第244話 ハルトと魔王

 注目を浴びてることに気付いた僕は、リディアの手を引いて人通りの少ない路地裏を駆け抜けた。


 村と言うには大き過ぎる集落だったが、隠れるのは割と容易だった。


「はぁはぁ、ハルトってば……速いって……」


「ごめん。僕が調子に乗り過ぎた。助けたことは後悔してないけど、迂闊な行動を取ったことは反省してる」


「そうだね、私もなんだか晴々とした気持ち。ふふ、おかしいね。記憶を失う前の私は帝国を滅ぼそうとしてたんでしょ? それが人助けなんて、ちょっと変じゃない」


 リディアは小さく微笑んでいた。


 息を切らしながら笑い合う僕等は、まるでイタズラをして逃げ回る子供のようだった。


 彼女の母親はキングストン家に仕える使用人で、当主ガナルキンが父親だ。

 当然ながら放逐され、最低限の援助を受けながら静かに暮らしていた。だけど、リディアの夢であった【ギルド職員試験】に合格したことを知ったガナルキンに利用され、帝国の重役をダークパウダーで汚染することになった。


 その後、ガナルキンの国盗りは失敗したが、復讐の拠り所となるガナルキンが死亡したため、その矛先は帝都へと向いた。


 ガナルキンの計画を自らの復讐に転用して行った反乱も、ロイの手により阻止され、僕らはアルスの塔から川に落下して命からがら逃げ延びた。


 彼女の記憶がもし、戻ったとしたら……。


 僕はそのことを考えて身震いする。できる事なら、このまま誰も来ないところで暮らすのもありかもしれない。

 異世界からの帰還について、僕はほとんど諦めつつあった。



 ☆☆☆



『村で目立ってしまったし、今日は外で野宿でも……』という僕の提案はリディアにより却下され、仕方なく村外れの温泉宿に泊まることになった。


 人通りもまばらで、料金も高くない。今の状況にうってつけの宿だ。


「私がマスターと話すからさ、ハルトは荷物をお願い」


「分かった。じゃあ、外にある荷物を取ってくるよ」


 リディアに宿を取ってもらい、僕は荷物を運ぶことにした。別にそこまでの大荷物じゃない。折りたたみ式の簡易テントや、食糧の入ったバッグ、あとは魔除けの香くらいなもの。


 それらをひょいと持ち上げて、案内された部屋に向かう。


 村の中枢にある宿に比べると、木製の床がギイっと音を立てて今にも抜けそうな感じがして、おっかなびっくり歩いている。


 僕とリディアは同じ部屋だ。たまに泊まる宿でもいつもそうしている。着替えの時は一人が外に出て、もう一人が待つことになっている。


 外に出ようとベッドから立ち上がると、普通の宿にはない扉があることに気が付いた。


「リディア、この扉はなんだろう?」


「ああ、それは温泉に繋がってる扉らしいよ。この村だと常識みたい」


「へぇ〜。じゃあリディア先に入る?」


「ううん。今日はハルトが頑張ったから、あなたから先に入って」


「そっか。じゃあ先に入るね」


 扉を開けると脱衣場があって、ちょっと先には温泉が見えた。どの世界でも温泉はいいよなぁ。

 服を脱ぎ捨てて、身体を洗い、温泉に身体を浸す。

 ポカポカと体の芯から温まって気持ちがいい。


 夜空を見上げながら寛いでいると、湯煙の向こうに人影らしきものがチラリと見えた。


 ま、まさか……リディア、なのか? いや、僕の方が早くこっちに来たし、それにここは僕ら専用の温泉のはずだが……。


 喉をゴクリと鳴らして恐る恐る近づいて見る。


 シルエットが少しずつ鮮明なっていく。褐色よりもやや黒めの肌、背中にはコウモリのような翼、筋肉は隆起していて、明らかに武闘派を思わせる身体付きだ。


 恐らく他種族で男だろう。女性ではないことに少し残念な気持ちを抱きながら、話しかけてみた。


「あの……ここは僕らが借りてる部屋専用なんですが……」


 人間ではない何かが振り返る。


「いやなに、懐かしい魔力を感じて立ち寄ってみたら、お前達が宿に入るのを見かけてな。丁度いいから温泉とやらを経験してみたくなったのだ」


「……僕らのこと、知ってるのですか?」


「王国が初めに召喚した勇者なのだろう? 2度目の召喚はある種の失敗に終わったようだがな」


「あなたは一体何者なんですか? それに2度目って……」


 褐色肌の男は顎に手を添えてしばしの間考え込んでいたが、何かに納得したあと口を開いた。


「お前が【クソハルト】か?」


 いきなり悪口を言われてあ然としてしまう。なんで初対面の人にクソハルトとか言われないといけないんだろうか。


「名前はハルトですけど、クソだなんて言われる筋合いはないかと思いますけど」


 少し怒り口調の僕に対し、褐色肌の男は片手を振って謝ってきた。


「悪いな、とある男が王国の勇者はクソだと言っていたのだ。気にするな」


「それで、あなたは誰なんです?」


「我に名などない。どうしても呼びたければ【魔王】と呼ぶがいい」


 魔族かもしれないとは思っていたけど、まさか魔王だなんて。本当に魔王って存在していたのか。てっきり、勇者を召喚するための方便かと思っていた。


「もう1つの問に関してだが、ついこの間……お前以外にも勇者が召喚されてしまったのだ。もっとも、すでにお前という枠が存在しているから張りぼての勇者だがな」


 僕以外の勇者……。


 僕の世界から来た人間……知り合いかもしれないし、全くの他人かもしれない。いずれにしても、僕が勇者になるよりはマシだったはずだ。


「それで、僕に会ってみてどう思いましたか?」


「そうだな……敗北か、挫折か、それらを経験してある程度の成長はあったようだが、自信の無さが全身から滲み出ている。2人目の勇者はそもそも話にならないが、お前はまだ見込みがある」


「僕に見込み? そんなもの無いですよ。魔王だがなんだか知りませんけど、その考えは間違ってます。ただの空回りで友人や恋人を失ったバカな男なだけです」


「過ちによる別離は人間に限らず魔族でもよくあることだ。守りたい者がいるであろう? その者の為に剣を取ろうとは思わないか?」


 魔王の問に僕は考える。


 僕にとって今一番守りたい者……それはリディアだ。傷を舐め合う関係から始まったけど、今は彼女がいて良かったと思っている。


 そんな彼女の為なら……剣を手にどんな存在であろうとも、戦ったと思う。


 そう答えると、魔王はニヤリと笑って言った。



 ────我と手を組まないか? と。

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