第65話 ユキノ、おこ。

 ロイが自室で寝ようとドアを開けると、ユキノがすでにベッドで寝ていた。

 朝食とかで顔を会わせたりはするけど、一緒に寝るのは3日ぶりか。


 起こさないようにゆっくりと毛布の中に滑り込む。


 寝間着は白のタンクトップに短パンという無防備過ぎる服装。タンクトップはサイズが合ってないのか、かなりパツンパツンで上に伸びてヘソが見えている。しかも、短パンは少しだけズレてピンク色の下着が見えてしまっていた。


 ロイはユキノに背を向けて目を閉じた。


 整った顔に女性特有な吐息と匂い、その上胸まで視界に入ればロイとて反応しそうになるからだ。


 そして意識が徐々に落ちようとしたその時──。


「ん……あれ? ロイさん?」


 ユキノの目が覚めてしまった。


「わりぃ、起こしたか?」


「うん、夢にロイさんが急に出てきてから、びっくりしちゃって……」


「夢?」


「原因はわからないですけど、匂いがしたからかも」


 確かに、ずっと寝ていたベッドではないので、より長くいたユキノの匂いが染み付いている。

 このベッドでは俺が異物みたいな物なんだろう。


「ねえ、ロイさん。私が言ったこと、覚えてますか?」


 いつもは柔く温かい雰囲気を漂わせるユキノが、今は少しだけ冷たく感じた。


「な、なんか約束したっけか?」


「ロイさん、私、お説教します! そう言いましたよ?」


 それはケルベロス戦終盤、アンジュ達が自動車で突っ込んだあとのこと。確かにユキノはロイにそう言っていた。


 まさか、俺が負けかけたから怒っているのだろうか? それをユキノに伝えると彼女は首を横に振った。


「そんなことじゃ私は怒りません。ロイさん、黒犬ケルベロスさんから攻撃されそうになったとき、諦めましたよね?」


 戦闘では十分に有り得ること、そしてあのブレス攻撃をくらえば瀕死の大怪我を負っていたことは間違いないだろう。


 ロイはそう考えてダメージを最小限にする方法をあの時、必死に考えていた。


「いや、あの時……俺に注意が向いてなければユキノ達が──」


 ムギュ!


 突如として、ロイの体は柔らかいものに包まれた。


「ロイさんらしくない戦いはしないで……お願いします。とっても、とっても心配したんですから!」


「だが戦いである以上は──」


「あなたの戦いは十全な準備、そして仲間が誰も欠けない戦い方をしています。でも、その中にあなたが居ないのはダメなんです! あなたも居てこそのパーティじゃないですか……お願いですから、私を置いていかないで……」


 ロイはそれ以上言葉を紡げなかった。誰かが攻撃を受けるとしたら自分が──そう思っていたかもしれない。

 自分だけはどんな損害を被っていいと……そんな考え、確かにダメだな。それでユキノを泣かしたらハルト以下だ……。


 背後ですすり泣くユキノ……ロイは腰に巻き付いた手をほどき、向かい合って彼女の体を抱き締めた。


「……悪かった。気を付ける」


 ロイの腕の中で泣くユキノは、服がどんなに乱れようとも構わずにより一層抱き締めた。


 だが、いきなりロイの腕の力が抜けたことにユキノは気付いた。


「すぅ……すぅ……」


「あれ? ロイさん寝ちゃいました!?」


 ユキノはロイの頭を抱き抱えてそっと撫で始めた。


「もぅ、これから言おうと思ったのに……。ふふ、ロイさん、生きてくれてありがとうございます。


あなたがいなかったら、変わり行く仲間に堪えられずに、きっと自殺していたかもしれません。私、辛いこと多かったけど、あなたの側で冒険するのが楽しいんです。ちょっとだけ帰りたくないって思いましたよ……」


 ユキノは溢れ出る自身の涙を拭い、ロイの額にそっとキスをした。最初は確かに怒っていたユキノだが、ロイが反省した辺りから自身の気持ちを伝えようとしていた。


 疲れていたロイが寝てしまうことで結果的に失敗したが、ユキノは次の機会に期待して不屈の精神をたぎらせていた。

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