第232話 血活魂
首都ハルモニアへの行軍は順調に進んだ。
交通の要所を制圧した事で兵站は整い、インペリウムを経由して世界各国から物資と援軍が送られてくる。兵士の練度は王国に劣るが、物量の面においては連合が有利。
破竹の勢いで村と街を制圧していき、ハルモニアまで1日という所まできた。
陣営では酒と肉が振る舞われている。酔った兵士が歌い、肩を組んでダンスを踊る。
丸太に座り、陽気な兵士達を眺めているとクーレが隣に座った。
「浮かない顔をしておるな、どうかしたのか?」
「いや……折角苦労して使えるようになった黒月をさ、カミシロってやつが使ってるのを見てヘコんでるんだ」
「ああ〜あの黒い三日月の斬撃のことか。勇者とは、本来ああ言うものじゃよ」
「どう言う意味だよ」
「奥義とは、その心を通じて真髄を見極めた者が到達する極地。あやつの放った黒月には重みがない、つまりは……そういうジョブを授かった、ということじゃろ」
伝承を保管する者だからこそ分かる着眼点ってやつか。言われてみると、確かに奴の黒月は“ただ使ってるだけ”の様に感じた。
「スキルコピー、スキル略奪、そんなところか?」
「エクストラジョブに【簒奪者】というものがある。ただ使ってるだけとは言っても、かなり強力なジョブじゃ。今まで表舞台に姿を現さなかったということは、かなりの数を吸収してるはずじゃ……次に対峙したときは奪われない様に気をつけるんじゃよ?」
「次に対峙……か。カイロもいるってのに、キツイよな」
「この世に最強のジョブなぞ存在せん。必ず弱点があるはずじゃ」
「だろうな、アンタのスキルが奪われてないってことは、見ただけで奪えるタイプじゃないみたいだしな」
「うむ! そのいきじゃ、精進するがいい」
軽く談笑をしてクーレと別れた。
自分の幕舎に向けて歩いていると、ヴォルガ王の幕舎から大きな声が聞こえてきた。
『何故兵糧が届かんのじゃ!』
『護衛をしていた第3部隊との連絡が途絶えたため、現在新たな兵を送って確認させております!』
『うーむ、このままだと進軍することも出来ないではないか……』
どうやら、兵糧を運搬していた部隊と連絡が途絶えたみたいだ。要所を押さえてあるので、王国軍が背後に回ることは出来ない、加えてクリミナル程度で部隊を全滅させることも出来ない。
嫌な予感がするな……。
気付いたら幕舎の中に入っていた。俺に気付いたヴォルガ王は何かを言いかけてグッと堪えている。そして誤魔化すように話題を変えた。
「ロイ! どうかしたのか? 酒が足らんのか?」
「足らんのは酒じゃなくて食糧だろ?」
「……聞いていたのか」
「俺も大概お人好しだよな、利益だ何だと言いながら……割に合わない仕事をしてるんだから」
「もしかして、いや、もしかしなくても……手伝ってくれるのか?」
「今更だろ、そんなの。乗りかかった舟ってやつだよ」
「おぉ~ロイよぉ~、ありがたやありがたや……」
ヴォルガ王は涙目で俺の手を握り、ブンブンと振ってくる。なんというか、この爺さんは本当に王様なんだろうかと思うほどに馴れ馴れしい。いや、この気さくさこそが帝国王として人民に好かれる理由なのかもしれない。
ということで、俺達は早速来た道を引き返して1つ前の街へ戻った。
道中、第3部隊の死体でも発見するかと思ったが、そんなことは無く。街の外には乗り捨てられた荷馬車が放置されていた。
「ねえ、これって血痕じゃない?」
サリナに袖を引かれて指差す方を見ると、荷馬車の車輪部分に僅かに血の痕が認められた。指でさっと擦ってみると、ザラザラとしていて最近の血痕ではないことがわかる。
「やっぱこれ、第3部隊が護衛していた輸送物資じゃん。積み荷に鐘の紋章があるし」
「そうみたいだな。戦時下で任務放棄はあり得ないだろうし、血痕は乾いて随分と時間が経っている気がする。加えて、街の人間すら見かけないのは異常過ぎる。手分けして捜すより、まとまって捜した方が良さそうだ」
「分かった。ユキノ達を呼んでくる」
サリナはバラバラに捜索するユキノ達を呼びに街の奥の方へと走っていった。
旅を始めた頃と比べて随分と変わった気がする。髪は黒に戻っていて、俺の上げた母さんの髪紐でポニーテールにしている。マナブ
不意に、背後から寒気を感じた俺はそれを殺気と理解して飛び退いた。
───ブォンッ!
石畳がバラバラと剥がれる程の風圧。タンッタンッと回転しながら振り返ると、そこにいたのは”
筋骨隆々、血管は浮き出ていて、皮膚の表面からは赤い蒸気のようなオーラが漏れている。緑色の髪はそのオーラによって逆立っていて、顔は辛うじて人間と分かる程度には原型を残している。
「やっとだ。やっと来たか。兵站を絶てばいずれはお前が来ると思っていたぞ」
声に聞き覚えがある。鼻持ちならない、そんな印象を抱かせる声色───。
脳裏に浮かんだ人物と、目の前の人物とであまりにもかけ離れているため『えっ』という声が漏れてしまった。
「お前、まさか……アゲウスか?」
目の前の怪物はニヤリと笑う。否定はしない、それすなわち肯定ということか。あまりにも変わり果てた変化、一体何が起きているのか予想もできない。
「お前だ、お前さえいなければ! 僕は英雄になれたのに!」
アゲウスは激昂に身を任せて疾走する。一歩踏み込む毎に石畳が抉れていく。通常の人間の二回りほどの大きさなのに素早い。振り下ろされた拳のインパクト地点をずらすためにバックステップで後退を試みるも、風圧で遥か後方へと吹き飛ばされてしまった。
圧倒的な膂力、強靭な脚力、鋼の肉体から繰り出される拳は一度たりとも直撃は許されない。その身体能力は魔族を超えてすでに魔物の領域に到達している。ただの魔物であれば知性の差でどうにでもなるけど、アゲウスは知性そのままに変化を遂げてしまっている。一体どれほどの執念を抱えているのだろうか。
「驚いたか? 発動すれば50パーセントの確率で死亡するが、生き残った場合は術者に莫大な力を授けると言われている水魔術の禁呪【
「……そんなに俺が憎いかよ」
「憎いね。お前さえいなければ……今頃……」
アゲウスは肩を落として身体を震わせ始める。そして一息のうちに顔を上げ、地面に指を差し込んだ。
「お前を倒し、この力を使ってアトモス王を殺す! 僕が王位を簒奪すれば、再び栄華を極めることができる! ビショップなんて限界のある位どころじゃない、王になれるんだ! 凄いだろ?」
アゲウスは石畳の一部を持ち上げて、それをロイへ向けて投げつけた。1トン近い石と土の塊、黒月であれば両断することも可能だが、まだ練度に不安の残る技に己の命を託すわけにはいかない。
シャドーウィップで近くの煙突に影を巻き付けて急速に縮ませる。強烈な破砕音とともにさっきまでいた場所には瓦礫の山が形成されていた。
飛んでくる礫を剣で払いながら、上から見下ろす。
「俺に恨みを抱くのはいいけどな。街の人間や護衛部隊に手を出すことはないだろ」
「大丈夫だ。後で孕み袋にするために、女だけは近くの洞窟に閉じ込めてある。男は……どうだったかな、気付いてたら消えてたな」
「……お前ッ!」
しらばっくれてはいるが、恐らく死体を何かに利用したのだろう。全員が全員殺されたわけじゃないはずだ。一体どこにやったんだ?
アゲウスはドスンドスンと巨人のような足音を立てながら近付いてくる。隙がないか観察していると、アゲウスの変貌した身体に僅かな違和感を感じた。
一瞬、そう……一瞬だけアゲウスの肩に男の顔のようなものが浮かび上がったような、そんな気がしたんだ。
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