第75話 魔槍ケラウノス
「な、なんだと!? 本当にそんな条件でいいのか?」
騎士であり、貴族でもあるウォーレンという男はロイの提示した条件に驚いた。
「ああ、俺はイグニア領の半分を、そしてアンタは計画中の作戦を重要度が高い順に話せ。破格の条件じゃないか?」
ウォーレンという男は、ソフィアの情報では"ポーン貴族"だ。位で言うと一番下に位置する。
貴族らしい貴族生活をできる身分ではなく、常に収益に悩まされる立場にあるという。
そしてこちらとしてはエイデンがこの辺りで捕縛されたという情報しか入ってきていない。
リディア・キングストンがガナルキンの全権を引き継いだタイミングといい、色々と無関係ではない気がする。
さて、目の前で歯噛みするこの男はどちらに転ぶだろうか……。
もっとも、迷う時点で領地と天秤に賭ける程の情報を持ってることは明白なんだがな。
そしてウォーレンは少し豪華な長剣をロイの前に掲げた。"
両者の家宝が光輝き
慣例に倣い、双方距離を取って身構える。
15vs6……通常なら絶対に相手にしない戦力差だが、こちらはグレンツァート砦での戦いを生き抜いた猛者がいる。
そのときの戦いは今回とは桁が違う、これは驕りや慢心ではなく"勝てる戦いを取りに行くだけ"のことなんだ。
勝てる戦いを取りに行かず、慎重に慎重を重ねすぎればそれ自体が油断に繋がりかねない、ロイはそう考えた。
そして両者睨み合いのなか、先に動いたのはウォーレン側だった。
弓による遠隔攻撃、ガナルキンの時と違うのは全員初手からスキルで挑んでいる点だろうか。
山なりの軌道ではなく、直線を描く矢の一本一本全てが"フレイムアロー"というスキルだった。
次々と飛んでくる矢は重く、アグニの塔を解放した影響でその火力はさらに増している。
「皆さん、盾の裏に入ってください! "
今のユキノは強化値の向上により"形状変化"と"運搬"まで出来るようになっている。
全員が盾の裏に隠れて攻撃をやり過ごす。
「この攻撃、少し重いです……!」
「"フレイムアロー"を使ってるのか、アグニを上手く活かしてきてるな」
「ロイ、感心してないで指示を出してちょうだい」
「わかってる! この中で遠距離攻撃が出来るのはマナブとソフィアだけだ、アンジュとユキノはこの2人を守ってくれ」
指示を受けた4人は頷き、指示の無かったサリナはどうすればいいか困っている。
「アタシは何すればいいの?」
「俺と行動だ。お前の機動力に期待してるぞ」
──そして敵の攻撃が止んだ。
アンジュは姿勢を低くして縦横無尽に駆け回り、小型魔方陣を至るところに設置する。そしてアンジュがフィンガースナップを鳴らすと同時に岩の壁が次々と出現する。
ユキノは新たに盾を出してマナブとソフィアを守る。
一方、ロイとサリナは爆風で舞い上がる粉雪に乗じてその場を離脱していた。
サリナを片腕で抱き抱え、"シャドーウィップ"を近くの木に巻き付けて大きな枝に飛び乗った。
「あ、敵が丸見え……」
「だろ? ってことであと3回は飛ぶからな?」
「え! ちょっと待って、さっきもいきなりだったし、心の準備が──きゃあああああ!」
ロイは有無を言わさず 木々を飛び移っていく。
「はぁはぁ、アタシ女子なのわかってる? 指が胸にかかってるんだけど!?」
「なんか柔いなと思ったらそうだったのか」
「そうよ……って反省してなさそうね。いいわ、ソフィアに相談するから」
それはマズイ、ユキノやアンジュだったらなんとかなりそうだけど、ソフィアはマズイ。冷たいジト目とドギツイ口撃でハルトに腹を貫かれた時よりも胃が痛くなるからだ。
ロイは素直にサリナへ頭を下げた。
「…………ごめんなさい」
「え? あ、いや……いいよ。──そ、それよりもほらッ! 丁度ここから指揮官が見えてるからさ、ユキノ達が耐えてる今のうちに行こ?」
サリナは素直なロイに調子が狂わされてしまった。
「サリナ、一気に畳み掛けるぞ」
「わかってる……さぁケラウノス、アタシにその力を見せて。──"
サリナはダークスノーウルフ戦以降、魔力を多く消費することで、隕石の槍から元の"魔槍ケラウノス"に一時的に戻すことが出来るようになっていた。
──「じゃあ、行くぞ!」
ユキノ達が前線で撃ち合いをしてる中、ロイとサリナは背後から急襲を仕掛けた。
騎士学校を卒業しているウォーレンはガナルキンとは違い、僅かな空気の流れに違和感を感じてすぐに回避行動を取った。
その結果、絶好のタイミングで放たれた一太刀を避けられる事となった。
「サリナ! こいつらは誤射を恐れて下手に攻撃はできない!」
「わかってる! アタシは周りをやるからアンタはソイツを仕留めなさい!」
ロイは時間を置かずに"シャドープリンズン"で拘束攻撃を行う。地面から生える無数の影の帯がウォーレンを捕らえようと追い掛ける。
「私を舐めないで頂きたい!"サーペントエッジ"!!」
蛇のような変則的な多段斬撃が的確に影を切り裂いていく。
「ならこれはどうだ!"フェイクスローイング"」
短剣を2本同時に重ねて投げるロイ考案の技術。ウォーレンは放たれた短剣を打ち払うが、短剣の裏には短剣が追従しており、それがウォーレンの利き腕を深く貫いた。
「──グァッ! まだだ、私には左腕がある!」
「もう止めとけ、今降参すれば腕は助かる」
「こんなところで敗北すれば、リディア殿に顔向けできんのだ!」
ウォーレンは必死に剣を振るうが、その全てがロイによって捌かれる。周辺の騎士は超高速で動き回るサリナに押されて救援に駆け付けることができない。
「もう終わりだ。諦め──ろッ!」
上段斬りを紙一重で避けてウォーレンの腹に肘鉄を食らわせる。そして間髪入れずにウォーレンの腕を持って巴投げへと転じる。
「──俺の勝ちだな。さぁ、全部話してもらうぞ?」
ロイはフラガラッハの短剣を引き抜いて立ち上がる。傍らにはウォーレンの家宝が輝きを失って雪に埋もれている。
それは"
☆☆☆
※ケラウノスの特性は"紫電"です。隕石の槍からケラウノスに回帰させるスキルが"纏雷"となります。
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