第193話 ハルモニアの現状

 ハルモニア人の親子をテスティードに乗せてエデンに連れ帰った。


 道中、ハルモニア人のらしき遺体を見かけた。きっとこの親子以外にも出会うかもしれない。

 全員救ってやれるわけじゃない、この現状をフレミーがどう解決するか、やつの腕の見せ所だろう。


 エデンに連れ帰った親子は、崖の中間に根差す村に驚いていた。村全体の足場が、聖石樹という超硬質の枝で形成されているのだから当たり前だ。


 空き家へ案内する道中、子供がロイに質問した。


「……あの人、耳が尖ってる」


 子供の指は前を歩くルフィーナの耳を指差していた。


「エルフを見たことないのか?」


「え、あれがエルフ……」


 エルフの村は幻惑の森に秘匿されていて、エルフが外に出ることはあまりない。長寿で美貌も兼ね備え、魔術の扱いにも長けている。


 唯一の欠点が胸の大きさと、身体能力の低さだろう。


「……綺麗」


 子供は尚もルフィーナに見惚れている。てか、ルフィーナの耳が少し赤い気がする。もしかすると、俺達の会話が聞こえてるのかもしれない。


「お前、名前は?」


「トール」


「じゃあトール、俺はロイだ。一応はこの村のリーダーをやっている。よろしくな」


「ロイ、様……リーダー!」


 様を付けるあたり、子供にしては謙虚というか礼節を弁えているというか。人見知りを除けば子供らしくない、そう感じた。


 しばらく歩いていると、トールがユキノ達を見渡したあと、不思議そうな表情を浮かべて言った。


「どうしてエルフさんだけおっぱいが小さいのですか?」


 その発言と共に、ルフィーナの耳が少し下がってしまった。身体的特徴をズバリと言ってしまうあたり、やはり子供か。


「トール、いいか? 発言するときは相手が気にしてないかを考えて発言しないといけないんだ。そうだな、自分が言われたら嫌かもしれない、それを少しだけでいいから頭に入れておけ」


「僕、背が低い。それを言われたら……うん、確かに嫌かも」


「だろ? 俺もたまに間違えるけど、常にそれを心掛けていれば世界は今よりも少しだけ暖かくなるはずだ」


「ロイ様、わかりました。僕、もっと優しくなるよ!」


「そのいきだ。ただな、小さいは悪っていうのは間違ってる。あれはあれで良いもんだ。お前にはまだわからないとは思うけどな」


 トールは首をかしげた。ロイ自身は巨乳派ではあるものの、ルフィーナが屈んだ時にチラ見えする胸だったり、スレンダーであるが故に映える美しさというものを理解していた。


 トールにはまだ、そう言った良さがわからないのだ。


 そして親子は仮住まいとなる空き家に案内された。最低限の家具はあるし、火の魔石を使ったインフラもきちんと整備されてある。


 ハルモニアの魔道技術がどの程度かは知らないが、ヘタすれば元いた場所よりも快適だと思ってくれるかもしれない。


「ロイ様、私共のために……本当にありがとうございます! このご恩は一生忘れません」


「あんたらはその幸運を忘れずに生きろ。俺も幸運に命を救われたことが何度もあるからな。それと、明日は俺の家に来てくれ、ハルモニアの現状を知りたい」


「わかりました。ロイ様のお役に立てるのなら、話せることは何でもお話しします」


 母親は腰が曲がるんじゃないかと思うほどに頭を下げている。


 ハルモニア人の親子に空き家を与えた翌日。


 約束通りハルモニア人の親子がロイの家に訪れた。共用スペースにあるラウンドテーブルに着席し、情報を聞くことにした。


「レグゼリア軍は、真正面から来てはいません。事前にキャラバンに紛れて潜伏していたみたいです。朝の取引が始まったと同時に荷物から飛び出してきました」


「潜伏? 潜伏していたとは言っても、大国を一気に制圧できるほどの人数じゃないだろ」


「仰る通りです。ただ、攻勢の日にちが悪かったのです」


「攻勢の日にち?」


「あの日は……新たな商会長のお披露目の日だったのです」


「商会長か、そう言えば前任者は青の節中期に亡くなったらしいな」


 商会長。自由都市は王政ではないため、自治区の長として商会長なるものを選出している。

 王国は国王によるゴリ押しが可能だが、ハルモニアは法整備に時間がかかるのが難点。

 その反面、王政であれば出来ないような幅広い政策を打ち出すことができる。


「トップの交代時期に相手の国へ攻撃を仕掛ける……か。大昔では当たり前のように行われていた手法だな」


「そうですね。国と国とが死の谷デスバレーで隔たれるまでは、そう言ったことが頻発していたと聞きます」


「ということは……そのお披露目の時に商会長を直接狙われたのか」


「はい。聡明で商才もある。しかし、年齢は15と歴代最年少であり、経験の浅さが裏目に出たのかと……。傭兵の応戦もレグゼリア軍の前に簡単に敗れてしまい、降伏しかなかったのです」


 母親は無念そうに語っているが、平和に慣れきった国と小さい戦争を何度も繰り返すレグゼリアとは場数が違いすぎる。


 経験云々の前に、国そのものに危機意識が無かったのが1番の原因だと思う。とはいえ、それをこの母親に突き付けても死人に鞭打つ行為と変わらない。


「ハルモニアを占拠してレグゼリアは何をしているんだ?」


 もっと突っ込んだ質問をすると、母親の顔色が青くなっていった。


「昼間は通常の商売をさせてくれるのですが、夜になると何名かが館に呼ばれて……。呼ばれた人は帰ってこなくて、不安が民衆に広がり始めて……」


「国外逃亡者が増えた、と?」


 締めくくりをロイが口にすると、母親は静かに頷いた。


「私……少しだけ見てしまったのです。夜に館で何が行われているかを」


 母親は語った。暗がりの中、ハルモニア人とレグゼリア軍人、そして肌の浅黒い翼のある魔族らしき人が集まり、鎖で繋がれたハルモニア人に何かをしていた、と。


 叫び声、肉の膨らむ音、何かが破裂する音、そして絶叫。


 帳簿を届けにきた母親は肝心なところを見ておらず、目を背けてそのまま走り去ったのだという。


 風の属性塔ゼピュロス攻略と同時進行で、色々な人体実験を行っていたみたいだ。


 証言から察するに、フィリアがされていたことをハルモニア人で試しているのだろう。


「よく話してくれたな、今日はもう疲れただろう? ゆっくりと休んでくれ」


「……はい、お心遣い感謝します」


 母親はユキノと遊んでいたトールと共に帰っていった。


 グランツでの実験データはレグゼリアに渡り、何らかの手段でゼピュロスを解放した。唯一の救いはハルモニアからの流通が完全に止まったわけじゃないところだ。


 やはり連合国の結成を待つより、俺達が現地に向かった方が良さそうだ。

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