第62話 黒のスノーウルフ
アンジュは愛剣セレスティアルブレードを抜剣して黒いスノーウルフの前に立ちはだかる。金の髪、金の長剣にサリナ達は見惚れてしまった。近衛騎士が熱狂的に慕う理由も、その性格も相まって納得できるものだった。
セレスティアルブレード、Aランクの秘宝。黄金の長剣でありながら、その特長は”魔術を設置”するというものだった。王宮でハルトと手合わせをしたとき、アンジュの足元から土属性の魔術が予備動作無しで発動された理由だった。
「じゃあ行くね!」
アンジュは攻撃が来てもいないのに黒いスノーウルフの周囲を走り出す。黒いスノーウルフはアンジュへ鋭い爪を振り下ろすが、避けられてしまう。
ある程度の攻防の後、再び距離を取って双方向き合った。
「グルルルルルル……」
黒いスノーウルフと対峙し、どちらも攻撃の機会を窺っている。そんな中、唐突にアンジュが指を鳴らす。
パチンッ!
音と共に黒いスノーウルフの周囲に橙色の小さな魔方陣が円の様に展開され、無数の”ストーンランス”が中心にいる黒いスノーウルフに殺到し始めた。
魔力が持つ限り、アンジュが歩いた場所には小型の魔方陣が設置され、任意のタイミングで初級魔術を発動することができる。
「グギャァッ──!」
「”ロックフラワー”!なんちゃって」
土煙が舞い上がる。が、すぐに土煙の中から黒いスノーウルフが飛び出してきた。そしてそのままアンジュへ飛びかかる。
「ガルルルルッ!!!」
ガンッ!
「──っと、危なかったぁ」
なんとか剣で防いでバックステップで距離を取ったアンジュ、その横でサリナが槍を構えていた。
「油断しないでよね」
「ごめんごめん、あれで倒せたらいいなって思ったけど、無理だった。そっちはそろそろ?」
「あたしはもう行ける。マナブがまだみたいだけど、あんたが仕掛ける次の1合には間に合うはず」
「そっか、じゃあタンク頑張るね!」
そう言ってアンジュは再度前へ出る。魔物とはいえ獣と習性は似ている。背後で大技の準備をする二人に目もくれず、目先のアンジュに敵意が向けられる。
「じゃあワンちゃん、私ともう少し遊んでよ」
アンジュはスキル”ファントムソード”で防戦を始めた。緩急つけた動きと魔力の粒子で一瞬だけ残像を作り出す剣士のスキル。剣士系ジョブなら大体覚えるスキルなのでアンジュも当然習得済みだ。
爪を避け、スライディングの要領で滑り込みつつ魔方陣を設置し、通過後に発動する。背後で肉がストーンランスに貫かれる音が聞こえたが、そのまま立ち上がり、ステップで距離を取った。
黒いスノーウルフは唸り声をあげつつアンジュへ向き直る。腹から血を流しつつも泰然とした足取りにアンジュは肩を落とした。だが、戦いの中でアンジュはあることに気づいた。
「傷の表面にまとわりついてる黒いオーラみたいなの……へえ、微妙に傷を治してるんだね。血煙になるまで切り刻もうかと思ったけど、その前に私の魔力が尽きそうだ」
動けるまで癒えた黒いスノーウルフはアンジュへ爪を振り下ろし、続けて体当たりのコンビネーションで攻めてきた。ファントムソードで難なく避けながらチラリと仲間へ視線を向ける。
──状況は思いの外、悪かった。
慣れない積雪地帯での戦いで、時間と共に押され始めているのだ。
さっさとこれを倒さないとマズイかも……。
マナブの魔方陣はすでに魔力に満ちていつでも放てる状態、サリナも同様に槍を構えて腰を落としている。
後はもう一度この動きを封じればこちらの勝利──。
アンジュはファントムソードで回避タンクに徹し、黒いスノーウルフの隙を窺う。
だが、完璧に避けても爪の周囲を渦巻く黒いオーラが刃となって少しずつアンジュに傷を負わせていた。
そこでアンジュは賭けに出た。ファントムソードを解除して魔方陣を設置、そして素の状態で黒いスノーウルフの大振りを避けて、すぐに魔術を発動させる。
"ストーンランス"が黒いスノーウルフの顎を貫かんと下から突き上げる。だが、骨を貫通することはできず、頭部を大きく浮き上がらせるに留まった。
「今の私じゃちょっと辛いけど……”テンペストブレード”!」
アンジュは速度特化のスキルで4本の足すべての腱を斬り裂いた。黒いスノーウルフも堪らずに大きく吠えている。
「今よっ!」
アンジュの合図にサリナが突進した。黒さを失い、銀の槍と化した元遺物級武器、サリナはそれにありったけの魔力を注ぎ込んでいる。穂先は帯電し、サリナは雷の魔素によって”速度”が付与されており、通常より遥かに速く動いている。
「”ライトニングストライク”!!」
サリナの雷を伴った渾身の刺突が頭部に直撃し、吹き飛んだ。肉片は全て焦げ、首の部分も焼け爛れているため、再生も難しいレベル。サリナをアンジュがキャッチし、無事着地したのを確認したマナブは、魔術を発動する。
「”ロックレイン”!」
初級とは比べ物にならない程の岩が黒いスノーウルフの上に出現した。そして数を増したそれらは次々と降り注いだ。
土煙の中で何かが潰れる音や、何かが砕ける音が聞こえてくる。
──次第に土煙が霧散し始めた。
役目を終えた岩は砂となって消え、黒いスノーウルフが露になった。体の至るところに穴が空き、頭部は完全に吹き飛んで首のところは焼き潰されている。
アンジュ一同はそれを見てペタンと座り込んだ。他の仲間も通常種のスノーウルフを倒し、魔石の回収を始めている。
「もう疲れた~」とアンジュが後ろ向きに倒れる。
「ちょっとアンジュさん! 見えますって!」と合流したマナブが慌て、アンジュはサッとスカートを押さえた。
「はぁ……はぁ……こんなのを毎回使ってたとか、どんだけ武器性能高いのよ……」ただの銀の槍をサリナは眺める。
名称は隕石の槍、見た目はちょっと高価な槍、そして元はケラウノスという闇の武器。ケラウノスの時は軽い気持ちで”ライトニングストライク”を使っていた。だけど完全浄化された今は属性なしの”エーテルストライク”をメインにしている。
ステータスが剥奪されたサリナは、なんとか元のスキルを使えないかと空き時間に練習していた。ソフィアの話しでは、この世界の人間にはステータスなんてない、だけど敵を倒したり練習したりして内部的には”経験値”を獲得しているのだという。
ただ単に遺物持ちは強さをステータスで表示し、そして経験値の獲得を早くしているだけ。もちろん、闇の武器に関しては穢れを浄化せずに直接経験値にしているので、汚染が発生してしまう。
そして今は少しビリビリする鋭い槍……と、思っていた。ロイと共に戦う内に、力を込めたり魔力を注ぐと雷が大きくなったりした。
だから今回、初の大技を使ってみた。
結果は成功、魔力の大半を注いでなんとかケラウノスの時に使ってたスキルを再現できた。サリナの心はとても満足感で満ちていた。
「なんかさ……努力して強くなるって、悪くないじゃん」
隣で一緒に座り込むアンジュとマナブはそれを聞いて微笑んだ。
そして、ちょうど黒いスノーウルフの魔石が回収された時、それは起きた。
「■■■■■!!」
声帯を失っているソレは空間を震わせながら立ち上がる。
「動き出したぞー!」
「なんでだ!? 魔石は回収したのに!」
アンジュのファン達はすぐにその場を離れた。そしてアンジュ達も立ち上がり、戦闘体勢に入った。
だが、アンジュはすぐにあることを察して制止する。
「待って! 核となる魔石が無い以上は生物として終わってるはず。ゆっくり近付いて調べなさい!」
アンジュの言うとおり黒いスノーウルフは死に体であり、魔石に代わる何かが無理矢理動かしているようだった。
黒いスノーウルフの動きが鈍いため、取り敢えず拘束魔術を何重にもかけて、その上で麻痺毒で行動力を奪った。
そして、ファンの中でも魔術に精通する者が"
「アンジュ様、原因は不明です。しかし、心臓の部分に解析できない箇所があります」
「わかった。その箇所をマーキングしておいて、あとは私が刻むから」
「ハッ!」
ファンは離れ、アンジュはマーキングされた箇所を手早く切り開いた。
中を見ると、心臓部分に黒い玉のような物が埋まっており、それが黒く光る度に心臓がドクンと動いていた。
「これは一体……?」
剣で抉り取り、手に持つと黒い光が消え始めた。
──そして。
パキッ!
「──えっ!?」
次々とヒビが入って砂となって消えた。
「アンジュ様! 魔物の姿がっ!」
言われて視線を向けると、黒いスノーウルフだったものが白に戻り、大きさも他のスノーウルフと同じサイズに戻っていた。
☆☆☆
一同が唖然とする中、突如として森の中からもう1体の黒いスノーウルフが姿を見せた。
「……グルルルルッ!」
「みんな! 戦闘準備!」
サリナ、マナブ、そして他の面々が身構える。
「ワォーーーン!!」
「──な、何ッ!?」
新たに現れた黒いスノーウルフは一瞬だけ表面が紫に光り、踵を返して走り去ってしまった。
そして、斥候が得意なファンがアンジュの所へ走ってきた。
「報告します! あの魔物が走り去った方向は、エイデン様が視察に向かった鉱山と思われます!」
「くっ! マズイ……すぐにパルコのところに戻って自動車で追うよ!」
「ハッ!」
ばか正直に後を追えば他の魔物に絡まれるため、アンジュ達は1度引き返して迂回ルートで追うことにした。
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