第86話 会議・ハルトサイド

 キングストン城が落とされる2週間前──。


 ~キングストン城~


 ハルト、リディア、リッチ、ダート、そしてポーン貴族の面々は蜂起に向けて会議を行っていた。


「ハルト、あなたのメリットを挙げて欲しい」


 リディアが協力者ハルトの大前提を共有するべく、会議の場で改めて聞いた。


「王国側のメリットは第1目標、アルスの塔解放。そして第2目標、新政権との貿易優先権の確保。この2つだ」


「私達の敗色が濃厚になった段階で手を引く、そう考えても良いのかしら?」


「ただの協力者に最後まで共に行動しろというのは違うと思うよ」


 この言葉に反応したのはポーン貴族だった。


「貴殿が参入しても所詮は1個人に過ぎない。ビショップや他の有力貴族相手に勝機はあるのか?」


「僕は最小限しか戦わない、勝利への秘策はそこにいる魔族が用意したと僕は聞いている」


「リディア殿! 戦わない勇者など無能同然ではないかっ!! ワシは、降りるっ!」


 リディアは抗議するポーン貴族を笑い、そして黒い石を向けた。すると、ポーン貴族は胸を押さえて崩れ落ちる。


「──ぐうッ!」


「私の話しに乗ったのはあなた達よ? 今更やめるなんて──許さない!」


「ぐうぬぅぅぅぅぅぅっ!!」


 ──パシッ!


 リディアはハルトに手を掴まれて、ギアスを止められてしまう。


「まぁまぁ、2人ともそこまでにしとこうよ。──リッチさん、まずは勝機とやらを説明した方が良いんじゃないかな」


 黒い靄をローブのように纏った髑髏どくろは魔影機をテーブルの中央へ放った。


 ──ブン。


 魔影機が起動し、映し出されたのは黒い箱に筒が付いたような物体。そして、その場にいる人間の脳に直接声が響き始めた。


「これは"大地の怒りグランドバニッシュ"……この中には知っている者がいるのではないか?」


「──帝都にある特級図書館で読んだことがある、古の大戦で三度使われた対神兵器の1つ"大地の怒りグランドバニッシュ"、これがそうだと言うのか」


「その通り、そしてそれを提供してくれたのがリッチよ。土属性の魔素を大量に消費するからハルトの持つオーパーツでアルスの塔を解放し、そして帝都を討つ。幸い、キングストン領内にアルスの塔はあるから私達の勝ちはほぼ確実よ」


 ざわざわとポーン貴族達が話し始めた。対神兵器が本物か、そしてハルトは信用に値するのか、そんな内容が多かった。


 そして1人のポーン貴族が手を上げて懸念を口にする。


「我らが帝都を落としたあと、勇者がそのまま我々を倒して、レグゼリア王国に献上する可能性だってあるのではないか?」


 その言葉を受けてハルトは立ち上がった。


「僕の言葉には少しばかり語弊がある。最小限しか戦わないのではなく、僕は最小限しか戦えないんだ」


 ハルトは服の中から赤黒いペンダントを取り出す。


「魔剣の影響で僕は汚染されやすい、今はこのアグネイトが肩代わりしてるけど戦争に参加したら5分と持たずにこれは壊れるはずだ。ここに来る道中も魔物を倒してかなり黒くなっている。帰りのことも考えると、君達と戦うわけにはいかないんだよ」


 ハルトが裏切れない理由に全員が納得し、会議は再開された。

 そして領内の拠点について話し合ってる最中、ハルトが発言する。


「リディア、ちょっと良いかな?」


「……何?」


「君らが行動を起こす時にイグニア邸でいざこざが起きたって言ってたよね?」


「ええ、魔斧トマホークの回収ができればと思って立ち寄ったら内通者だったダートがヘマをしてね。闇精霊を1匹犠牲にして逃げる羽目になったわ」


 私情により、ソフィアを奪うために誘い込んだところまでは良かったが、更にソフィアを尾行する存在がいた為に失敗し、結果的に大事になってしまった。


 ダートはその時の申し訳なさで項垂れている。


「まぁ、僕からはナイスとしか言いようがないけどね。ダートのおかげでロイの方からこっちに来てくれるのだから」


「本当に来るかしら?」


「来るよ、奴は恐ろしくしつこいからね。原因究明に絶対に来るはず。あ、それと本拠点はアルスの塔内部に移した方がいい。 "大地の怒りグランドバニッシュ" 装填までの時間稼ぎをするには、絶好のポイントだろうからさ」


「ならば戦力を削ぐために我はここに残るとしよう」


 リッチの意外な進言にリディアは驚く。


「対神兵器は譲渡され、お父様は殺した。もうあなたとの契約は白紙のはずよ。この会議が終われば元の場所に戻ればいいのに、一体何が狙いなの? まさかまだ私の人生を狂わす気?」


 暗く冷たいオーラを放つリッチがここに来て一瞬だけ哀愁のような雰囲気を出した。


「そのようなことはない、ただの気まぐれだ。敵が疲弊したらゆっくりと撤退させてもらう」


「あなたがダークマターの使い方をお父様に教えたせいで酷い目に遇った。だけどあなたは私の闇魔術の師、無様な負けかたはしないでよね」


「……」


 リッチは答えることなく煙のように消え去った。


「じゃ、会議続けるわね────」


 リディアはそれ以上リッチについて考えるのをやめて会議を進めた。そして2時間後に会議は終わり、ハルトが部屋で休んでいるとドアがノックされた。


 ──コンッコンッ!


「……どうぞ」


 入ってきたのはリディアだった。寝間着を脱いで下着姿となり、ハルトをベッドに押し倒す。


「どういうつもり?」


「会議では言わなかったけど、あなた自身の目的があるでしょ? それを喋らせに来たのよ」


「やめてくれ、君は闇魔術の使い手。交われば汚染が進行してしまう」


「……そ、残念ね」


 そう言ってリディアは着衣を元に戻してベッドに腰を掛ける。


「僕の目的はユキノとサリナを取り戻すことだ」


「前に洗脳されてるって言ってたけど私の見立てだと、洗脳はされてないと思うわ」


「ダートにもそれは言われたよ。極限状態で一緒にいた男女は惹かれ合う、多分そう言うことなんだと思う。だからロイを殺して取り戻す」


「余計に嫌われると思うわよ?」


「ユキノ達は帰る方法の研究をイグニアの貴族に依頼してるとダートから聞いた。だけど実際は王国の方が専門分野だから進んでいる。いずれ王国に戻らないといけないのは明白だよ」


「なるほど、向こうの世界に無理矢理にでも連れていって、そこで少しずつ忘れさせるってことね」


「だけどそれは賭けになってしまう。だから君の精神体攻撃アストラルアタックが必要なんだ。あれがあれば記憶の中にあったものを消せるんだろ?」


「それもダートに聞いたのね。まぁ、あなたの言うとおり可能だわ」


「僕のできる最小限の戦いはロイに費やす。だからもし僕が勝ったら、頼む!」


「ええ、任されたわ」


 ハルトとリディアは互いに握手を交わす。そして2週間後、ロイ達によってハルトの予想通りキングストン城は落とされることとなった。

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