第50話 グレンツァート砦 4

 ハルトとロイは剣を打ち合っていた。己の信念をぶつけるかのように……。


「お前はなんでサリナの言葉を聞かない?」


「サリナは僕の事をいつも肯定してくれた……この世界に来る前から、ね! "神聖魔術・光の牢獄ルミナスプリズン"」


 ロイはその魔術を一度見ているため、バックステップではなく、ハルトの横を抜けるようにして避け、腕を狙って”シャドーエッジ”を放つ。


 ”マイティ・ガード”


 ハルトの防御スキルによってそれは阻まれ、再び打ち合いが始まった。


「それは単純に戦いの無い世界だったからだろ?このまま王国にいたらお前は利用されるだけされて、下手すれば命を落とすかもしれないんだぞ?」


「そうかもしれない、だけどそれは僕が王になれば問題ないことだ!」


 互角に見えるかもしれない剣と剣の応酬、しかし、打ち合う度にロイはザザッと体ごと押されていた。それは単純にハルトよりも遺物を手にするのが遅かったため、強化値に差が出てしまったからだ。


 レベルと強化値、ジャンルの違う強さの指標だが、手にした時期の違いにより戦闘結果という形であらわれてしまった。


 このままじゃじり貧だ……ハルトの穢れを浄化して話ができるくらいにしなくちゃ、今のコイツじゃ会話もまともにできん!


 ロイは鍔迫り合いの状態から”シャドープリズン”を発動し、ハルトを拘束した。


「──っ!?何を!」


「ちょっと待ってろ!お前を今、浄化してやるから──」


 ロイはそう言ってハルトの左胸を右手で触れてみるが、ほんのすこしだけジュッと浄化されただけで全く手応えがなかった。


「ああ、君は僕が穢れで判断を見誤ってると、そう思っているのか。だが残念だ……カイロさんのおかげですでに浄化済みだ、よッ!」


 ハルトは手元でレーヴァテインを一回転させて地面に突き立て、魔力を流して周囲に光の奔流を生み出した。


「──くッ!」


 影は吹き飛び、そしてロイは壁に叩きつけられてしまった。


「……つまり、素でそれってことか」


「まるで僕が狂ってるかのような言い方だね。僕が王になって、サリナもユキノも治してみせる……至極まともだと思うけど?」


「ハルト、ユキノたちは狂ってない!いい加減目を覚ませ!」


 目の前の勇者は光を漆黒の長剣に纏わせて攻撃態勢に移った。


「君が──君が彼女たちを僕から奪ったんだっ!きっと、媚薬なり洗脳なりされてるに違いないんだッ!!!」


 上段からの斬撃、ロイも”シャドーエッジ”でそれに対抗するが、力負けしてるので更に後ろへ吹き飛んだ。


「──ッ!」


 壁に当たる寸前で剣を地面に刺して激突は免れた。ハルトは幽鬼のようにゆらゆらと歩いてくる。


「ハルト、お前が捨てたんだ!知ってるか?失ったものは戻ってこない!」


 ロイはなおも正面から向き合った。力で負けてるロイは剣の角度を変え、稚拙なハルトの剣を流し、すぐにハルトの腕を持ってそのまま背負い投げへと転じた。


 ハルトは受け身を取れず、ザァーッと砂埃をあげながら擦れていった。


「失ったものは戻ってこない、お前が殺した俺の両親もだ。だけど人間は前に進むことができるんだ……サリナが、ユキノが、お前も救われることを想ってる」


 ハルトは立ち上がり手を前にかざす。


「うるさい……うるさいうるさいうるさいッ! ”神聖魔術・シャイニングランス”!!」


 それは、ロイにとって見るのは2度目だった……あの遺跡で受けた、この旅の始まりとなった魔術だった。あのときはそれを腹にくらって壁に縫い付けられた。だが、今の俺には……聖剣グラムがある。


聖剣グラム──射出!」


 飛んできた光の槍とロイの手から射出された白銀の長剣がぶつかり合う。パンッ!と弾けるような音がして、衝撃と光の爆発で目が眩んだ。


「──うっ!」そんな声がロイの耳に入った。視界が回復すると、ハルトは砦の壁に聖剣ごと縫い付けられていた。


「覚えてるか?俺とお前が会った日に、俺はそんな状態で悔しい思いをしたんだ。せめて、お前らの誰かを道連れにしようとしたのが始まりだったな」


 そこまで言われてようやくハルトは思い出す。あの日、オーパーツが安置されていた神の間で、果敢に挑んできた取るに足らないただの少年。


 あの時は小さく見えた、そも眼中にすらなかった存在が、歴然たる敵として立ちはだかっている。


 ハルトの脳裏に”因果応報”という言葉が思い浮かんだ。そしてフッと笑みを溢し、項垂れ──言った。


「もういいよ、殺せよ」


 ロイは聖剣を手元に召喚し、ハルトは倒れる。


 ハルトを仰向けにしたロイは、ハルトの傷口に自身が持つ最高品質エクス級のポーションを使った。刺さって間もないのでなんとかポーションで命は助かる……強制的に傷が塞がる痛みでハルトは気を失った。


 手のかかる王子さまを連れて帰ろうと縄を取り出した時、ユキノの声が聞こえてきた。


「ロイさん、避けて!!」


 頭上に複数の影を確認したロイはすぐさまバックステップでそれらを回避した。今まで立っていたところに、石の柱が次々と落ちてきてロイとハルトを隔てるようにそれらは立ち並んだ。


「チッ!一体どこから……」


 ロイは魔術が飛んできた方向を見ると、砦の防壁の上にずらーっと並んだ黒衣の集団がいた。そしてパチパチと拍手をしながらその男は現れた。


「カイロ様の杞憂がまさか当たるとは……世の中不思議なことも起きるもんですなぁ」


 現れたのは、カイロ直轄の特務騎士団”黒兜”……その第4部隊・隊長ハウゲンその人だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る