第154話 聖女フィリアと闇の子供たち

 ロイとルフィーナは、それぞれ武器を構えて闇人形と対峙していた。


 闇人形は獣のように四つん這いになって身体の筋肉を弓の様に引き絞った。目でルフィーナに剣を拾うように指示して衝撃に備える。


 帝都でカタリナも使っていた【黒爪・旋】、それは魔力で作り出した闇属性の爪で相手を切り裂くスキル。剣技のように決まった動きを持たず、縦横無尽に攻め立ててくるのが非常に厄介だ。


 ルフィーナが後ろに向けて駆けた瞬間、闇人形が動き出した。矢の如く加速した闇人形だったが、ロイの神剣が行く手を阻んだため壁を蹴ってすぐに後退した。


 金色の瞳がロイを見据える。敵意ヘイトは完全にロイに移動し、背後ではルフィーナが弾かれた剣を拾っていた。


 左足に傷を負っているから加速も大したことなかったな。その上、敵意ヘイトは確実に俺の方を向いている。人間としての理性が低下しているからこそ、簡単に意識誘導が出来てしまう。


 問題は、俺とルフィーナがやつを上回れるか否かってことだな。


「ルフィーナ、ちゃんと剣を拾ったか? 魔術剣士が剣を落とすんじゃないぞ」


「ロイ殿、ご助力感謝いたします! 剣は無事に回収できました。もう遅れは取りません!」


 場違いなほど元気な声に内心ほっとする。恐らくは失敗から学んですぐに取り返すパターンの女なんだろう。こういう手合いは堅実に成長していく、騎士としての職業に非常に向いた人材だ。


 さて、目下の敵だが……会話をしているうちに飛び掛かって来ると思っていたのに、全然その気配がないな。試しに挑発してみるか。


「おい、かかって来いよ」


「…………」


「話せる口があるなら何か言って見せろよ」


「…………」


 無言。契約者がそれを禁じているのか、今までの闇人形よりも更に理性が欠けているのか分からないが、来ないのならこちらから攻めるほかないだろう。丁度、【影衣焔かげいほむら】の準備も出来たしな。


 追跡中に消費した【影衣焔かげいほむら】分の魔力を回復したロイは、再度黒き焔のような衣を身に纏う。


 ジャリっと地面をしっかり踏みしめて──疾走する!


 いつもより時間がゆっくり感じるほどの加速、剣士に近付くために考案された先祖の奥義。壁を走り、壁を蹴り、回転を加えて剣を打ち込む。


 ──バリンッ!


 ロイの剣を受けた黒い爪は、砂糖菓子のように砕かれた。だが、さすがは闇人形、回し蹴りから掌底、そのまま拳打の応酬を繰り出してきてロイはバックステップでの後退を余儀なくされた。


 おかしいな、爪の攻撃が思ったよりも軽い。それに怪我しているとは言っても、闇人形の加速はあんなものでは無かったはずだが……。


 戦いの最中、ロイは闇人形の様々な差異に疑問を持っていた。


 闇人形は後退するロイに追いすがろうと前に踏み出すが、地面から生えた影の帯によって思うように前に進むことが出来なかった。


 ロイはすぐにルフィーナへと視線を向けると、彼女はすでに攻撃体勢に入っていた。


 魔術師系のジョブはいつだって誤射に悩まされる。撃ちたくても射線上に味方がいたら攻撃できないからだ。だからこそ、前衛の仲間を信じてひたすら隙を窺うことになる。


 やればできるって言葉は失礼だったか、流石は帝国騎士の団長だ。


【シャドープリズン】を使用するために【影衣焔かげいほむら】を解いたロイは安心した顔でルフィーナを称賛した。


 そして動けなくなった闇人形にルフィーナが渾身の魔術を放つ。


「くらえっ! ──【ウインドスラッシュ】!!」


 三日月型の風の刃が闇人形を切り裂いた。赤い血がとめどなく流れ、そして死が確定した瞬間、その身体は黒い塵となって消滅した。


 ルフィーナに駆け寄ってその安否を確認する。


「ルフィーナ、どこも怪我はないか?」


「はい、お陰様で……私などよりも、ロイ殿の方が小さな切り傷だらけではないですか」


「前衛として戦うんだ、これくらいわけないさ。それよりも、この闇人形は一体なんだったんだろうな……倒してしまった以上、契約者への繋がる証拠は絶たれてしまったが」


「そのことですが、私ならなんとかなるかもしれません」


 ルフィーナは薄い胸を叩いてロイに提案を始めた。


「というと?」


「エルフの私は魔力を視認することに長けています。闇人形が契約によって生きているのなら、契約者へのパスがまだ残ってるはずです」


「なるほど、なら時間との勝負になるな。案内頼む」


「はい、任せて下さい!」


 ロイはルフィーナと共に契約者を追うことにした。


 聖王国グランツはそれほど領土は広くない。というのも、今ロイ達がいるこの聖都とその周辺だけが領土だからだ。攻め込まれればひとたまりもないが、コストパフォーマンスと絶対の強度を誇るアークバスティオンがあるため、今までどの国も攻め入ろうとはしなかった。


 本来、国の切り札を使用するためには王族の血が必要となる。レグゼリア王国は異世界召喚を切り札としているが、王族の血ではなく高位の術者数百人でそれを代用したため、不完全な勇者を召喚してしまった。


 だが、聖王国は王族がいないため、聖女がその任に就くのがならわしとなっている。血は必要ではなく、週に一度の祈りと魔力によって聖都全域を光のヴェールアークバスティオンで守護している。


 追跡を続けていると、聖都の大聖堂に辿り着いてしまった。


 ロイとルフィーナは雑木林から大聖堂周辺を偵察することになった。


「本当にここで合ってるのか?」


「はい、あの大聖堂の中に契約者がいるはずです」


「騎士とは思えないほど軽装のやつらがいるな、あれがラルフの言ってた聖女を監視している存在か」


「そのようですね……あっ、そろそろ契約者が出てきます!」


 ルフィーナの言葉で大聖堂の入り口を見張っていると、精悍な顔立ちをした初老の男と白いローブを身に纏った女が出てきた。



「どっちが契約者だ?」


「……両方です。どちらにもパスが通ってますが、どちらかというとあの貴族っぽい男に強いパスが流れています」


「少し様子を見るか」


 息を潜めて少しずつ近付いていくと、執政官の部下と思われる歩哨の話し声が聞こえてきた。


『ヘルブリス様もこんな昼間から御子を作るとは……聖女様の身体が持たないぞ』

『しっ! 滅多なことを言うんじゃない、執政官様に聞こえたらどうするんだ?』

『そんなことありえないだろ、この距離なんだし。それに、先週作った闇の子が倒されてしまったらしくて、慌ててたからな、こっちに構ってる暇ないだろ』

『まさか、倒されたのか? そこいらの魔物より断然強いだろ、あれ』

『それがな、逃げ出した囚人の行方を捜索させてたらいきなり反応が消えたらしいんだ』


『だからか、いきなり新たな闇の子を作ろうと言い出したのは』

『みたいだな、おかげで聖女様も動揺しておられた……』

『可哀そうにな……』


 ロイは歩哨の言葉を脳内で整理していた。


 先程倒したのはどうやら闇人形ではなかったらしい。闇の子と言っていたな、呼称が違うだけかもしれないが、闇人形にしてはかなり弱かった。

 話しを聞く限り【サキュバスの揺り籠】を使わず、あの聖女自身が闇の子を産んでるだとか。


 さて、ラルフにどう話したものか……。


「聖女様、とても辛そうな顔をしておられた……隣にいたご老人が執政官だとすれば、今討つべきだと思います」


「気持ちはわかる。だがな、ざっと見た限り100人は軽く超えてるぞ? 1人1人は楽に倒せるかもしれないが、俺達の魔力は無尽蔵じゃない。いずれは力尽きるに決まっている、アンタだってわかってるんだろ?」


「わかってます。ですが、私は聖女様が帝国に訪れたのを見たことがあります。孤児院の子供たちの病を、聖女様は魔術で治していました。メリットなど無いのに、そんな心優しい聖女様があんな男に利用されてるなんて! 私は、私は……」


「今は昼間だ、潜入して暗殺も難しいだろう。一度情報を持ち帰ってラルフも含めて協議するべきだ」


 ロイの言葉にルフィーナは静かに頷いて後退を始めた。


 ルフィーナ、お前の気持ちはわかっている。軽々しく命を生み出してそれを道具のように扱うあの男は消されるべき存在だ。

 その時が来るまで、怒りの気持ちは抑え込んでおくんだ。


 ロイ自身も沸々と心の内に炎を灯しながら、ルフィーナと共に騎士団の宿舎へと帰還した。



Tips


マグナート・ヘルブリス執政官 ジョブ・戦士


前執政官であるイザベラ・ベルモンドを罷免に追い込んでのし上がった初老の男。ラルフと同じくビショップの位を有しており、文官のほとんどを支配下に置く聖王国の実質的支配者。

帝国から漏れたとされる闇人形の製法を独自に解読し、小ロット多品種生産を目的に聖女を道具の様に利用している。

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