第72話 裏切り者と勇者
一方、ハルトは国境を越えて帝国入りを果たしたが、帝国領の南東にある森で二人組の男女と戦っていた。
何故そのような事態に陥ったかというと、森に入って少し進んだところで殺害現場に
犯人は現場に戻ってくると言うが、死体のドックタグを確認している最中に戻ってくるという、なんともアンラッキーなタイミングだった。
ドックタグに反射した背後の騎士を目にしたハルトは、すぐに交戦を始めた。
片方は騎士、片方はギルド職員の装備をしている。服装と行動が矛盾していることから、この二人が何かしらの悪事を働いてることは明白であった。
「見られたからにはあなたを生かしておく訳にはいかない。大人しく死んでくれ!」
ハルトは自身に向けられた凶刃を
カイロとの修行で付け焼き刃ではあるが、戦いの定石くらいは身に付けた。
打ち合いの最中、騎士が突如バックステップで後退を始めた。ギルド職員の女はこちらに両手を向けていて、その手掌からは紫色の魔方陣が展開されている。
魔術が完成し、これからそれが自身に向けて放たれる瞬間だった。そして、敵がハルトを屠る
「"ダークブレッシング"ッ!!」
それに対し、ハルトは片手を上げて防御スキルを使用する。
「──"ライトパッセンジャー"」
ハルトを中心に光の壁が展開して、迫り来る闇の奔流から身を守った。
「ダート! 今よ!」
「わかった! "ダーク・アンリーシュ"!!」
騎士の全身が黒い何かに覆われた次の瞬間、それは視界から消えた。
「──ここですよ」
──ザシュ。
「──ッ!」
ハルトは背中から斬られて膝を着いた。痛む身体に鞭打ってすぐに物理防御に特化したスキルを発動した。
「"センチネル"」
ガンッ!
騎士の攻撃をかろうじて防いだハルトは、そのままレーヴァテインを突き立てて魔力を解放する。
剣からは黒いオーラが溢れて赤い稲妻が時折その姿を見せ始めた。
ダートと呼ばれた騎士は魔力解放の衝撃でギルド職員の隣まで吹き飛ばされた。そして雪を払いながら立ち上がり、ハルトへ向けて笑みを浮かべ始めた。
「ふっ、そうか……どこかで見た男だと思いましたが、まさか勇者がここにいるとは驚きです」
「勇者って王国が不正召喚した、あの!?」
「ああ、王国のグレンツァート砦で戦った勇者だ。──となれば話しは早い、私達と手を組まないか? あなたはロイという男が憎い筈だろ?」
無表情を貫いていたハルトはロイの名前に少し反応したが、その申し出に答えないままギルド職員へ視線を向けた。
「ドックタグには"フレド"という名前が彫られていた……殺したのは何故だ?」
「彼は私の計画に勘づいて、ロイに情報を流したみたいだから殺しました。おかげで領地汚染が失敗したけどね」
ハルトは騎士とギルド職員を無視して歩きだした。そして少し離れたところで神聖魔術"シャイニングランス"を使って穴を掘った。
「ちょっと、あなた何してるの!?」
「埋めるに決まってるだろ」
無視された騎士はハルトの態度に激昂し、その肩を掴んだ。
しかし、ハルトの体から放出された黒いオーラによりダートの手は火傷を負ってしまった。
「悪いが、仲間になることは出来ない。僕が人に言えたことじゃないが、同僚を殺して平然としてるそこの女が信用できないからだ」
フレドを埋葬し終えたハルトは立ち上がり、ダートへ剣を突き付けた。
「交渉決裂だ。僕の目の前から消えてくれ──」
その言葉にギルド職員は魔方陣を展開、そして魔力チャージを開始する。ダートと呼ばれた騎士も先程見せたスキルで自身を強化した。
「"ダーク・アンリーシュ"!! 私の闇があなたの闇に劣ると思うな!」
再び超強化されたダートは踵を返すハルトへ急接近する。
カイロさんにこれを教えてもらってなかったら、僕はここで終わってたな。
ハルトは振り向き様にダートへ剣を振るう。
それはカイロが見せたレーヴァテイン本来の使い方、闇を剣に
世界の吹き溜まりから採取されたそれは、ダート達の扱う闇のさらに根源であり、邪魔する者を無慈悲に屠る"闇の包容"と呼ばれる物であった。
放たれた黒い濁流は、直線上にいた二人を飲み込んだあと、森を100mほど消し飛ばした。
本来なら死体も残らず消滅するのだが、二人はかろうじて生きていた。ダートは長剣を地面に刺してそれを杖代わりに気絶している。
ダートの足元を見ると、扇状に抉られていない地面が残っている。恐らくはハルトと同じ魔術防御に特化したスキルを使用したのだろう。
後方のギルド職員はボロボロになりながらもハルトを睨み付けている。
「僕もこの間はそちら側にいたから気持ちはわかるよ。でも力量を見誤った君達が悪い」
ハルトが立ち去ろうと踵を返した時、啜り泣くような声が聞こえ始めた。
「どうしてよっ! なんで上手くいかないのよ! 仕返ししたっていいじゃないっ! 平和に暮らしてたのに……全部この石のせいよっ!!」
彼女はそう言って黒い石の嵌まったステッキを無造作に地面に叩き付けていた。
キィィィィンッ!
投げられたステッキとレーヴァテインが共鳴するような音を鳴らし始めた。。
「これは一体?」
「ダークマター……アルスの塔でこれを増やして、武装蜂起の手土産にするつもりだったのよ」
ハルトはギルド職員の口から"アルスの塔"という言葉が出て来て驚いた。
「君達、もしかしてアルスの塔に行く予定なのか?」
「え? ええ……そうだけど……」
「急で悪いが、仲間に入れてくれないか?」
ギルド職員の女は急な申し出に顔を真っ赤にして怒鳴った。
「はぁっ!? 最初の段階ならまだしも、ここまでしておいて何を言ってるのかしら?」
「逆にここまでやれる僕を仲間にしておけば、色々と楽になると思うけど?」
「もう遅いわよ……そろそろこの辺りを警備してる騎士が駆け付ける頃合いだろうし、ボロボロのダートを連れて逃げ切れるとは思えないわ」
「わかった、逃げ切れたら仲間にしてくれるんだね?」
「そんな事、出来るわけがない」
ハルトはダートを軽々担いでギルド職員の女に手を差し出す。女はハルトの膂力に驚き、もしかしたらという希望を抱いた。
そして女は恐る恐るその手を取る。
「僕はハルト、少しの間だろうけどよろしく」
「私はリディア・キングストン──取り敢えず、よろしく」
ハルトはリディアの手を取ったあと、闇の魔力を使って雪原を駆けていった。
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