第172話 進撃と会議
赤の節まで残り1週間──。
ロイのいる騎士団宿舎に伝令が駆け込んできた。
「サンクション総長、伝令です。レグゼリア王国が──進軍を開始しました!」
「なんだとっ!? 今どのあたりだ!」
「今は国橋に展開しているようです。軍旗には……黒兜の紋章が掲げられてます」
会議室にいる騎士団幹部に激震が走った。当然と言えば当然だ。黒兜は黒騎士カイロの軍旗だ。カイロはレグゼリア王国最強の騎士であり、コルディニス王の懐刀、畏怖の対象として恐れられている。
騎士団長の1人が、口を震わせながら言った。
「カイロ将軍がいるということは、アークバスティオンを破る算段があると見て間違いないだろう」
それに対してロイが手を挙げて発言した。
「恐らく、その算段とやらは帝国から持ち去られた【吸魂剣テネブル】を用いて破る作戦だろう」
「テネブルか……死体と魂を吸収し、魔力へと変える剣。ランクこそBではあるが、現象化していない魔力の分解能力は随一、可能性はあるな」
団長の言葉に他の幹部も頷いた。総長であるラルフは、頭を抱えて他の団長達の言葉を聞いていた。
そして、それぞれの発言が終わると立ち上がった。
「ロイ殿……知恵を拝借したい」
幹部達は有力な策を提案できなかった。それ故にロイにすがった、総長としてのプライドを捨て、他国の勢力を頼りにしたのだ。
乗り掛かった船という言葉があるように、ここで聖王国を見捨てるという選択肢はそもそもなかった。
「わかった。まずは現状の確認からだ──」
ロイによる現状の確認が始まる。
聖女が魔を受け入れ続けた結果、国を覆っているアークバスティオンの強度が低下。
テネブルで吸収できるレベルとなり、カイロが進軍を開始。
聖王国グランツは信仰国家であるため、富国強兵の政策を行うレグゼリア王国には勝てない。
だが、国が他国を侵略する場合、国橋を必ず通らなければならない。
つまり、国橋さえ守りきれば、レグゼリア王国はそれ以上の侵攻は出来ないということだ。
「ラルフ、アークバスティオンの強度を上げることはできないのか?」
「聖女様がご出産されなくなってから1ヶ月が経つ、胎内はすでに浄化され、新たなるアークバスティオンを張り直せば、いくらテネブルであろうとも……破れぬであろう」
俺が思うに闇の子供の研究は次いでに過ぎず、本来の目的は世界最強の結界を弱体化させることにあったのではないだろうか?
まぁ、今更言ったところで仕方のないこと。
作戦の要はアークバスティオンの再発動まで国橋を守りきること、か。
「じゃあ、全戦力を橋に集中──」
ロイがそう言いかけた時、新たな伝令が会議室に入ってきた。息を切らしていて、明らかに急を要するに案件であることが見て取れた。
「伝令! はぁはぁ、周辺の豪族が……武装蜂起しました。現在、聖都の東側に傭兵部隊を展開している模様!」
「……な、なんと!? なんて最悪なタイミングだ! これでは……どちらか一方しか守れないではないか」
先程までやる気に満ちていたラルフが、力なく座り込んだ。東側は反乱軍が、西側はレグゼリア王国が、あまりにも良すぎるタイミングで軍を展開してきた。
「ラルフ、この地方の傭兵はどの程度の力を持っている?」
「……冒険者ランクにしてC相当だ。主力である第1から第2部隊であれば、余裕をもって勝利できるだろう」
「じゃあ、東側はラルフとその2部隊で相手をしてくれ。俺のパーティと残りの全戦力で国橋を死守する」
ラルフは押し黙った。
総長の身でありながらあまりにも無力、自分たちは1番楽な戦いに赴き、1番辛い戦いをロイに頼まざる得ないことが……とても悔しかった。
暫し沈黙が続き、ラルフはゆっくりと口を開いた。
「第3から第7までの団長、頼む……ロイ殿に付き従ってくれ」
「ハッ!」と敬礼と共に承諾。ラルフはロイに向き直り、頭を下げた。
「ロイ殿、すまない」
「謝るなよ、これはフレミーへの貸しになる。アンタらを助ければ助けるほど、アイツは俺達に頭が上がらなくなるんだ。むしろ、色々と吹っ掛けやすくなるから助かるくらいだ」
「……すまない。豪族共を掃討次第、すぐに向かう」
恐らく、ヘルブリスは豪族と共に王国と繋がっていたのだろう。ポーンから一気にビショップに格上げとなった偉業にも豪族が関わっているはずだ。
だけど、豪族は地方の権力者。反旗を翻した豪族を一掃すれば国力は大きく減衰するだろう。どう転んだとしても、聖王国はこれから国難に悩まされることになる。
その時こそ、フィリアとイザベラの力が試される時だ。
ロイはラルフの肩に手を置いたあと、軽く叩いて部屋を出た。
「さて、準備を始めるか!」
ロイ一行にとって、長い戦いの幕開けとなるのであった。
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