の装飾がきらりきらりと光をはじく、それは豪奢な行列だった。


 もっとも、きらきらしい馬車内の人であるティアにいわせれば、これから長い時間と手間をかけて殺される生贄の葬列に等しいのだが。


 青紫のクッションを敷きつめた馬車の中には、花嫁衣装をまとったティアと、衣装のわずかな乱れもすぐさま直せるようにと衣装係の侍女、そしてお目付役のベネトが乗っていた。


 威光を見せつけるようなゆっくりとした動きで、どれだけ進んだだろうか。新たな神話の幕開け、これから悲劇の華として散る王女の花嫁行列を一目見ようと、通りを埋めつくした民衆の歓声も聞こえなくなって久しい。気を抜いて、背中のクッションにもたれかかってしまいたかったが、いつもふわふわと流している髪が今は大人っぽく結いあげられ、雨粒のような宝石で飾りたてられているため、それもできなかった。ティアは手持ちぶさたに、金色のカチューシャについた、淡い青紫のヴェールをいじくる。


 淡い青紫は、女神ゲンティアナの色だ。緑野の国の王女が、嫁ぐ際に必ずまとう色でもある。

 その例に漏れず、今ティアが身につけている、いつもと違って背中が大きく開いたドレスも、袖のかわりに二の腕まで覆う手袋も、淡い青紫色なのだが、


(わたしが着てもいまいちぱっとしないわね。小姉様ちいねえさまはあんなにお綺麗だったのに)


 匂いたつようなあでやかさだった下の姉の花嫁姿がよみがえり、ティアは小さく吐息をこぼした。


 先日亡くなった上の姉の輿入れのときには、ティアはまだ乳飲み子だったから、どんなふうだったか記憶にない。けれど、二年前に嫁いだ下の姉の花嫁行列は、よく覚えている。


 ティアより五つ年上の姉、第二王女アーシュミーヤは、湿地の民だった祖母の血が濃く出た、とても美しい人だった。けれど、父王にも母王妃にも似ていないその姿は美しすぎて幼心に近づきがたく、姉もまた、ティアにかまうことはなかったため、ティアはいつも遠目から、姉の美貌を眺めていた。


 そんな姉は嫁ぎ先の海辺の国で、その美貌を女神のように尊ばれ、崇められているらしい。ときおり聞こえてくる姉の華やかな噂は、ティアの慰めとなっていた。少なくとも嫁いですぐから、悲劇的な状況に叩きこまれることはないようだ、と。

 そこまで思い返して、ティアはふと、顔をあげた。


「そういえば、結局わたしには、どんな悲劇の台本が書かれたのかしら」


 悲劇の台本の内容は、王女本人には知らされない。とはいえ過去には、自分の悲劇を最高に美しいものにするべく連日神殿に入りびたり、神官たちにだめ出しを続けた王女もいたらしいので、その気になればまったく予想が立てられないわけでもないのだが。


 ティアのつぶやきを受けて、王族と場を同じくする礼儀に則りずっと伏し目がちでいたベネトが、ちらりとその視線をあげた。今回ティアのお目付役として嫁ぎ先に同行するベネトには、悲劇の台本の内容どころか、台本そのものが渡されているはずだ。だが当然というべきか、ベネトがティアに答えることはなかった。


 ティアもまた、答えが返ってくることなど端から期待していなかったので、すいとベネトから視線をはずした。


(まあ、どんな台本だって関係ないわ。とうぶんはベネトに警戒されないようにいい子にしていて、悲劇的な死を迎える段階になったら逃げよう)


 ティアは窓の外を見る。


 町なみはすっかり途絶え、緑の大地が、乾いた黄色に変わりはじめていた。



        *



 ティアの嫁ぎ先である砂塵の国は、その名のとおり空っ風が砂ぼこりを巻きあげる、乾いた国だということだった。そこに暮らしているのは、闇色の髪に褐色の肌、しなやかな痩躯を特徴とする、砂塵の民だ。


 砂塵の国では鉱石の採掘が盛んで、遊牧も多く行われている。隣国海辺の国に接する西部は比較的湿潤だが、全体的には砂漠や痩せた土地が占めるため、農業の規模は小さい。もっとも、女神の恩恵をふんだんに受ける緑野の国にくらべれば、どの国の土地も皆痩せているといえるのだが、砂塵の土地はそんな中でも、とりわけ貧しいとのことだった。


 花嫁行列はすでに、砂塵の国の王都に入っていた。今は敷石で舗装された大通りの真ん中を進んでいる。王都の住人が遠巻きにこちらを眺めている様子を、ティアは馬車の小窓を通して見るともなしに眺めていた。


(砂塵の国も大変ね。先代の王様がうちの叔母様を受け入れて、その叔母様が無事悲劇の華として亡くなったと思ったら、今度はわたしだなんて)


 ティアが国で受けてきた悲劇の華としての教育の中には、歴代の悲劇の華の物語を学ぶものもあった。そこでティアは、悲劇の華となった王女たちの嫁ぎ先が、あきらかに、砂塵の国に偏っていることに気づいた。

 その理由をティアは、砂塵の国の神が神界大戦でひときわ弱体化したからだろうと推測している。国の神が強ければ国も強く、国の神が弱ければ国も弱いというのが一般的な見方であり、それはだいたい当たっているのだ。


(迷惑をかけても文句を言ってこられない相手に押しつけようってわけよね)


 緑野の国から王女を受け入れた国は、その王女がつつがなく悲劇的な死を遂げられるよう、台本どおりの環境を整えなければならず、多くの場合、台本どおりの芝居をすることも強要される。おまけに、だいたい王女が嫁ぐのはその国の王か王子であるため、王宮への影響も大きい。


 そもそも、緑野の国神官団脚本の「悲劇の王女の物語」が必ず王女の婚姻後に開始されるのは、ほかならぬ女神ゲンティアナが、男女間の悲劇こそ最上とする、やたら俗っぽい神託を下したからだ。当初は国内の名門に嫁がせることもあったそうだが、台本どおりとはいえ仮にも自国の王女を悲劇に陥れて死なせては、内情を知っている上流階級はともかく、純粋に悲劇の華に感情移入した民衆から、悪役となった者が憎まれるため好まれなかった。そのため悲劇の華は、後腐れがないよう、国力を背景に、断れない小さな周辺国へと押しつけるのが慣例になっている。


(それを知りながら嫁がなきゃならないのも、なかなかつらいものがあるけど)


 そう、ティアがこっそりと嘆息したとき。


 馬車が、止まった。




 きらきらしい甲冑の騎士によって、ティアの乗る馬車の扉が開かれた。

 とたん流れこんできたのは、乾いた砂ぼこりの匂い。


 一足先に降りたベネトに手を添えられ、ティアは、砂塵の国の大地へ降り立った。黄色がかった、砂を含んだ風が吹いて、ティアのヴェールを巻きあげた。


 開けた視界の、青空の下に、白い城が建っていた。砂塵の国の王城だろう。緑野の王宮にくらべると、ずいぶん簡素で、小さな造りだ。そんな城の正面から馬車までの道の両脇には、城仕えだろう男女がずらりとならび、花嫁の入城を待っていた。


 ベネトに手を引かれ、ティアはゆっくりと歩きだした。左右にならぶ者たちは皆顔を伏せていたけれど、それでも、一歩踏み出すたびに、無数の視線がちりちりと突き刺さるのを感じた。けれどティアは、そんな視線の出所を探るようなまねはせず、ただまっすぐ前だけを見つめて足を進めた。

 そうして城の正面扉の前まで来ると、ほかよりよい仕立ての服を着た老人が進み出て、ティアに深々と頭を垂れた。


「お待ちしておりました。緑野の国の、第三王女殿下」


 ティアのかわりに、ベネトが答えた。


「出迎えご苦労様です」


 老人は再び頭を下げた。


「これから、王女殿下の夫君となられる、わが王のもとへご案内いたします」


 砂塵の民は黒髪だというけれど、老いると白髪になるのは、緑野の民と変わらないらしい。表情の読めない老人の、真っ白な後頭部を眺めながら、そういえば、とティアは思った。


(自分の夫になるのがどんな人かなんて、気にもしていなかったわ……)


 そんな内心が漏れないように唇を引きむすんで、ティアは老人の背を追った。




 城の中は、ひどく天井が高かった。石の床には絨毯が敷かれておらず、靴音がこつこつと反響する。

 壁や円柱は浅黄色で、この国の乾いた砂の地面を、そのまま固めたような見た目をしていた。さわったらざらざらしていそうだ。高い位置にいくつも細長く切り取られた窓から日の光がさしこんで、床の上に模様のように影を落としていた。


 警備の兵士はちらほらといるが、皆、彫像のように身じろぎひとつせず直立している。はじめティアは、本当の置物だと思ったほどだ。そんな、聞こえるのは自分たちの靴音と衣ずれの音だけの、静まりかえった中を歩いていると、床に映しだされる光と影の対比もあいまって、なんだか荘厳な気持ちになった。


 が、ティアのヴェールを捧げ持つ衣装係の侍女は、そうは感じなかったらしい。王女殿下をこんなにも長く歩かせるなんて、と、彼女が小さくつぶやいたのが聞こえた。まさにそのとき、前を行く老人が立ちどまったので、ティアは一瞬どきりとした。


 足を止めた老人の前には、天井まで届きそうな、大きな両開きの扉があった。扉には、蔦が絡みついた図柄の透かし彫りが施されている。左右を守っていた兵士が、まったく同じ動作で老人に一礼して、同時に扉に手をかけた。

 扉がゆっくりと押し開かれていき、目の前に、奥行きの長い空間が現れた。


 現れた空間の左右の壁には、やはり生い茂った蔦が絡みつき壁を這う様子が、繊細な透かし彫りで描かれていた。そんな壁沿いに、国の重鎮らしき人間がずらりとならんで、こちらを見ていた。だれもかれも、眼光が強く、鋭い。さっき城の前で花嫁行列を出迎えた者たちとは、威圧感が段違いだ。

 老人が進みだしたので、ティアも覚悟を決めて、その空間へ足を踏み入れた。


 左右の眼光を浴びながら進んだ突きあたりは、三段の階段になっていて、その上に大きな椅子があった。彫刻の細かい、木製のその椅子は、磨きぬかれて琥珀色につやめいている。玉座だ、とティアが悟った瞬間、椅子に腰かけていた人影が立ちあがった。


 ティアの目の前にいた老人が、わきによける。それからひざまずいて、玉座の人影に告げた。


「――陛下。緑野の国より、花嫁が到着なされました」


 ティアも、花嫁衣装を乱さないようゆっくりとひざまずき、頭を垂れた。それから、慎重に視線だけをあげて――見おろしてくる視線と、目が、合った。


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