第51話 グレンツァート砦 5

 私はお父様に褒められたくて剣をひたすらに振ってきた。貴族院で同級生を倒した時、頭を撫でて"よくやった"と言ってくれた時はとても嬉しかった。


 だがそれも、剣術の家庭教師を倒した辺りから変わり始めた。私を恐れ、遠ざけ、妹達だけを愛するようになった。


 それに気付くのが少し遅かった。


 気付いたときには王宮で孤立し、カイロ相手にストレス発散する日々が続いていた。そんなときに久々に声をかけられたかと思えば、いきなり婚約の話し……何だかんだで父様に必要とされたくてそれを受けた。


 隠してたつもりだったけど、どこからかあまり異世界勇者とうまくいってないことが父様の耳に入ったようで、勇者とデート気分で反逆者を一緒に討伐してこいと指示された。


 そして結局私は罠に嵌められた。勇者ハルトは地に伏し、撤退したはずの黒兜が壊滅寸前の王国騎士と敵をまとめて包囲している。


 居場所のない私だけど、1つだけこの理不尽に報いたものがある。その為に、私は最大級の反抗期を始めようと思った。


 ☆☆☆


 ソフィアとアルカンジュは壮絶な打ち合いを繰り広げていた。剣士は基本槍の間合いの内に入るのが厳しく、だが入ってしまえば剣士が有利……そのはずだったが、ソフィアは腰回りを軸に槍を回転させることでリーチを短くして応戦するためアルカンジュは攻め切れなかった。




 ロイはハルトと戦っている。ワタクシの役目はこの剣士を先へ通さないこと、倒す必要はなく、敵の指揮官が撤退を指示するまで粘ればこちらの勝ちだ。


 ただ黒兜が突如現れ、包囲した辺りからアルカンジュの攻勢が弛み始めた。彼女の支援目的で放たれた矢はなぜか的はずれであり、どちらかというとアルカンジュに当たるのではないかとソフィアは感じていた。


 石突きで剣を打ち、アルカンジュが浮いたところに穂先で斬りつける。アルカンジュは体を捻ってそれを避け、攻撃に転じようとしたところにまた矢が飛んできた。


 黒兜の部隊はニヤニヤしている。もうこれは確信犯だ……ソフィアは槍を地面に突き立ててアルカンジュに語りかける。


「戦士の戦いに、薄汚い思惑が介入しているように思うのだけれど、あなたはそれでいいのかしら?」


「新たな指揮官がもうすぐ撤退指示を出すから、それまでの辛抱よ」


 どうやら王国内で色々とあるらしい。ただ、守るべきもののために剣を振るうスタークと影の一族、そして騎士たち……彼らの戦いを侮辱する行いは到底容認できない。


「1ついいかしら?」


「何?」


「今からあなたに向けて魔力槍を撃つから左右どちらかに避けてくださいな」


「は?」


 アルカンジュはソフィアの攻撃予告に目を見開いて驚く。戦場で手を休めて語りかけ、さらには攻撃予告をするなんてありえないからだ。


 ソフィアは聖槍ロンギヌスの特性である魔力増幅オーバーロードで槍に魔力を集中し、そして放つ。


 ──光槍ハスタ・ブリッツェン


 アルカンジュは直前で右に避けた。光の槍は背後の壁を貫き、勢いは衰えることなくそのまま突き抜けていった。


「ぬうッ!?」そんな声が聞こえ、アルカンジュが背後を振り返るとちょうど射線上にあのハウゲンがいた。


 ハウゲンはカイロから受け継いだ黒い手斧で必死に光の槍を受け止めるが、何分なにぶん、砦の壁の上で高みの見物をしていたため足場が悪く、中々踏ん張れないでいた。

 すぐさま部隊全員で防御魔術を駆使したが、7枚の魔術防壁は一瞬だけ押し返したものの、次々と割れ始めている。


「即席とはいえ、儀式魔術を貫通しうる、だとっ!?ぐぬううううううううっ!!!」


 それを見た王国指揮官は高らかに撤退指示を出した。


「ハウゲン様が撤退の時間稼ぎのために頑張っておられる!今のうちに全員撤退しろ!」


 騎士は正直バカじゃない、反逆者という名の冤罪であることは何となくわかっていた。これまでも本当にそうか?と思うような国家の敵を何度も相手にしてきた……だけど、上がそうだと断じる以上は従わないといけない。


 もうみんなウンザリだったのだ。


 息のある者を連れて騎士たちは撤退していく、それを見たハウゲンは叫ぶ。


「待て!戦わんか!──くっ!防壁が持たん!」


 ──そして爆発した


「アルカンジュ、あんたも行かないの?」


「う~ん、やることあるからついて行ってもいい?」


「ワタクシが決めることじゃないわ」


「私を仲間にしてくれれば近衛騎士がもれなくついちゃうぞ?」


「は?あんた今一人じゃ──ッ!?」


 ──ガヒンッ!


 ソフィアの会話を遮るように黒い物体が飛んできた。それはかつてアグニの塔最深部で見たものだった。


 ☆☆☆


 ハルトを奪われたロイはすぐさまソフィアの援護に向かった。急に騎士が退き始めたと思ったら何かが爆発するような音が聞こえてきた。


 土煙が舞い上がりソフィアの位置が掴めない、そう思っていると煙を掻き分ける何かが見えた。その独特な飛来音は忘れもしない、俺がアグニの塔で敗北した時に聞いた武器の音だ。


 音のする方向に突き進むとソフィアらしき銀髪とアルカンジュらしき金髪が見えた。


 おかしい、勝負がついたのか?二人とも戦ってないなんて……むしろ何か会話してるような。いや、そんなことよりもアレを叩き落とすのが先決だ!


 ヒュルルルルルル……ガンッ!


 煙の僅かな動きに反応して黒き手斧を叩き落とした。心なしか、アグニの塔で対峙したときよりも軽く感じたな。カイロ……手を抜いてるのか?


 ロイはソフィアの隣に降り立ち、その安否を確認した。


「大丈夫か?」


「ふふ、来てくれたのね、ロイ。助かったわ」


「いや、その顔は飛んできているのに気付いてた顔だな」


「まぁね!使い手がカイロじゃないし、そこまで驚異じゃないわよ」


 そして煙が消え去り、現状が明らかとなった。砦の壁は半壊しており、その上にボロボロになった黒衣の集団が立っていた。


「聖剣使いも合流しましたか……さすがの私でも不利のようですな」


「第4部隊隊長、ハウゲン……アンタの事は俺たち影の一族はよく知っている」


「そうですな、我らは同業者でしたな」


 影の一族はオーパーツの保護とは別に暗殺任務も兼任していた。だがあくまで副業であり、数が多い時は到底手が回らず、その際は黒兜の第4部隊が引き受けていた。


「で、アンタが戦場に出るなんて暗殺しなきゃいけない身内でもいるのか?」


「ええ、ちょうどあなたの横にいるじゃありませんか」


 ロイは驚愕する……ソフィアはこちら側の人間。他にいるのは──アルカンジュだけだからだ。いくら国王でもそこまで狂ってはいないはずだ、しかもアルカンジュは長女であり勇者の婚約者……王国の希望同士の婚約を壊すような真似をするはずがない。


 しかし、当のアルカンジュは目を伏せて唇を噛み締めている。まるで何かを知っているかのように。


「アンタ……狙われてるのか?何故?」


 王とは不仲であること、討伐部隊にハウゲンが従軍してる辺りから、薄々変だと思っていたこと。それらをアルカンジュは簡潔に説明した。


「だったら!王国に戻って無事であることと、カイロに嵌められたことを言えばいいじゃないか!」


「そうだね、今回の件、多分勉強目的でお父様は従軍させたのだと思う。でもね、お父様はとても臆病なの……嘘でも私が消えることを納得すると思うわ」


 それを聞いたハウゲンは大きく笑いながら言った。


「くっくくく、よくご存じだ。今ごろ、王宮であなたの死亡が報告されてるはずですぞ?」


「────か?」


「ん?何か言ったかな?」


「そんなに面白いかって聞いてんだ!生きてる親に見捨てられるやつ見て、そんなに楽しいか!?」


「ひっ!う、撃ち落とせ!!」


 ロイは疾走し、それを黒兜の魔術師が石弾で迎え撃つ。


「いい加減うんざりなんだよ!お前らのそういう他人の痛みを理解できない考えがな!」


 魔術師の一人に”シャドーウィップ”を巻き付けてハウゲンと同じ高さの壁に飛び移った。


「普通に治安を守ってればいいだろ?それが民の為の騎士だろうが!」


 魔術師を”シャドープリズン”で拘束し、持ち上げ、石弾から身を守る盾にしながら突き進む。いかに暗殺部隊と言えど、仲間を盾にされたら若干怯むようだ。


「どうせ権力のためとかだろ?んなクソみてえな理由で、平穏に暮らしてる人間の生活を脅かしてんじゃねえよ!」


 敵の仲間をモーニングスターのように振り回して次々と敵を壁の下へ叩き落とす。チラリとソフィアへ視線を向けるとソフィアが頷き、光槍ハスタ・ブリッツェンの準備を始めていた。


「お姫様を見てみろ!アンタの半分ぐらいしか生きてないんだぞ?人生の大先輩であるアンタら大人が、正しい姿見せねえでどうすんだよ!」


 ロイは装備していたモーニングスター(敵)をハウゲンに投げつけた。ハウゲンは持っていた手斧でソイツを両断した。この程度のクズさ、すでに理解しているロイは動じることなく投擲用短剣コレクションを3本投げ、時間差で聖剣グラムを投擲する。


「もう残ってるのはお前だけだ!」


「舐めるな小僧!”デッドリースピン”!」


 超高速回転で迫り来る手斧は短剣を全て弾き、聖剣も弾いてそのまま向かってくる。聖剣をすぐに手元に召喚してそれを弾くが、持ち主の元に戻らずロイを追尾し始めた。


 デッドリースピン、俺が死ぬまで回転し続けるつもりか……。


 ガンッ!……ガンッ!


 2度ほど弾いたが止まることなく追いかけてくる。なにか、攻略方法はないのか!?とそのとき、壁の下にいたアルカンジュが大声を上げた。


「影のアンタ!その武器は闇の武器”トマホーク”よ!投げてる間、本人は動けないわ!」


 なるほど、逆を言えば投擲後に動けば制御できなくなるってことだ。


「サンキュ!」


 タネがわかれば、あとは簡単だ!


 ロイは背後にトマホークが追尾してるのを確認してハウゲンへ距離を詰め始めた。そして全てが直線になったところで近くの石を拾い、シャドーウィップを投石器にようにして投げた。


「な、なに──ぐはぁ!」


 そのままロイはバク転して手斧を避け、投石によって制御を失ったトマホークは、直線上のハウゲンの体にめり込んだ。血飛沫が舞い、ハウゲンは口から血の泡を吐き出す。


 スタッ!とソフィアとアルカンジュもロイへ追い付いた。


「どんな気分だ?」


「はぁ……はぁ……げほっ!……戦いに負けたが……私の、勝ちだ」


 アルカンジュが口を挟んだ。


「ロイとか言ってたよね。ハウゲンはあなた達が脱出に使う正門前に、予備の騎士を向かわせてるはずよ。コイツはそういうやつなの」


「それはマズイ!正門の方にはすぐに帝国へ逃げれるようにユキノ達が待機してるんだ!」


「くっくくく……げほっ!ご明察、黒兜の増援を……正門に向かわせている……今ごろ、正門は突破されてるはずだ……」


「なに!?すぐに俺たちも向かうぞ!」


「ふっはははは……今さらいっても遅い……」


「やってみなくちゃ、わからないだろ!?」


 ロイがその言葉を発したとき、アルカンジュは口に手を当てて驚いていた。そしてハッ!と何かを思い出したのかアルカンジュは語り始めた。


「安心していいよ、せめて一矢報いたくてね。戦いが始まる前に私の近衛騎士を全員正門に向かわせてたの、ソフィアだっけ?言ったでしょ、私を仲間に入れたら近衛騎士もついちゃうぞって」


「アルカンジュ……良いのか?ここまでしたらアンタは──」


「今の私はもう王族じゃないよ。王都に戻っても偽物として処理されそうなんだよね。う~ん、そうだ、これからは──アンジュって呼んでほしいな」


 この日、アルカンジュは地位を捨ててアンジュとなり、その配下もスタークへ吸収されることとなった。

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