第126話 影の使い手

 帝国騎士団に拘束されたロイとソフィアは、フレミーの権力によって釈放された。


 エデンへの帰り道、ロイはシャドーポケットから傾国酒ドラゴンブレスを取り出してフレミーに手渡した。


「フレミー、これを受け取ってくれ」


 受け取ったフレミーは夕日に傾国酒を照らし当てながら感嘆の声を上げた。


「おお~! 赤よりも赤く、吸い込まれるような深紅……これぞまさに傾国の酒、ドラゴンブレスだ。回収、ありがとうございます」


 そう言いながら、フレミーはロイへ一礼した。


「礼はいい、報酬さえ払ってもらったらな」


「ロイ殿は相変わらずですな。もちろん、今回は労力に見合った報酬を支払いますとも」


 そう言って、フレミーは馬車の荷台を指差した。縦列に並んでついてくる4台の馬車、その荷台には布が被せられており、盛り上がりからそこそこ大きな物体であることがわかる。


「エデンの立地は不干渉地帯である死の谷デスバレーに作られました。谷は国境そのもの故、聖石樹を辿れば主要大国のほとんどに侵入することが出来ます。ですが、それは逆にどの大国からも侵入できると言うことです。守りが──必要でしょう?」


 寝ているソフィアを起こさないようにして、馬車後方に移り、フレミーが紙を渡してきた。


 書かれていたのは兵器の図面だった。


「帝国には炎、土、雷等、破壊系統の魔術師が少ない。それを解消するために作られた自律型迎撃兵器【イージス】です。先行生産された4機を報酬としてエデンへ献上しようかと。勿論、傾国酒と同等の価値はあります」


 この男、やはりしたたかだ。最新鋭の魔道兵器なら確かに1億Gの価値はあるかもしれない。だが、この男の本当の狙いは兵器の試運用だ。


 エデンを実験台にしようと言うのだから、抜け目がない。


 ただ、こうやって現実に兵器を目の当たりにすると、カタリナの言っていたことが現実に突き付けられたような気がしてくる。


「どうかしたのですか?」


 ロイの様子がおかしいと感じたフレミーが話しかけた。


「いや、実はな──」


 カタリナに言われたことをフレミーに話すと、徐々に険しい表情に変わった。


「話しはわかりました。我が国の伝承保管機関でも度々議題に上がったことがあります。風化しつつある歴史の中で、色褪いろあせることなく属性塔の解放が禁忌として伝わっているのは、世界にとって驚異となる何かが起きたからではないのか? とね」


「国によって伝わる伝承が異なるのも理由があるのかもな」


「いずれにせよ、私は帝国の人間でヴォルガ王に仕える身です。世界の問題より帝国の問題を解決する他ありません。ロイ殿、あなただってそれは同じはずです」


「そんなことはわかっている。だが、考えることを放棄してはいけない気がする。あんたも、あんたの王も、今の静寂がいつまでも続くと胡座あぐらをかかない方が良いぞ」


「心に留めておきます」


 そうして、ロイとソフィアはエデンへの帰還を果たした。着いて早々に4機のイージスをエデンの入口に配置するよう指示を出した。


「ボス! イージスの配備、完了しました!」


 足元に跪いて報告をするリーベスタ。彼に対し、ロイは労いの言葉を掛けた。


「ああ、わかった。これで見張りの人数も減らせる、お前達の負担も少しは軽減されるだろう」


「ハッ! ありがとうございます。それと──お耳に入れたいことがありまして」


「ん? 俺がいない間に何かあったのか?」


「我らリーベは影の一族、元王国近衛騎士、スタークで構成された部隊です。なので、影の一族についてはある程度知っているのですが、見覚えのない影の一族がいまして……」


「見覚えのない? それはイグニア邸に住んでいた時も含めてってことか?」


「はい。エデンに住まう一員として、元の組織問わず全ての顔を覚えています。なのに1人だけ知らないのです」


 と言うことは、グレンツァート攻防戦の時に合流しなかったやつがいるということか。後で調べてみるか。


「そいつは普段どこにいるんだ?」


「普段はボスの家近辺で鍛練を行っているようです。たまにユキノ様が練兵所に行くよう説得してますが、聞く耳持たずと言ったところです」


「わかった。行ってみる」


 久しぶりのエデンを見回りながら、変化を探してみる。


 鍛冶場、練兵所、農園──変化無し。簡易的に作られた冒険者ギルドはマナブが運営していて、5人程の人間がクエストボードを眺めていた。


 閑古鳥が鳴いてるわけじゃないようで少し安心する。


 家が見えるところまで歩くと、剣を上から下へ、素振りをしているであろう男が視界に入った。


 アイツ──誰だ?


 黒い髪に赤い瞳、影の一族と同じ特徴を有しているが、ロイすら見たことの無い存在だった。


 ロイはその男の近くまで行くと、警戒心を解くことなく話しかけた。


「おい、俺の家の前で剣を振るな。子供に当たったらどうするつもりだ?」


 男は素振りを止めてロイに向き直った。年齢はロイの父親より上くらいで、前髪が目にかかりそうな程に伸びていた。


「この村の武装組織リーベのリーダー、ロイはお前か?」


「ああ、そうだ。あんたは誰だ? 俺は生まれも育ちも影の村オンブラだが、あんたみたいなのは1度たりとも見たことがない」


 よく見ると、顔には傷痕が刻まれていてそれなりの修羅場を踏んでるように見えた。


「お前が生まれる前に旅に出たからな。オレは……シュテンの息子、カレルだ。」


「あの爺さんに息子がいたなんて話し、聞いたことがないぞ」


「当然だ、アイツにとってオレは忌まわしき存在だからな。なんなら聞いてみればいい」


「ああ、そうさせてもらう。それよりも、俺の家の前で剣を振るな」


「……ふっ」


 カレルは答えることなくロイの脇を抜け、その場を立ち去った。歩き方、立ち振舞い、まとうオーラからかなりの使い手であることが窺えた。

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