第90話 アルスの塔・4

 ヴォルガ王とエイデンには入口の防衛を頼んだ。撤退、凱旋、どちらにしても入口の安全が確保されていなければパーティが安全に塔を出ることができないからだ。


 行く前から帰りの心配をするのもどうかと思いつつ、ロイ達は塔の攻略を始めた。


 重厚感ある扉を開けて中へ入る。


 中は石造りで出来ており、不思議なことに苔が一切生えていなかった。


「まるで最近建てられたような……」


 その問いに答えるようにソフィアが言った。


「ええ、このダンジョンは面倒な仕掛けが無い代わりに、最強の再生速度を誇るダンジョンですわ。どんなに破壊しても2週間あれば元に戻りますわよ」


 ソフィアの言うとおり、2週間で完全再生は破格の速度だった。通常のダンジョンは罠や宝箱から再生が始まり、壁面が完全に再生するまで4ヶ月ほどかかる。


 そう考えると"最強の再生速度"というのも頷ける。



 1階は聞いていた通り迷路になっており、倒されたはずの魔物も幾分か復活していた。


 木の魔物トレントが通路の先に3体見えた。向こうもこちらに気付いて向かってきている。


 すると、いきなりスタークのパーティが前に出た。


「ボス、我々に任せてください! "祝福盾ブレスシールド"!」


 スタークの中の1人、ユキノと同じ治癒術の使い手が盾を張った。彼は確か元近衛騎士ロイヤルガードだったはず……。


 ────ガンッ!


 中空に浮きし白き盾はトレントの枝による打撃を難なく防いだ。そしてスタークの1人が盾から飛び出て弓を引く。彼は元々いたスタークのメンバーだった。


「よし、攻撃は任せろ! "ピアッシングアロー"!」


 射られた矢は空気の壁を穿ちながら緩やかなカーブを描いた。それは3体のトレントを正確に貫いた。


 ────ゴッ、ゴッ、ゴッ!


 急所の部分に大きな穴が空いたトレントは力無く倒れた。


「よっしゃ! あんた王国民の癖にやるじゃないか!」


「お前も帝国民の癖に曲芸みたいな弓術だったな!」


 ────パシッ!


 帝国民スタークメンバー王国民ロイヤルガードがハイタッチをしている。影の一族オンブラは穏和な性格故にイグニア邸においても比較的早く打ち解けることができたが、スタークとロイヤルガードはその限りではなかった。


 新参者だからと、元からいたスタークが高圧的な態度を取ることもあった。だが、スタークを取りまとめていたダートという裏切り者が出たことで、今度はロイヤルガードがスタークを非難する事態が発生した。


 勿論ロイがその現場を見かけた際はそれを諌めたりした。しかし、今回ロイと共に激戦を潜り抜けた彼らはいつの間にか国境を越えて手を取り合い、連携取り、遂には共に勝利を分かち合うまでにいたった。


 それを見たロイは少しだけ頬が弛んだ。


「あ、ロイさんが笑ってる!」


 隣にいたユキノがロイの表情を指摘した。


「なんだよ、別に良いだろ。俺だって良いことがあれば笑うんだよ」


「はい、その方がとーっても素敵です。私も嬉しいですし」


 あまり笑わないロイが笑ったことでみんなの頬も自然と弛んでいく。


「ちっ! もういいだろ、時間ないんだから先に行くぞ!」


 少しだけ不機嫌になったロイを先頭に迷宮を進んでいく。

 そんな中、ソフィアがあることに気が付いた。


「ちょっと良い? 先程から地面に黒い線のような跡があるのだけれど、これは何かしら?」


 こういう時のソフィアには耳を傾けるべきだ。ロイはしゃがんでその跡を指でなぞる。


「これは──闇?」


「ハルトの剣で付いた傷ってことかしら?」


「いや、ハルトは勇者スキルである光属性に頼った戦い方のはずだ。それにこれは剣の傷にしては浅すぎる……どちらかというと、魔術に近いかもしれない」


 その言葉にユキノがおずおずと手を上げた。


「あの~これって、ダートさんの黒い風の跡に似てる気がします」


「ダートの?」


「はい、ソフィアさんが誘い込まれた時にダートさんが黒い風みたいなので攻撃してきたんです。その時、地面に付いた跡に似てるって思いました」


「ユキノ、よく覚えてましたわね」


 ソフィアはユキノの洞察力に素直に驚いていた。


「つまりフロアの入口から風攻撃を通して魔物を一掃したってわけか……俺達も気を付けないとな」


 地面に傷が残っていたのは傷の治りが遅くなる闇属性の特性かもしれない。


「あ、ロイさん! 階段が見えてきましたよ!」


 ユキノの指差す方向に階段が見えてきた。どうやら話しながら進んでる内にこの階層をクリアしたようだ。


「風を流されると厄介だ。いつでも防御に移れるように警戒しながら進もう!」


 ロイ達はダートの遠距離攻撃を想定し、一層の警戒心を抱いて次の階層へ上がっていったのだった。


 ☆☆☆


『ねぇ、ハルト。私達、大人になったら結婚しよーね!』


『うん、約束だよ!』


 小さなユキノとの微笑ましい約束。だけどいつの頃からか、ユキノは漫画やアニメにのめり込んで僕と距離を置き始めた。


 毎日一緒に食事をして登下校をする、なのに距離が遠く感じるんだ。


 周囲の人間は僕のことを優秀とかイケメンとか言い始めて、それに応えるように努力をした。

 ユキノもそんな僕をキラキラした目で見てきたから更に努力を重ねていった。


 何故だろう、努力すればするほど距離が離れていく気がする。ユキノは聞き手に回って自身の趣味とか話さなくなった。


 本当の僕は人と話すのが苦手でリーダーとかそんな柄じゃない。ドンドン周囲は暗くなって気付いたらユキノの後ろにあの男がいた。


 僕らと同じ黒髪に赤い瞳の男。


『ロイさん、大好き』


 ユキノはそう言って男の首に手を回し、唇を重ね始める。男の手はユキノの胸をまさぐり、僕の方へ視線を向けて笑っている。


 途端に黒い何かが右手に現れた。


 魔剣レーヴァテイン、僕が王国に騙されて渡された偽りの聖剣。


「僕がアグニの塔で、そしてグレンツァート砦で負けたから愛想尽かしたんだよね? 今度は勇者と剣の力で挑むよ……君の帰るべき場所も、守るべき帝都も、全て焼き払うから、待っててね……」


 剣に思いっきり暗い感情を込めて振りかぶった。ただ、気付かなかった。この時、左手を光が包み込んでいたのを……。



 ───ハッ!


「あら、ハルト。今起こそうと思ってたの」


 リディアの顔が視界に映った。上半身は裸、だけど胸元は白のタオルケットで隠されていた。


「僕はまさかっ!?」


「大丈夫、最後まではしてないわ。ほら、アグネイトも完全には黒くなってない、余力がまだある証拠だわ」


 リディアが僕の量産型アグネイトを手に取って見せてくれた。彼女の言うとおり、ほとんど戦っていない僕は一切の"穢れ"も引き受けてはいなかった。


「ふぅ、良かった……」


「私が闇魔術の使い手だから最後まで出来ない、魔剣って面倒だわ……」


「ところで、僕を起こそうとしたってことは……準備できたのかい?」


 リディアは首を振ってベッドから降りた。そして下着を着ながら答え始めた。


大地の怒りグランドバニッシュは運搬済み、壁に大きな穴を空けて射角計算も済んだ。だけど肝心の解放の間の解析が半分しか進んでないの」


 アルスの塔を解放し、それによって生じた莫大な魔素をそのまま大地の怒りグランドバニッシュに注ぎ込む。そんな簡単なことなのに、何故だかもどかしい感じがする。


「起こそうと思ったのはね、どうやらここに侵入者が紛れ込んだからなの」


「リッチじゃ止められなかったか……。それなら、僕が出ようか?」


「ごめん、ダートが行っちゃった。1人で戦いたいからハルトは来ないでって伝言を託されたの」


「彼には悪いけど、多分勝てないよ?」


 リディアは苦笑いしながらハルトに魔剣を渡した。


「ふふ、わからないわよ。騎士の半数を連れていったし、彼自身もここのボス全員1人で倒したのよ? それくらい強かったら勝てる気がするけど?」


「いいや、それじゃあまだ足りないよ。最低でもここのボス全部を復活させてダートとセットで攻撃させないと、時間稼ぎにしかならない」


 僕もベッドから出て着替え始める。


「さて、ダートが負けた時の為に僕は準備運動をしてくるよ」


「ええ、いってらっしゃい」


 ハルトはロイを迎え撃つ準備のために天幕を出た。黒き剣を振ってひたすらロイを倒すイメージを叩き込む。


 そんなハルトを天幕から見ていたリディアは何故か胸が痛くなった。

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