第204話 敵か味方か

 ロイ達の奮闘もあってか、クリミナルの群れを東門より外までなんとか追い返すことができた。


 しかし、現在は東門の周辺で膠着状態となっている。その理由の1つが魔力残量だった。


 すでに帝都内でソフィアの光槍ハスタブリッチェンを5発、ギルドから応援に来た炎魔術師による上級魔術が10発、ここまでしてようやく押し返せるレベル……未だ長蛇の列を形成するクリミナルを殲滅する算段が出来ないでいた。


 クリミナルを槍で斬り裂きつつ、ソフィアがロイに尋ねた。


「ロイ、どうするの? 出力を抑えたらあと2回は光槍ハスタブリッチェンを使えるのだけど」


「いや、魔力は温存しといてくれ。最悪、俺とソフィアでリンクする必要がありそうだし」


「あら、私とのリンクは"最悪”なのかしら?」


 彼女は小悪魔のように問いかける。きっとわかってて聞いているんだ。


「そんなわけないだろ。……その、愛する人とのリンク、なんだしさ」


 ついつい言い淀んでしまった。愛する人なんて言葉を使うのにまだ躊躇いがある。少年期の名残なのかはわからないが、かなり照れくさいんだ。


 ソフィアはロイの返答に満足したのか、笑みを溢してクリミナルの塊に突貫していった。


 多分、リンクするための時間を稼ぐために周囲のクリミナルを狩りに行ったのだろう。ソフィアとのリンクで得られる固有スキルは【絶対零度アブソリュートゼロ】……広範囲の敵を凍結させるスキル。範囲を広げれば広げるほどにスキル強度は下がってしまうけど、ぶっちゃけゴブリンと同等のクリミナル相手なら限界まで広げたとしても抵抗レジストされることはないはずだ。


 ソフィアの意図を察したユキノ達は、一時的に持ち場を広げてソフィアと共に周囲を一掃した。


 銀髪の乙女ソフィアがロイの元に舞い戻る。ロイを受け入れるために胸当てとボタン幾つか外して向かい合う。頬は紅潮していて、瑞々しい唇は少しだけ半開きになっている。とても可愛く、煽情的だ。ロイは思わずゴクリと生唾を飲んだあと、その柔らかな身体を抱き締めた。


 大きな槍を振り回しているとは思えないほどに柔らかな身体、女性特有の優しい香りがロイを包み込み、心臓の鼓動は次第に高鳴っていく。


 リンクのためにソフィアの胸に触れようとした瞬間、ふと右手人差し指に填まっている浄化の指輪が目に入った。何故聖剣と一緒に安置されていたか……今だからこそわかる、これはリンクするときに邪魔な穢れを除去するためのものだ。だからこそ、オーパーツのあった遺跡にセットで存在していたのだろう。


「ど、どうかしたの?」


 寸前で動きが止まった俺を心配してソフィアが問いかけてきた。


「いや、なんでもない。じゃあ、いくぞ」


 ソフィアは小さく頷いたあと、目を閉じて踵を少し上げた。それに応えるようにして唇を触れ合わせ、右手は柔らかな胸を掴んだ。二度、三度と互いの唇をついばみ、右手は優しく動かしていく。


「あっ……んん! ……ロイ、ロイ!」


 唇が離れそうになると、ソフィアの口から色のある声と共にロイを求める声も聞こえてくる。そして、互いの高揚感が最高潮に達した瞬間……白銀の剣が冷たさを帯びた蒼き剣へと変化を遂げた。


 ロイとソフィアは名残惜しさを感じながらも、唇を離す。透明な架け橋は一瞬で途切れてしまったが、愛の結晶たる氷剣グレイシアはきちんと顕現していた。


「名残惜しいけど、ロイ……頑張ってね」


「ああ、すぐに終わらせる」


 そう言って剣を地面に突き立てた瞬間────頭の中に声が響いてきた。


 ”人間ども、門より内に撤退し、門を閉じよ”


 唐突に聞こえてきた声に一同は困惑する。これはまさか……風魔術の派生である音魔術、か? どちらにしても、なんで門を閉じないといけないんだ?


 色々と疑問が浮かんでくるが、状況はすぐに変化した。遥か遠方から巨大な氷が近付いてきているのが見えた。氷が近づいて来ているというのは語弊で、実際は【絶対零度アブソリュートゼロ】と同じで地面を凍結させながらこちらに向かっていた。


 直感的に声に敵意はないと判断したロイは、指揮を執っている騎士に叫んだ。


「門を閉めろ! 魔術障壁は最大出力だ、いいな!」


「わ、わかった……。総員、門の内側に退避! 門を閉じたのち、障壁を最大出力で展開しろ!」


「はっ!」


 籠城の準備が出来ていない状況で籠城するのは当然ながら愚策ではある。だけど今は接近するあの攻撃を耐えるために必要な判断だと思った。騎士達は撤退し、ロイもユキノ達と共に門の内側に逃げ込んだ。そして門は閉じ、障壁が展開される。

 ボンッボンッと障壁にクリミナルが体当たりする音が無数に聞こえてくる。北、西、南の門がいきなり閉じて障壁が展開される……民はすぐに不安に苛まれて下手すれば暴動が起きてもおかしくないだろう。


 自身の直感が間違ってないことを信じてその時を待った────。


 帝都インペリウムの城壁が凍っていく。パキパキと凍結していく音が不快で堪らない。氷は障壁より内側に来ることは無かったが、帝都の気温は一時的にかなり低下した。そして、バリンッという大きな音を立てて氷は砕け散った。


 それと同時に頭の中に声が聞こえてきた。


 ”ふむ、どうやら無事のようだな。我は王宮にて待つ。上級士官はすぐに王宮に集まるがよかろう”


 声が止むのと同時に上空を翼の生えた何かが通過するのが見えた。それは言葉の通りに王宮のテラスへと降り立ち、中へ入っていった。


 帝都の周辺は静けさを取り戻した。障壁の外側を確認すると、クリミナルは一体たりとも残っておらず……あの翼人に助けられたのだと帝都にいる人間は理解したのだった。

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