第192話 染まる大地

 世界の国境線となる死の谷デスバレー、それは国と国とを隔てる谷。

 ロイの作り上げたエデンという村は、谷底と地上の中間に作られ、村の中心にあるライトブリングによって村全体が幻惑魔術によって守られている。


 レグゼリア王国の国境警備隊がたまに谷を覗き込むが、上からは見えないし、生半可な魔術では結界を突破することもできない。


 そんな守りに特化したエデンだったが、入口が各国の廃坑に繋がっていることから、常に警戒のための人員を割かないといけないという手間が生じていた。


 廃坑が入口であるが故に、街道と違って魔物が闊歩することも少なくない。


 ロイ達は休養で鈍りきった身体をほぐすために、廃坑付近の魔物を討伐していた。


「ロイさん、右!」


 後衛で戦況を見守っていたユキノが、前衛を抜けたクリミナルの対処をロイに指示する。


「わかってる! ────【シャドーエッジ】!」


 神剣グラムセリトに影を纏い、黒いてるてる坊主クリミナル・ソルジャーに斬り込む。白と黒が混在する斬撃によってクリミナルは真っ二つに裂かれ、塵となって消えた。


 前衛を見渡すと、ソフィアは槍を敵に突き立て、アンジュが最後の敵にとどめを刺していた。


「終わったな」


 ロイの呟きにソフィアが答える。


「そうね、お疲れ様。だけど……最近この辺りにもよく出てくるようになったわね。まだ【足付きクリミナル・オフィサー】が出てきてないのが救いかしら」


 クリミナル・オフィサーは戦闘力こそ弱いけど、出会い頭に遭遇すれば敗北の確率がぐーんと上がる。

 その理由の1つが、クリミナルが放つ悪寒だ。


 あれは人の心を怯えさせる、いや……生きとし生けるもの全てを怯えさせる波動みたいなものだ。


 現に最近では普通の魔物から人間まで、小さいものならなんでも取り込むようになっている。


 すでに俺達は慣れたから良いものの、まだまだ周知されていない現状で何も知らない冒険者が遭遇すれば苦戦は免れないだろう。


「きゃああああ……!」


 一同が戦闘の余韻に浸っていると、森の方から悲鳴が聞こえてきた。


「みんな、行くぞ!」


 ロイと共にパーティは森へと入っていく。


 赤の節に入っていても、帝国領内は僅かに雪が降っている。そのお陰で、悲鳴の主と思われる足跡を追えている。


 疾走しながら足跡の大きさを解析した結果、子供と大人の2人組であることが見て取れた。


 そして2人組に追い付いた時、ロイは目を見開いた。


 茶色い髪に緑色の瞳、片方は成人女性でもう片方は予想通り子供だった。驚いた理由は頭髪だった。


 王国人は暗めの金髪で、明るいほど高貴な血筋であるとされている。帝国は雪国らしく銀髪に近い人間が多く、この2人はそのどちらでもなかった。


 驚いてる場合じゃないな、そう考えたロイは2人を襲おうとするクリミナルに剣を向けた。


 地面を踏みしめる。雪が潰れてバリッと音がする。そしてロイは加速した。


 クリミナル・ソルジャーは黒い触手のようなものを子供に向けて伸ばした。


「させるか! ────神剣射出っシュート!」


 ギュインッ! と音を立てて神剣が突き進む。進路上の空気を裂きながら、触手が子供の口に入る前にそれを両断した。


 ズンッと鈍い音を立てて、子供の後ろにあった木に神剣が突き刺さる。


「サリナっ!」


「任せて! 顕現せよ、ケラウノス! ────【纏雷】!」


 サリナの持つ銀色の槍隕石の槍がバリバリと放電して紫色へ変化する。


「ライトニングストライク!」


 雷属性を伴ってサリナは加速────浮遊するクリミナル・ソルジャーの身体を貫いたあと回転し、木の上に着地する。


 パンッと破裂音がしてクリミナル・ソルジャーは黒い霧となって消えた。


 ロイは異国の親子の安否を確認した。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


「おぉ……本当にありがとうございます……」


「気にするな、それよりも子供の方は大丈夫か?」


 ロイが話しかけると、子供は母親の背中に隠れてこっちを見ていた。それを失礼と感じた母親は、子供を前に押し出して頭を強引に下げさせた。


「本当にすみません。この子ったら、人見知りなもので!」


「いいって、俺もこんな時期あったしな。それは良いとして、あんたらはこの国の人間じゃないだろ。なんでこんなところにいるんだ?」


「私達は、その……ハルモニアの人間でして……」


「なるほど、王国に落とされてから亡命してきたのか。よくここまで来れたな」


「帝国の関所は亡命者で溢れております。衛兵を無理矢理押し切ってこちらへ参りました。その為に主人が犠牲に……」


「気持ちはわかるが……見つかったら牢獄送りだぞ」


「お願いします! どうか、どうか見逃して下さい! お願いします!」


 母親は必死に頭を下げている。自由都市と謳われたハルモニアが、今はその自由すら奪われているということか。


 別名、貿易都市とも言われるハルモニアは大国ではあるが貿易に特化しているため、入りやすく、出やすい側面がある。


 故に短期間で落とされたわけだが、この2人にそれは関係無いわけで。


 うーん、どうしたものか……。


「ロイさん、保護しましょう!」


 ユキノがロイの手を握りながら言った。


「そうね、私達の村は帝国ではないから丁度いいと思うわ」


 ソフィアもユキノに同意した。ロイはアンジュとサリナ、そしてルフィーナに視線を向けた。


「ロイ君、ここで見捨てたら悲しいかな。そんなことしないって、信じてるからね!」


「あたしもユキノと同じで、保護した方がいいと思う。ほら、現地人だからこそ詳しい内情も聞けるだろうし」


「えーっと、私は新参者なので大きくは言えませんが。フレミー様はロイ殿の行動にそこまでとやかく言う方ではないかと」


 関所を突破したのは確かにマズイが、そうだな……彼女達の言うとおり、ここで見捨てるのは人として終わっているし、寝覚めも悪いだろう。


「わかった。取り敢えずテスティードまで来てくれ」


 ロイの言葉にユキノ達はパァっと笑顔になった。それと同時にハルモニアの親子も安堵した表情を浮かべている。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」


 こうして、ロイはハルモニアからの亡命者を匿うことになった。



Tips


レグゼリア人・暗い金髪で明るい程に高貴な血筋である。火を用いた破壊系攻撃魔術を得意とする。


帝国人・雪のような白い肌と銀髪が特徴的な人種。弓術と精神系闇魔術が得意。


グランツ人・信徒が色んな国から集まるため、ハーフが多い。攻撃系魔術から精神系魔術まで、バランス良く使える。


ハルモニア人・茶髪に緑の瞳が特徴的な人種。商才はあるが戦闘に関しては平凡。キャラバンすら傭兵に頼るほど。


※全部が全部そうではありません。

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