第179話 ユキノの献身
赤の節になっても帰らず、怠惰な日々を過ごしていたロイの元にユキノが現れた。
「ロイさん! お仕事しませんか?」
これまでロイの事をソッとしておこうという提案のもと、見舞いを除いて積極的に連れ出そうとはしなかった。
このままでは良くないと考えた末、ユキノはロイを外へ連れ出そうと決意し、今に至った。
ユキノの太陽のような笑顔を見て、ロイの中にある黒い影は薄くなっていく。
続けてユキノは言った。
「ロイさん、壊れたテスティードを回収に行きましょう……テスティードも私達と旅をした仲間じゃないですか」
そうだった。テスティードはパルコとマナブが互いの知識を持ち合って作り上げた究極の馬車。言うならば、パルコの忘れ形見と言っても過言ではないはずだ。
「そうだな、迎えに行かないといけないよな」
「ついでにデートをしましょう! 今も戦勝記念祭が開かれて露天も充実してますし!」
ロイはユキノに連れられて、数日振りに外の光をまともに浴びた。
「ロイひゃん、これ、おおひふすふぃへす」
「ユキノ、子供じゃないんだから。アメを頬張るなよ……」
ユキノは、頬袋のように口いっぱいに頬張ったアメをバリバリと噛んで飲み込んだ。
「だってぇ~、掴み取りでいっぱいアメを掴んだんですよ? 私は色んな味を1度に味わいたいのです」
「欲張りだな、誰も盗らないからゆっくり食べれば良いのに」
「ロイさん、甘いですね。アメだけに」
「なんだよ」
「アメを持ち帰ると、まずはアンジュさんに少しと言って取られます。次にサリナ、ルフィーナさん、最後にソフィアさんがしれっと摘まんでいくに決まってます。そうなると、私の手元に残るアメはホンの少ししか残りません……」
うーん、想像つくような、つかないような。ユキノの予想をハッキリと否定はできない。というか、ソフィアに限ってそれはないだろ。
『私は別に、そんなに子供っぽい食べ物、遠慮させてもらうわ』とかいって、ユキノから取ったりしない気がする。
「でもユキノ、もうほとんど残ってないじゃねえか。ちゃんと味わったのか?」
ロイの指摘を受けて、ユキノは「あっ」と今気が付いたと言わんばかりの表情をしている。
「そ、そんなことより! あれなんですか? 私、興味あります!」
明らかに誤魔化してる。いや、それ……ソーセージだろ。最初に立ち寄った街、セプテンで一緒に食べたはずなんだが。
ユキノもそれに気付いたのか、一瞬立ち止まったあと「ロイさん、奢ってください」とおねだりしてきた。
筋肉隆々な屋台のおっちゃんに俺とユキノの分を頼んだ。グランツは少しだけピリ辛風味の味付けなのか、渡されたソーセージからは少しだけ辛子の匂いがした。
「ほらよ、受け取れ」
ユキノにソーセージを渡すと、またしても太陽のような笑顔でお礼を言われた。無邪気で真っ直ぐな感謝に慣れていないロイは、少し頬を掻きながら「おう」と答えた。
「あ、ベンチがありますよ! 座って食べましょう!」
「そうだな、ユキノはドンクサイから転倒して食べ物を無駄にしかねないしな」
「もう、私はそこまでドジじゃありませんよ!」
ポカポカと叩かれるが、大して痛くはない。むしろ、丁度いいマッサージかもしれない。
ベンチに座ると、ユキノが腕を組んできた。
「互いの腕を交差させて食べませんか?」
「……人目につくぞ?」
「だって……最近恋人らしいことしてこなかったから……」
うぐっ、この上目遣いはかなり強力だ。柄じゃない言葉だが、可愛いとはこれを言うのだろうか?
観念したロイは、ユキノと腕を組んだままソーセージを食べた。食べてる最中、肩に頭を乗せられてフワリとユキノの髪の香りが鼻腔をくすぐった。
そしてすぐにソーセージの辛味が体内から吹き出てくる。舌が麻痺して強烈に喉が渇く、心なしか声すらも掠れているように感じる。
「これ! かりゃいっ!(辛い)……いた、痛たたたっ!」
いきなりユキノが震え始めた。
次の瞬間、ユキノが思いっきり体重をかけてきて、俺の膝の上に倒れてきた。
目はぐるぐると回っていて、半分だけ食べたソーセージが手から落ちそうになっていたため、それをキャッチした。
見たら誰にでもわかる。辛さに負けて失神してしまったのだろう。
全く、俺を励ますつもりで連れ出した癖に、なんで俺が看病するはめになってるんだか……。
ロイはユキノの目が覚めるまで膝枕を続けた。
ぼーっと活気ある人々を眺める。陽動だったとはいえ、もしこの国の守りが脆弱であったなら、
そう言った意味では、この人達の笑顔を守れて良かったと思える。
「ん、んん~」
ユキノの意識がゆっくりと覚醒を始めた。目が開く、そして何度も瞼をパチクリさせる。やがて顔を朱色に染めたユキノがバッと起き上がる。
「あぅ~、ロイさん……」
「口の中、大丈夫か?」
「少しだけ痛いです」
「あんなに辛いとは思わなかった。やっぱ王国風の味付けのが俺に合ってるのかもな」
「私も王国風が良かったです……」
「さて、もう充分休憩しただろ? そろそろ城を出ないと帰りは日が暮れちまうぞ」
膝に寝転がるユキノを起こして、ロイは歩き始めた。
「あ、待ってくださいよ~!」
背後から来るユキノの声を聞きながら笑みを溢す。
今朝までは鬱屈とした感情が渦巻いていたが、ユキノと過ごす内にかなり楽になってきた。多分、これがユキノの持つ魅力の1つなのかもしれない。
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