第203話 勇気伝染

 トールを抱えて聖堂に入る。大きな聖堂の内部はすでに避難民で埋まっていた。


 転んで怪我をした者、侵蝕により身体の一部が黒化した者、親とはぐれた子供……とにかく色々な人が集まっている。


 聖堂に入ってきたロイの元に司教が駆け寄る。


「トール君、見つかったんですね……」


「ああ、クリミナルに攻撃されかかっていたけど、間一髪で助けることが出来た」


「おお、そうでしたか。あなた方が飛び出して行ったあとすぐに警鐘が鳴ったので、心配しておりました」


 そう言ってトールの頭を撫でる司教、その腕には黒い染みのようなものがあった。


「アンタ、それ……」


「ここにも一体、アレが入り込んでしまったのです。その時に一発もらいまして」


「大丈夫なのか?」


「ええ、治癒魔術をかけ続ければすぐに消えます。ただ、今は私などよりも避難してきた方が優先だと思いますので……」


 そう語る司教の目元は、少しだけ隈が出来ている。これは寝不足から来るものではなく、魔力欠乏によるものだろう。


 比較的ゲスの多い世の中において、自身を顧みずに行動できる人間は素直に尊敬できる。


 と、少し感動していたロイだったが、あることを思い出してトールの背中を軽く叩いた。


「あ、あの!」


「トール君、どうされましたか?」


「僕、その……儀式を台無しにしました。────ごめんなさいっ!」


 トールが司教に謝った。対する司教は優しくトールを抱き締める。


「良いのですよ。剣士になりたかったのでしょう? 悔しい時、辛い時は思いっきり泣くのが一番です。そして一頻り泣いたあと、どうすればいいのかゆっくり決めていけばいいのです」


「司教様、ありがとうございます。でも僕はもう大丈夫、新しいのを見つけたから!」


「それは良かった。トール君は強い子ですね。頑張ってくださいね」


「うんっ!」


 その様子を見ていたロイは踵を返した。もうトールは大丈夫だから、それよりも今はやらなくてはいけないことがある。


「……行くのですか? あなたもここで騎士団が事を解決するまで待っていてもいいのでは?」


 ロイは司教に見えるようにして神剣を取り出した。白銀の長剣が、陰鬱な空気を斬り裂くようにして軌跡を描く。


「これを持ってて隠れて待つのは性に合わない。こう言うのは出来る人間がやるべきなんだよ。アンタらの日常はすぐに取り返してやるから、こっちのことは気にすんな」


「……わかりました。女神フォルトゥナにあなた方の御武運を祈ります」


 ロイは後ろ手に手を振りながら聖堂を出た。


「さあて、気合入れないとな!」


 マナポーションを一気に飲み干して影衣焔かげいほむらを身に纏い、屋根に上がる。


 神剣グラムセリトを構えて東門へと疾走した。


 屋根から屋根へ飛び移りながら、立ちはだかる敵は一刀のもとに斬り伏せる。もうあの悪寒には慣れた。慣れてしまえばゴブリンよりも弱い。


 苦戦する騎士を見かけて神剣を射出し、援護する。騎士はクリミナルがいきなり消滅して驚いている。


 ロイはそのまま突き進んだ。今は礼を聞いてる暇すら惜しいからだ。


 東門に辿り着くと、ユキノ達はすでに戦っていた。サリナは紫電の槍で突貫し、ソフィアは白銀の槍で薙ぎ払い、アンジュは黄金の長剣で次々と斬り抜けていく。


 一方、ユキノはというと……白銀の大盾3枚を遠隔操作で振り回している。叩き潰したり、超回転を加えて斬り裂いたり……魔杖テュルソスの特性【スキル強化】は最早改変の域に達していた。


 ざっと見た感じ、やっぱりユキノが一番敵を倒してる気がする。


 俺も負けていられない、とにかく数を減らないと。


「ロイさん!」


 ユキノが駆け寄ってくる。その間もゴーン、ゴーンと鐘を鳴らすようにクリミナルが盾に吹き飛ばされていく。


 今、ユキノは敵の位置を全く確認していなかった気がする。


「なぁ、今見てなかったよな……」


「えっ!? あ、はい。なんかもう自動で動いてくれるようになりましたね」


「前はある程度、自分で動かしてたのに……いつの間にそんな芸当を……」


「えーと……ロイさんと仲良くなった、あの時から……ですね。サリナも放電が強くなったし、ソフィアさんも魔力増幅量が増えたらしいし、それにアンジュさんも身体が軽くなったって……」


 言われてみると、俺も影衣焔かげいほむらの魔力消費がかなり下がってるような気がする。やっぱり、ユキノ達との結び付きが強くなればなるほど、能力が底上げされるのか。


 神剣グラムセリトを見やる。


 4人の女神が剣を支えてる様な意匠。ってことは、俺の前任者も女4人と旅をしていたのか? 世界各国で色んな伝承を見聞きしたけど、パーティメンバーがほとんど女だったなんて聞いたこともない。


 あーもうめんどくせぇ。ここで色々考えてても仕方ない。今は目の前の敵を倒すだけだ。


 ロイは正眼で剣を構えた。


「とにかく、門の内側から外に向けて押し返すぞ!」


「は、はぃっ!」


 負けじと斬り込んでいく。たまにオフィサー足付きが混ざっているが、大した事はない。

 心を清流の如く保ち、流れるように斬り抜けて行くだけのこと。


 黒い群衆に向けて、白銀の長剣が舞い踊る────。


 周囲の騎士達は唖然としていた。


「おい、あの坊主……怖くねえのか?」


「怖くなさそうだよな。いや、俺達がビビり過ぎてただけか」


「そうだ、俺達はなんの為に騎士団に入ったんだ? 民を守るためだろ! 騎士は騎士らしく、屈強な精神で民を守る盾となる! あの坊主だけにいい格好させてたまるかよっ!」


「おおおおおおおおおっ!!」


 ロイの流れるような剣舞を見て、苦戦していた騎士達も奮起し始めた。


 恐怖は伝染すると言うが、ロイ達は勇気を伝染させていった。彼等の活躍は東門から中央へ、そして帝都全体に伝わっていくことになる。

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