リーベ台頭 編

第137話 漆黒の暗殺者

 ~帝都インペリウム郊外~


 15頭ほどの馬に乗ってひたすら南下する一団があった。先頭を走るのは他の馬より上品な馬を駆る、エンドリクス・アグラートというナイト貴族。


 エンドリクスはレグゼリア王国へ亡命を試みていた。


「天は私に味方したか、この大吹雪の中において【雪避けの御守り】を持つ我らに追い付けるはずもない」


 エンドリクスの呟きに護衛の騎士答えた。


「アグラート様、油断は禁物です。雪原は見晴らしが良く、吹雪が止めばすぐに追い付かれるかと」


「わかっている。そうだな、ここより西に森があったな。西に迂回して森に潜伏、馬を休めつつ少しずつ南下するぞ」


「──ハッ!」


 エンドリクスは森に潜んで追手をやり過ごすことにした。


 護衛の騎士は全員冒険者ランクB相当の腕前を有しており、更にエンドリクスは切り札を用意している。それ故に、追い付かれても追手を蹴散らす算段があった。



 森に入って1時間ほど奥に進み、開けた場所に出たので一行いっこうは休憩することにした。


「アグラート様、この先に凍っていない湖があります。そこに村娘がいるようですが、始末しますか?」


「わかった。私が見てこよう」


「しかし、アグラート様お一人では!」


「村娘なのだろう? 私とてある程度は鍛えている、村娘程度に負けはせんよ」


 エンドリクスは家庭教師から鍛えられて冒険者ランクC相当の力量となっており、全く鍛えたことのないであろう村娘に負けるとは思っていなかった。


「騎士達は私に付いてきてくれる。この先、危険な旅になるからな、娘の1人でもくれてやるのが主君の務めというものだ」


 そう思って茂みから湖の辺りをアーチャーのスキルである【遠視】で確認する。


 そこにいたのは見目麗しい娘だった。長い黒髪に整った顔立ち、ローブの上からでもわかるほどの大きな乳房、腰は厚着をしているとは思えないほど細く、表情は柔和。


 それ程の女が丸太に腰かけてパンを頬張っていた。


「ふむ……綺麗だな。奴等にくれてやるには惜しい娘だ。妻として連れ帰るべきだな」


 エンドリクスは茂みから出て優雅に貴族らしく湖に近付いていく。歳は38、帝都から逃げる時に妻は死んだ、新たな世継が必要なのだ。


 娘に近付けば近付くほどその美しさに心惹かれ始める。


「そこの娘」


「は、はぃ!」


 見た目通り丁寧な口調でありながら男慣れしてない仕草、恐らくは処女だな。


 そう確信して更に話しかける。


「私の妾となれ、王国で楽して暮らせるぞ?」


「き、急になんですか?」


 確かに、あまりに急すぎたな。まずは名前を名乗らなくては。


「私はエンドリクス・アグラート、ナイト貴族だ。王国へと渡り再起を図るつもりだ。一緒に来い、貴族の婦人となれるぞ?」


「これはご丁寧に……私はユキノと言います。それで、あなたの申し出ですが──」


 ユキノが言い切る前に、エンドリクスの隣に切り札が現れた。


 浅黒い肌に金色の瞳、エンドリクスが大枚叩たいまいはたいて購入した闇人形。それは、裏の世界に足を踏み入れた貴族には必須とも言える兵器となっていた。


「マスター、警告します。この娘は非常に危険です。下がってください」


「ただの村娘だろう? 何が危険だと言うんだ」


 そう言って肩に触れた瞬間、吹き飛んでいた。


 景色は目まぐるしく変化し、枯れ木に激突する寸前で闇人形が受け止めた。


 身体中に伝播する激痛に、攻撃されたのだと後になって気付く。エンドリクスがユキノへと視線を向けると、白銀の盾がユキノの周囲を回っていた。


「な、なんだそれは!?」


 その盾自体の名前は知っていた。祝福盾ブレスシールド──治癒術師ヒーラーが自分の身を守る為に覚える初歩中の初歩のスキル。


 本来は目の前に数秒間しか出すことの出来ないスキルが、消えることなく動き回っている。それは異質の光景だった。


 騒ぎに気付いた騎士が続々とユキノを取り囲む。


「ど、どうしよう。囲まれちゃいましたぁ~」


 ちょっと間延びした声質でおどおどするユキノ、だがエンドリクスは戦闘体勢に入った。


「見かけで判断するな、かかれ!」


 主君の命令により弓兵は弓を引き、騎士は剣を抜いた。


「撃てーーー!」


 15人中、4人の弓兵による【レインアロー】がユキノへと迫り来る。


「ひゃうっ! ぶ、祝福盾・大盾ブレスシールド・ラージ!」


 おどおどしながらも、使うスキルは的確。本来なら防ぎきれない矢の雨を、巨大化した祝福盾ブレスシールドが凌ぎきる。


「な、何なんだこの女は!!!!」


 まるで悪夢でも見てるかのようだった。


 歯噛みし、気を取り直したエンドリクスは騎士に接近戦を命じた。魔術師にとって接近戦は死と同義、それ故の正しい判断だった。


「あ、あの! 常に例外を想定しろって、私に戦いを教えてくれた人は言ってました! 祝福盾・二重奏ブレスシールド・デュオ!」


 ユキノが言うと、白銀の盾が2つに分裂して片方を守りに、片方を巨大な武器として運用し始めた。


 ──ガィィィンッ!


「ぐはぁ!」


 鈍器が騎士達を蹂躙する。スキルが有効範囲に入る前に巨大な盾が眼前に迫る。騎士達は近付くことができず、次々と気絶していく。


「もう……投降してくれませんか?」


 先程まで求婚していた村娘が、エンドリクスには悪魔のように見えていた。

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