第45話 ロイ運搬疑惑

 ロイはベッドに、ソフィアはすぐ側にある椅子に腰かけていた。


「なぁ、結局スイッチはどこにあったんだ?」


 ロイはあの温泉での出来事について聞いてみた。


「そうね、あなたもワタクシ達も大岩の頂上にあると考えていたみたいだけど、結局湯船に浮かんでたおけの中にあったわ」


「よく見つけたな」


「サリナが頂上に立った時に上から見えたのよ」


「……そっか」


 そしてロイは疑問に感じた部分がある。それは誰がロイを運んだのか?というところだ。あの場にいた人間の性別は女だけだ。──だとすればッ!


 ロイは恥辱のあまり少しだけ顔が赤くなった。


「お、おい……その、誰が俺を運んだ?」


「え、えーっと、その……サリナよ。着替えはマナブがしてそこからはパルコがここまで運んだけどね」


「……はぁ、そうか。騒がせたな、わりぃ。……ん?そう言えば、なんで暗闇なのにあの位置から桶が見えたんだ?」


「ユキノが緊急事態と思って"アイテムボックス"からランタンを取り出したのよ。あ、ワタクシからも言いたいことがあるの、その……殴ってごめんなさいね」


 ソフィアが浴衣姿で謝罪と共に腰を折る。っとその時に谷間が見えたロイは喉を鳴らして顔を背ける。


「──ッ!?い、良いよ。俺が大半は悪かったし」


「ううん、それだけじゃないわ。あなたの──見ちゃったし」


「──忘れてくれ」


 ロイは目の前が真っ暗になり、ソフィアにそう告げるしかなかった。ソフィアも「うん」と答えながらも何かを思い出し、赤面する。


 互いに沈黙が続く中、部屋のドアがノックされる音でそれは破られた。


 コンッコンッ!


 ソフィア「どうぞ」と客人を迎え入れると、入ってきたのは宿のマスターだった。


「ソフィアさんあなたに客人です。外で待たせてますが、どうします?」


「ワタクシに?わかったわ、すぐに行きます」


「ソフィア、客人って大丈夫なのか?」


「大丈夫、背後は取らせない位置取りするし、正面から聖武器持ちを倒せる相手なんて早々いないわ」


 ソフィアは立て掛けてあった"ロンギヌス"を手に取って部屋を出ていった。


 ☆☆☆


 ソフィアが出ていったので、アタシはロイの部屋へと入った。


「サリナ、どうかしたのか?」


「体調はどうかなって思って来ただけ」


 この世界には近接系のジョブと遠隔系のジョブが存在して、ジョブに対応した補正がかかる。


 ベッドの上のロイは、聖騎士(槍系)であるソフィアのボディブローをもろに受けた。

 元々敵だったとは言え、私としても少しは心配になるほどだ。


 そんなロイは一族由来のエクストラジョブである"影魔術師"だ。遠隔でも近接でもあるため補正は中途半端だが、工夫次第でいろんな運用が可能なジョブである。


 最も、彼は基本的に接近戦を好むのでパーティの司令塔兼タンクとしての役割を担っている。


「ユキノはどうしてる?」


「ユキノは一階でマナブとカードゲームしてる。もうみんなご飯食べたからさ、これ持ってきたんだけど……食べる?」


 アタシはバスケットをロイに渡す。中にはコッペパンとバターが入っていて質素な物だが、すでに夕食の提供時間が過ぎているので仕方ない。


「買ってきてくれたのか、サンキュウな」


「──ッ!?べ、別にたまたま持ってただけよ!」


「そっか、たまたまか」


 お見通しと言わんばかりに少しだけ笑って彼はパンを頬張り始める。


 アタシはそんな彼を眺めながら過去を振り返る。



 ハルトに近づくためにユキノと仲良くなったり、穢れに汚染されて色々問題起こしたり、そして今はこのパーティにいる。


 アタシがパーティに溶け込めるように冗談言ったり、もうアタシが間違えないように厳しい事を言ったりと色々目をかけてくれてることに気付いたのは最近だった。


 ロイの印象は最初は最悪だった。何せ胸を揉まれたのだから、後になってユキノから浄化のためと聞かされたけどハルトに操を立てるアタシにとっては嫌悪感しかなかった。


 パレードの日に自棄を起こしたアタシをロイは追いかけてきた。あの時、お姫様抱っこされたことでアタシは羞恥心で誤魔化されて無謀な特攻を諦めてしまった。


 またハルトと邂逅する。アタシはその甘言に乗った。投げやりだったのもあるけど、当時のアタシは知り合いがいるところに少しだけ居場所が欲しかったのかもしれない。


 一緒に旅をするにつれてこのパーティにも愛着が沸いてきた。それに比例して最悪だったロイの印象も少しずつ良い印象へと変わっていった。


 戦闘において普段は慎重なロイが食べ物では好き嫌いがあり、そのギャップに少しだけ可愛いと思った。ハルトは何でも美味しそうに食べるけど好き嫌いがない。たまに料理しようとした時に「なんでもいい」と言われるけど、それが一番厄介だ。


 パーティの事を考えて資金をやりくりするロイは頑張り屋さんだ。そんなロイの様子を見て、アタシも自分に出来る事をと考えて保存の効く食べ物を作ったりした。 ハルトはと言うと、基本的に王国からもらったお金を散財していた。今思えば計画性が無かったなと思う。


 アタシが戦闘で失敗したとき、ロイは真剣に納得のいく理由で怒った。そしてその後、冗談を交えて気さくに話し掛けてきた。きっとハルトだったら、普通にアタシを許しただけだろう。


 たまにロイを起こしに行くといつもユキノと仲良さそうに寝ている。変なことをした臭いもしないから手を出したことなんて無いのだろう。ハルトがロイの立場だったらきっと手を出してる。


 常に作った笑顔のハルトと違ってロイはたまに少年のような無邪気な表情を見せるときがあって、ドキッとさせられることがある。


 高校2年のとき、困っていたアタシをハルトは助けてくれて……アタシは初恋を経験した。それからずっと好きでこの世界で結ばれた時はとても幸福だった。正直元の世界ではあの画像でも落とせないって思ってた。実際、穢れに汚染されてなければハルトは落ちなかったと思う。


 あ、やっぱ違うな。ハルトは精神的に弱いところがあるから時間の問題だったかも。


 そうやってようやく手にした幸せ、なのに何故かな?ロイとハルトを比較してしまう──むしろ今ではハルトの悪いところばかり浮かんで、あれほど嫌いだったロイの良いところばかり見付けてしまう。


 今でもハルトが好きだけど、前より少し弱くなってる気がする。そして気付く、変わりつつある自身の気持ちに──。


「はは、そっか……ロイの事、少しだけ良いなってアタシは思ってるんだ」


「あ?俺がなんだって?」


「なんでもない」


「そっか、ところでさ──俺をどうやって運んだ?」


 それを聞かれてアタシは返答に困る。あの時、ソフィアとロイは黒い塊となってバウンドしながらバシャン!と落ちた。もちろんアタシは見えてなくて、その瞬間の事はソフィアから聞いてわかったことなのだが、驚いたユキノがランタンを点けた時からならアタシは語れる。


「アンタが落ちてさ、ユキノがランタン点けたのは知ってる?」


「ああ……見られたんだろ?」


「うん、見た。アタシはハルトで見慣れてるけどさ、ソフィアとユキノは生娘だから、騒いで顔隠して動けなかったの。だからアタシが背負って連れ出した。マナブたちは先に出てたから、着替えは2人に任せたけどね」


「マジかよ……」


 ロイは項垂れて絶望に浸っている。ちなみにユキノは顔を隠してた手の指が若干開いてた。うん、なんだかんだであの娘はそこまで動揺してなかったな。


「ところでさ、大きいタオルとか持ってなかったよな?ってことは──」


「仕方ないじゃない!そうよ、生よッ!」


「うあああああッ!マジですまん!」


「もう済んだことだし、お互いに忘れればいいし」


 生で背負う分は別に良かった、問題は気絶してるのにロイが反応してたことだ。おかげでアレを腰に擦り付けられながら歩くことになった。完全に好きでもない男でも、そうされればアタシも少しだけ──ハッ!?いけない、いけない!忘れるんだ、アタシ!


「将来ユキノ達も苦労するかもね。ハルトよりかなり大きいし」


「なんでユキノ達なんだ!?てか忘れる気ねえだろ?」


「はぁ!?わ、忘れるしぃッ!」


 ドンッ!


 アタシとロイが言い争ってると誰かが扉を勢いよく開けた。現れたのはソフィアだった。


「ロイ!明日にはもうここを出るわよ!」


「どうしたんだよ?」


影の一族オンブラがいる国境付近の街に向けて、王国軍が向かってるそうですわ!」


 休息日として長めに滞在する予定だったロイ達はソフィアにもたらされた情報によってすぐにシミュート村を発つことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る