第148話 魔族領域とアークバスティオン

 魔族領域──それは人間やエルフ等、ヒトの生存圏の外側にある領域。


 基本的に魔物の強さが通常よりかなり強く、大地はかなり荒れ果てている。所謂いわゆる、未開拓の土地といった印象が強いわけだが……。


 ロイはテスティードの窓から外を眺めて考え込んだ。


 思ったより荒廃していないな、俺が初等部で教わった内容と違う。これなら人間が住むのも簡単じゃないか? だけど、なんだろう……生き物の気配が全くしないような、そんな感じがした。


 そう思っていると、突然テスティードが大きく揺れた。何かが車体に激突したような衝撃だった。


 御者のパルコがロイに向けて叫んだ。


「ボスッ! 真上からの攻撃、あれは──クリミナルだっ!」


「クリミナル……あれが……?」


 ロイも初めて見たそれは全身が黒い布で覆われていて、下から見た布の中身は漆黒──そんな存在が空中を浮遊していた。魔物というには生き物じみていない、敢えて分類するならば、霊体型の魔物レイスに似ている。


 ただ、実際に見て改めて思う。あれは生き物の天敵じゃないか? あれは存在してはいけないモノじゃないか? 本能的にそう思わせる何かを感じる。質の悪い宿で出された料理に虫がたかることがあるが、それを数倍おぞましくした感じに近いかもしれない。


 背後でロイと共に上を見ていたユキノが、ぎゅっと袖を強く握ってきた。


「ロイさん、あれ、なんか……怖いです」


「100年ほど前から極稀に発見される正体不明の生き物……クリミナル。俺も実物を見るのは初めてだ。御伽噺おとぎばなしに近い存在だしな」


 言うことを聞かないとクリミナルが殺しに来る、そんな感じで子供への脅し文句として使われている。


 ──ガンッ!


 考え込んでる間もクリミナルは車体に何度も体当たりを繰り返している。あれだけおぞましい存在なら討伐依頼が出てもおかしくないが、到着したころには姿を消しているらしく、しかも体当たりしかしないから放置されている。


「ボス、このまま駆け抜けるけど、構わないか?」


「ああ、頼む。もしずっと追いかけてくるようなら……」


「ボス、あれに攻撃するんですかい!?」


 パルコが驚くのも無理はない。ただの生物と違って何が起きるかわからないし、俺だって正直言うと攻撃したくはない、気持ち悪いからな。


 だけど、向かってくるなら……降り掛かる火の粉は、払うしかないだろ。


 ロイがパルコの言葉に頷くと、パルコはそれ以上何も言わずにテスティードの速度を上げた。

 随行するテスティードもこちらの意図を汲んで速度を上げるのが見えた。


 障害物を避けながら南下して、なんとか魔族領域を突破することに成功した。


「クリミナルは追ってきてないな」


 ロイの言葉にソフィアが反応した。


「一生で一度見たら凶兆の証と言うけれど、この先何か起きないことを祈るわ」


「はっ、残念だな。何か起きるかもしれないからグランツに向かうんだろ?」


「ええ、そうだったわね。でも、あんな気持ちの悪いモノ……二度と見たくないわ」


「同感だ。あんなモノを見たら何か悪いことが起きそうって気持ち、わからなくもない。今夜は早めにキャンプして気持ちを切り替えていこう」


 魔族領域を抜けて数時間後にキャンプを行った。その時に、もう一台のテスティードに乗っていたリーベスタから報告を受けた。


「ルフィーナはどうした?」


「それが……あれを見て体調が悪くなったらしく、何度も、その……」


「いや、それ以上言わなくていい。それよりも、みんなよく頑張ったな。グランツまで後少しだ、最後まで気を抜くなよ」


「はっ!」


 もう一台のテスティードに近寄ると、ルフィーナが雑巾でテスティードの車内を掃除していた。


 話しかけようとした時、サリナが向こうから歩いてくるのが見えて立ち止まった。


「ロイ、そっとしてあげたら?」


「やっぱその方が良いのか?」


「ええ、彼女だって大人だもの。慰めより見なかったことにした方が楽なはず」


「じゃあそうするか」


 ロイが踵を返すと、サリナがそれを止めるように声をかけた。


「ねえ、あれがグランツの切り札、アークバスティオン?」


 指差す方向には天から光の幕が下りているのが見えた。グランツの切り札を目視できると言うことは、目的地までそう遠くないことを意味している。



「そうだ、あれがアークバスティオン、聖王国の切り札だ」


「でも、切り札って……王家が血を流さないと使えないんじゃ?」


「詳しいことはわからないが、聖女フィリアの奇跡によってそれは発動されてる。公式では発表されてるな」


「奇跡って……それ、嘘でしょ」


 サリナはレグゼリア王国を知っているからこそ、奇跡という言葉が綺麗事のように聞こえていた。


 人が集まれば、必ずそれを利用しようとする者が現れる。カイロ然り、国王然り、だからこそ国のために奉仕しているであろう聖女に疑問を持った。


「なんにしても、俺達は聖女に会って警告しなくてはいけないだろ?」


「うん、わかってる。あたしが言うのもあれだけど、でもさ、良い歳した大人が子供を利用するのは好きじゃないかな」


 サリナの懸念は多少なりとも当たっているだろう。だけど、国の内情に大きく関わることに俺たちが干渉するのは難しい。自分なりに許容範囲を設けて、折り合いをつけて生きるしかないんだ。


Tips


クリミナル・不明


全身黒い布で覆われた正体不明の存在。生物と呼べるかも怪しいレベルで、その生態は明かされていない。生きとし生ける者すべてに恐怖感と不快感を与えることから、凶兆の証とされている。

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