第88話 アルスの塔・2

 アンジュが舞うように敵陣へ斬り込んでいく。彼女の象徴とも言える金髪。それと同じ金色の長剣"セレスティアルブレード"はレグゼリア王国の王族が持つことが許されたAランク相当の秘宝。


 雪の降る夜にも関わらず、その長剣は黄金の剣閃となって敵を屠っていく。


 "剣姫"のエクストラジョブを得ているアンジュは一振で最低2人以上戦闘不能に陥れた。最高効率の剣技、それをテスティード車内でロイとユキノは見ていた。


「すごい、アンジュさんって魔術師じゃないんですね!」


「あっちが本業だからな、むしろ設置魔術はおまけみたいなもんだ」


「おまけ、ですか?」


「近接ジョブである以上、どうしても飛び道具を避けられない時がある。それを防ぐために足で踏んだところから土魔術が盾みたいに出るようになってるんだ」


 そして丁度ロイが解説してる間に、それを見る機会が訪れた。急襲から落ち着きを取り戻した弓兵がアンジュの隙を狙ってスキルで攻撃した。


 それに気付いたアンジュはかかとをトンっ! と鳴らして魔術を設置、そして次の瞬間にはアンジュを守るようにして石槍が地面から飛び出す。


「あ! 今、マナブのストーンランスが地面から出てきた!」


 ダダダッと石槍に矢が刺さって攻撃は防がれた。


「ほえ~、アンジュさんは攻防一体の攻撃ができるんですね~」


「ユキノ、さっきの弓兵を見てろ」


「あ、はい!」


 ユキノはロイに言われてアンジュに矢を放った弓兵を目で追う。


 すると、紫の線がジグザグに敵を吹き飛ばしながら弓兵に接近して弓兵は紫電に貫かれる。


「わかる! あれはサリナですよね?」


 ロイは頷き、そして空のポーションを置いて立ち上がる。


「技巧のアンジュ、機動力のサリナ、お互いをカバーし合って戦ってる。俺達も負けてられないな、ユキノ」


「そうですね、私達も向かいましょう!」


 ロイはユキノを抱えて"シャドーウィップ"で近くの枯れ木に飛び移る。2人が乗っても折れそうにない大きな枝、ユキノを下ろすとよろけてロイの胸にもたれ掛かってしまった。


「大丈夫か?」


 ユキノが顔をあげると、ロイの顔が近くにあって目と目が合ってしまう。すぐに我に返ったユキノは驚いたように飛び退く。


「ひゃうっ! ご、ごめんなさい! さ、作戦をどうぞ!」


 ロイは少しだけ不思議そうな表情を浮かべたあと、作戦を話し始めた。


「このまま木の上を飛び移りながら迂回して指揮官を叩こうと思う」


「現状でも敵は混乱状態ですよね? 指揮官を倒しても効果ないんじゃないですか」


「今は混乱状態だけど、さっきみたいに冷静さを取り戻した弓兵が増えるとサリナ達がキツくなる。それに、敵指揮官を押さえておけば無駄な戦闘も減るしな」




 ロイはその場を離れる前にテスティード周辺へ視線を向ける。マナブはハッチから顔を出して近付く敵へストーンランスを放っている。


 ソフィアは巧みな槍術でテスティードへ取り付く敵を倒していた。槍で突いて反対側の石突きで敵の顎を砕く、槍が間に合わない時は蹴りや殴打等の体術も駆使して撃退している。


 そんな最中、ロイとソフィアの視線が交差した。ソフィアはゆっくりと頷く、それは"任せて"という合図でありロイもそれを理解して頷き返す。


「ロイさん?」


 お姫様抱っこ状態のユキノが不思議そうに見上げている。少しだけ待たせすぎたようだ。


「ドーンと行ってこい、そう言われた気がしてな。────じゃあ、行くか」


「……?」


 ロイは不思議がるユキノを抱っこしたまま木々の中を飛び移って行く。


 そして丁度敵指揮官を見下ろせる位置に辿り着いた。指揮官と言ってもあくまで塔の入口周辺を守護する急場凌ぎのリーダーだ。


 しかも、数十からなるポーン貴族の中でも雑兵に値する騎士の集まり、それ故に統率しきれずにひたすらオロオロしてるだけだった。



「一体何してるんだ!? くそ、賊ごときの侵攻を食い止めるどころか突破されて大混乱……このまま塔を守りきれなかったら、リディア殿に殺される……ッ!」


 ロイとユキノが背後の巨木の上にいるとも知らずに1人愚痴る指揮官。そしてそこへ新たな情報を伝えるべく伝令が現れた。


「状況、報告します! こちら側の中枢は奇妙な鉄の箱による襲撃で半壊、魔道具にて増援を要請したところ、キングストン城はすでにエイデン・イグニアの手に落ちており、増援は……見込めませんっ!」


「……敵の構成は?」


「はっ! 敵は近接メインであり、遠隔系のジョブは少ないように見えます」


「重騎士にタンクをさせて敵の近接系を弓で集中攻撃すれば──」


「それが……鉄の箱による突進で重騎士は壊滅しております」


 ダンッ! と机を叩いて指揮官は頭を掻き毟る。その様を悲痛の表情で見ている伝令は居心地が悪そうだった。


「ならば、手の空いた部隊で直接"鉄の箱"を攻撃すれば──」


「申し訳ありません! すでに実行しておりますが、やたら魔術スパンの早い土魔術師と……イグニアの槍が守護しており、落としきれない状況が続いております」


「打つ手無しか……もう良い、呼ぶまで下がっておれ」


「──ハッ!」


 敬礼をした伝令は戻り、指揮官はテーブルの上で頭を抱えている 。


「一体どうすればいいのだ、クソッ! ……こうなれば、もう一度他国の傭兵に頼んで魔術による集中攻撃をするしかないか……」


 帝国はレグゼリア王国と比べて攻撃魔術の使い手が少なく、扱う系統魔術はリディアの得意とするような精神攻撃系がほとんど。


 元々は貧乏貴族ポーン貴族の集まり故に、他国の傭兵に高い金を払って攻撃魔術を要請するには限度があった。

 そしてロイ達の襲撃の際にすでに何度か使用しており、指揮官としてはこれ以上の使用は本来の主君を没落させかねない為、なるべく使いたくはなかった。


 指揮官は顔を上げて近くの者に指示を出そうとするが、それは出来なかった。

 首筋に当てられた冷たい金属が体と精神共に震え上がらせた。


「さすがに魔術で攻撃されると困るな、となれば俺の望む指示を出してもらうしかないよな?」


「──クッ! 貴様、暗殺者アサシンか!?」


「なんだって良いだろ。取り敢えず、混乱していない部隊だけでも撤退させろ」


「撤退? どこに撤退すれば良いのだ、我主君はリディア殿に賛同した。全てをかけてここにいるのだ、帰る場所などない!」


「故郷はかけるものじゃないだろ。お前達の主君はリディアに賛同したかもしれないが、それはダークマターで正常な判断を奪われた結果に過ぎない。貴族共は可能な限り戻して帰すから、お前ら騎士は大人しく故郷に戻って家族を安心させろ」


「主君を裏切れと!?」


「そうじゃない、主が帰る場所をお前達が作るんだ」


 ロイはそう言って王家の証である帝剣を指揮官に見えるようにかざす。


「まさか、この地にヴォルガ王が!?」


「どこにいるとかは言えないがな。なるべく罰は軽めにすると言っていた、そして貧困についてもいくつか救済案を用意してるとも言っていた。それにお前達はまだ、ビショップ貴族に喧嘩を売ってはいないだろ? 全てが下準備の段階だ、まだ間に合うんだよ」


 世間的にはまだリディア達は行動に移してはいない。アルスの塔を占拠した罰は免れないが、ただここに集まっただけというフォローができる段階だ。


 だが、ビショップクラスの貴族に武装蜂起した場合は上級貴族と下級貴族の全面戦争となり、ヴォルガ王と言えども庇いきれなくなってしまう。


「……主君を頼めるか?」


「確約はできないが善処はする。仮にも蜂起を企てたんだ、それくらいは覚悟しろ」


 指揮官は頷いて投降の指示を出した。


 驚くことに、あれだけ混乱を極めていた戦闘が瞬く間に終息してしまったのだ。


「あの……」


「なんだユキノ」


「私を連れていく意味、あったのかなって……」


 結局何も出来なかったユキノは申し訳なさそうにしている。


「お前さ、暖かいじゃん」


「も、もしかして湯タンポ代わりだったんですか~!?」


「そういうつもりじゃなかったけどな。最悪の場合、祝福盾ブレスシールドで挟んで敵を拉致ろうかと思ってたし、小さいやつなら2枚出せるんだろ?」


「出せますよぉ、でも最近……治癒術師というか、物理タンクになりつつある気がします」


「まぁ仕方ないだろ。普通の治癒術師は祝福盾ブレスシールドを移動させたり巨大化させたり2枚出したりできないし、そうだな……今度は盾で殴ったりしてもらおうかな」


「えぇっ!? それはもう物理アタッカーじゃないですか! うぅ、酷いですぅ……」


 ロイとユキノは冗談を言い合いながらソフィア達の元へ戻る。そしていよいよ塔攻略、というところで先程の指揮官の男が伝えたいことがあると言ってきたのだった。

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