4陽咲のクラスメイトが家にやってきます⑦

「お、お邪魔します。ひ、陽咲さんの、クラスメイトの、す、鈴木麗華、です」


「どうぞどうぞ、あなたが陽咲のお友達ね。遠慮なく上がって頂戴。お帰り、喜咲に陽咲」


『ただいま』


 私たちはやっと家に帰ることができた。あの後、荒太の母親が真っ先に我に返り、息子とその彼女を無理やり家に引っ張り込んで、事なきを得た。面倒な相手がいなくなったと思ったら、タイミングよく、うちのくそ親が家から顔を出し、私たちを呼びに来た。


 私と陽咲の声がハモってしまったが、仕方ない。いくら嫌いな相手でも、帰宅の挨拶くらいはしておくべきだろうと思っての行動だ。麗華は、荒太たちと出会った時に見せた余裕がどこにいったのか、またおろおろと落ち着きをなくしていた。私たちの母親を目の前に、がちがちに緊張して、私のくそ親に対する挨拶の声もどもってしまい、かっこいい恰好が台無しだ。


「そんなに緊張しないでも大丈夫。いつも通り、麗華らしくしていればいいよ」


 陽咲がフォローするが、全然効果がなく、麗華の身体はがちがちに固まったままだった。まるでロボットのようなかくかくした動きで靴を脱ぎ、私たちの家に上がっていく。



「お茶とお菓子を準備していたけど、もうお昼の時間になるわね。お昼はどうするの?簡単なものならあなたたちの分まで作るけど?」


「じ、自分は、そこまで迷惑は」


『じゃあ、私たちの分も作ってよ』


 母親の言葉に、三人の声が同時に発せられた。麗華は他人の家だからなのか、昼食まで作ってもらうのは遠慮すると断りの言葉を、私と陽咲は反対に、作ってもらう気満々だった。意外にも、このくそ親は料理が案外得意であった。


「あら、三人仲良く、外で昼ご飯を食べるとかはしなくていいの?それこそ、二次元で親の料理を食べたいなんて言う子供はあまりいないと思うけど」


「家に帰ってきたのに、また出かけるのは面倒。それに、お父さんにも麗華のことを紹介したい」


 陽咲がしれっと、今日、麗華を家に招いた最大の理由を口にする。昼時ということもあり、お腹も減っていたこともあり、私は頭が回らなかった。すっかり麗華が家に来た目的を忘れていた。


「紹介なんて、そんな私は、そんなたいそうな人間では」


「そこまで卑下する必要はないよ。そもそも、麗華さんが下というのなら、あいつらは全員、さらに最下層のごみクズになっちゃうから。『月とすっぽん』だよ。もちろん、麗華さんが月で、すっぽんはうちのくそ家族」


「相変わらずヒドイいいようだね。お母さん、悲しくなっちゃう。どこで教育を間違えたのかしら。ああ、まあ、どこかはわかっているけど」


「そんなクズたちが、実はめちゃくちゃ好きな喜咲は、とってもかわいいよ」



 私の言葉は、彼女たちクズ家族にたいした攻撃にはなっていなかった。さらりと受け流し、二人は目を合わせて、微笑み、私を生暖かい目で見つめてくる。すでに麗華がうちの家族がおかしなことを知っているだろうと思っての発言だったのに、当の本人は驚いたような顔をしていた。


「陽咲さんも、お母様もとても良い人です。どうしてそんなことを言うのですか?」


「いや、だって、麗華さん、うちの親のこと、陽咲から聞いているでしょ。うちの親は」






「おや、何を楽しそうに話しているのかな?」


 私のもう一人の家族が現れた。まさかの家族全員が麗華の前に集まってしまった。最後の登場は、父親だ。


「は、初めまして。陽咲さんの、ク、クラスメイトのす、鈴木麗華と申します。今日は、家に招いて頂き、あ、ありがとうございます」


 麗華は、すぐに父親にも挨拶する。父親は、麗華の様子を見ると、優しく微笑んで緊張しないでと話しかける。


「麗華さんだね。陽咲から話しは聞いていたよ。とても可愛らしいね。陽咲が夢中になるのもわかるかな。それはそうと、雲英羽さん、お客さんを玄関に立たせたまま話しているのは失礼だよ」


「ごめんなさい。つい、お話をしたくなって。ほら、喜咲も陽咲も早くリビングに麗華さんを案内しなさい。お昼はすぐにできるから、少し待っていて」


 私たちはようやく玄関からリビングに入ることができた。それからは、料理をする母親を除いて、私と陽咲、麗華さんの三人で和やかに会話をする予定だった。それなのに。



「麗華さんは、陽咲から僕たちのことをどういう人間だと言われていた?」


「麗華さんは、どんな漫画や小説、アニメが好き?」


「麗華さんは、陽咲のどこが好き?出会いは?」


「ええと、私は……」


「おいくそ父。そこまでにしておけよ。麗華さんが困ってる」


「戸惑っている麗華もかわいい!困惑顔もなかなか魅力的ね。お父さん、もっとせめていいわよ。私が許す!」


 暇なくそ父が、なぜか私たちの会話に割り込み、あまつさえ、麗華を質問攻めにしていた。それを止めもしないで、陽咲はもっとやれという始末。返答に困った彼女は、もはや涙目になって、私に視線で助けを求めた。


「あのねえ、あんたたち、マジで人として……」



「私をさしおいて、楽しそうねえ。悠乃さん、ご飯ができたから、準備を手伝ってくれるかしら。麗華さん、後で、私にもいろいろお話を聞かせてね」


 思わぬところから、助けの手が入った。これで、質問攻めからは免れたと、ほっと一息ついている彼女には悪いが、まだまだこれは序の口だ。彼らが麗華をそうやすやすと見逃すはずがない。







 昼ご飯は、どうしたわけかオムライスだった。家でオムライスなどあまり作らないのに、珍しい。


「各自、自分が好きな人をケチャップでかくことを義務とします」


 いや、ただ面白そうだから、このメニューにしたのだろう。


「汐留喜咲LOVEハート」


「汐留雲英羽 ハート」


「汐留悠乃LOVE×2ハート」


「み、皆さんすごい必死に書いていますね」


 オムライスに書かれた内容に引き気味の麗華。気持ちはわかるが、そんなことで引いていてはこの家になじむことはできない。


「これが通常運転ですけど、それでも私たちとつき合えるのなら、それはもう、あなたもおかしな奴ということになります」



 当然、母親の命令に私が従うことは……。


「それって、あのラノベの登場人物でしょう。喜咲も正直者ねえ」


「ええ、あのキャラよりも、私の推しの女性ヒロインの方が絶対いいよ!」


「お父さんは、そのキャラクター好きだよ。でも、一番は雲英羽さ」


「うるさい!」


 つい、バカ正直にケチャップで好きな人(ラノベの登場人物)を書いてしまった。今日も汐留家は平和そのものだ。



「私もかけました!」


『汐留陽咲 LOVEハート』


『おーーー!』


 そして、その中に早くもなじみつつある、陽咲の友達は、前途多難な未来が待っているに違いない。


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