第166話 聖女、想う。

 年中暑いレグゼリア王国と違って、私の国は温暖で過ごしやすい。

 その理由は簡単、レグゼリア王国は南部に火の属性塔であるアグニの塔を有しているからだ。


 故に、青の節が到来しても少し気温が下がるだけで、年中暑いわけである。


 青の節が終わり、赤の節が到来することは民にとっても喜ばしいこと。


 まず、聖都の名所である【フォルトゥナの水殿】と呼ばれる避暑地が解禁される。

 他の国から訪れた信徒も、帰りにそこで身を清めて帰るのが習わしとなっている。


 他にも、赤の節限定の食べ物が市場に出てきたり、赤の節到来を祝う行事があったりして、民にとっては非常に待ち遠しい時期だ。


 でも、赤の節が到来したら……ロイ様は帰ってしまう。赤の節までもう1ヶ月もない、私は赤の節が来て欲しくないって思ってる。


 彼の周りには……というか、彼の連れてきた部隊とパーティは御者のパルコという方を除いたら全員女性。


 ここ最近は公務の合間を縫って彼の元へ足を運んでるから、なんとなくわかる。少なくともパーティはハーレムの可能性が高い。


 訓練と称して練兵所で胸を揉みながらキスをするのは少しだけ疑問を感じざる得ないけど、周りの女性はみんな幸せそうにしている。


 ほんの少しでいいからあの中に混ざりたい、そんな気持ちが強くなっていった。


「何してんの、聖女様」


「うわぁぁぁっ!」


 物陰からロイ様を見ていたら、後ろから声をかけられて私は驚いてしまった。

 声をかけた主は、長い金髪が特徴的な女性だった。この方は確か、ロイ様のパーティメンバーで──。


「アンジュさん、でしたか?」


「そうそう、覚えててくれたんだ。嬉しいなぁ」


 金髪と綺麗な笑顔も相まって、あらゆる影を払拭するほどの輝きを感じた。まるで、王の威光にも似た光だった。


 聖女と言えど、物陰で卑しく殿方を眺める私とは大違いだ。


「それで、ロイ君に何か用があって来たんでしょ?」


「あ、いえ……私は……」


 まだ理由を考えていなかった私は、どもってしまった。いつもはイザベラにロイ様への用事がないか聞いたりして、理由をもらっていた。


 どうしよう、何も考えてないよ……。


「もしかして……」


 不審に思ったアンジュさんがグイッと顔を近付けてくる。


「……な、なんでしょうか?」


 覗き込んでくる彼女の顔を見て、私は理解した。この人は私と同じで、貴族の顔を見て自分に寄ってくる人間を選別する癖があると。


 少しして、アンジュさんはニコッと笑いかけたあと、私の肩を軽く叩いてきた。


「な、なんですか!?」


「いやいや、皆まで言わなくてよろしい。わかるよ~、あなたの気持ち。リンクは出来ないと思うけど、傍にいるくらいなら良いと思うよ」


 そう言ってアンジュさんは私の手を引いて、ロイ様の所へ連れていった。


「……ん、聖女フィリアか。今日も何か用事があるのか?」


 声を出そうとするが、何故か声が出ない。そんな私に代わってアンジュさんが答えてくれた。


「ロイ君、ちょっと聖女様のことを頼める? 怪しい奴につけられてるらしくて」


「怪しい奴がいるのか。ソイツが諦めるまで面倒見てれば良いんだな?」


「うん、それでいいよ。私はちょっと買い物あるからもう行くね!」


 アンジュさんは騎士団宿舎から去っていく。残された私は、未だに言葉を発することが出来ない。

 そんな私をロイ様はじーっと見ていた。段々と緊張がほぐれてきて、次に浮かんだ感情は疑問だった。


 何故何も言葉を発すること無く見続けているのだろうか? 肌の手入れはきちんとしてるし、ここに来るからと、念入りにおめかししてきた。抜かりはないはずなんだけど。


 疑問に思っていると、唐突にロイ様が言葉を発した。


「なぁ」


「は、はぃ!」


「これから少し訓練をするんだけど、ちょっと見ててくれないか?」


「見てるだけで良いのなら、是非とも」


 いきなりで驚いたけど、段々慣れてくる。ここからは聖女モードでいけばいつも通りに話せるはず。


 と、何故か思考が冷静になっていることに気付いた。


 イザベラの言葉を思い出す。


 人間とは、想定外の事が起きるとそれまで抱いていた感情を忘れることがあるって、もしかして……さっきの沈黙ってそれを狙って?


 あはは、まさかそんなわけないって、偶然よ、偶然。いくらロイ様でも、それを狙って出来るわけ無いわ。


「おい、行かないのか?」


 ロイ様が宿舎のドアを開けて待っている。いけない、考えすぎてぼーっとしていたわ。早く行かないと!


 私はロイ様と一緒に宿舎の中に入った。


 ☆☆☆


 練兵所では、魔道騎士達が木人に物理障壁を展開していた。

 普通の木人では練習にもならないから、防衛魔術の得意な騎士を集めて暇潰しをしているのだという。


「じゃ、始めっか」


 ロイ様が呟く様に言うと、何もない空間から白銀の剣が現れた。

 剣に刻まれた意匠は4人の女神が剣を支えるように絡み合う、そんなデザインだった。


 こんな規格外の剣を見たことがない。Aランク、いや、Sランクに匹敵するほどの遺物武器エピックウェポンかもしれない。


 剣を持つとロイ様はそのまま駆け出して、物理障壁の施された木人に何度も斬りかかった。


 様々な角度から斬りつけたあと、空中で回転しながら2回後退した。


 距離を取ったらそれで終わり、普通はそう思うだろう。


 だけどロイ様は違った、手を前に突き出し「射出シュート」と呟くと──剣が何もない空間から飛び出して、障壁に当たったあとカランカランと音を立てて地面に落ちた。


 魔道騎士達を見ると、額に汗を浮かべて必死に両手を前に突き出している。彼の攻撃がそれほど強力だという事を意味していた。


「フィリア、見ていろ」


 駆け寄ろうとした私を制して、ロイ様は再び剣を構えた。


「──【影衣焔かげいほむら】!」


 ロイ様がスキルのようなものを発動した。元々黒い服を着ていたけど、もう一枚黒いコートのような物を纏っていた。


 それは陽炎の様に揺らめき、裾は炎の先みたいにチリチリと火の粉を飛ばしている。

 強者が放つ武威というやつなのだろうか、その場の圧が一気に増大したような感じがする。


 目を離したつもりはなかったのに、気付いたら障壁の前にロイ様がいて、思いっきり剣を振り下ろしていた。


 ──バリンッ!!


 剣が障壁に触れると、硝子細工を落とした時のような音がして障壁は砕け散ってしまった。


 そしてそのままロイ様は木人を両断した。


 術者である魔道騎士の何人かは膝をついており、残りは尻餅をついていた。


 私の元に来たロイ様は、木人を指差して一言──。


「あれがこの国に起こり得る未来だ」


 意味の分からなかった私は「えっ?」と答えるしかなかった。

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