第37話 謝罪

 夜はさすがに魔物も活発化するので簡易キャンプではなく、最寄りの村で宿を取った。もちろん簡易キャンプで夜営も可能なのだが、より確実に安全を確保したいロイは村で宿に泊まるのを選ぶ派である。


 そして夜、夕食後自室に戻ろうとするとサリナに睨まれた。無視して2階への階段を2段ほど上がる。


「ちょっと!夜手伝って欲しいことがあるって言ったでしょ?」


「……あ」


「あ、じゃない!───いいから外のテラスに来て」


 ロイは外に連れ出される。ソフィアとユキノは一瞥しただけで、女同士の話しに夢中になっている。


 外に出て、サリナはポケットから銀色の何かを取り出した。


「俺を殺す気か!」


 ロイは聖剣を次元から取り出して戦闘態勢に移る。


「あんた何勘違いしてんの?これ、ハサミよ」


「……あ、もしかして、散髪?」


「ほら、これカットクロス、付けてよ」


「わかった」


 納得したロイは、椅子に座ったサリナの後ろからカットクロスをつけてあげる。濡れたタオルでサリナの指示通りに拭いてから髪を湿らせる。サリナの話しでは、霧吹きなるものがあれば最上らしいことを説明された。


「色の違うところで切り揃えて」


「いいのか?」


「どうせこの世界に髪染めないんでしょ?もうほとんど黒くなったし、見映え悪いからサッパリしたいの」


 サリナの指示通り髪を切る。その間、無言の世界が続く。同じ黒い髪とはいえユキノのような真っ黒な髪ではなく、若干茶色に近い色合いだった。


「なんか髪をまとめる物ない?」


 我ながら上手くできたと内心自賛していると、カットクロスを外したサリナがそう聞いてきた。背中までの長さだった髪は今や肩よりちょっと上ぐらいの長さになり、今までと少し印象が変わっていた。


 ”赤の節”に村で水浴びをする元気な女子……爽やかであり、凛とした印象に変わっていた。


「───ねえ!聞いてるの?」


「あ、わりいわりい。そんなものあったかな~」


 シャドーポケット内に手を突っ込むと、母親の形見である黒い髪紐が手に引っ掛かった。正直、悩む……いつかはハルトの元に戻るであろうサリナ。下手すれば俺達の敵になることも有り得るだろう。


 仕方がない、使われないということ事態が物にとっては不幸かもしれない。


「サリナ、これ使えよ」


「なんかこれ、ゴスロリ入ってない?まぁ可愛いからいいけど。なんで女物もってんの?」


「母さんの形見だ。だから大事にしてくれ」


「そ、そんなものもらえるわけない!動くのに邪魔になるから、もしあるならって事で聞いただけ。そう言うのはユキノにやりなよ」


「ユキノに?なんで?」


「……はぁ。もういいからソレしまって」


「一度手渡したものを突っ返すなよ。多分、似合うと思うぞ。健康的っていうんだろうな……動くなよ。───ほら、似合ってるじゃねえか。こいつも誰かに使われた方がいいんだよ」


 小さい頃に母はよくこの髪紐でポニーテールにしていた。当時は色んなことに興味を持つ年頃だったから、よくやり方を教えてもらって母の髪で練習したものだ。久しぶりではあったが、手早くサリナの髪型をポニーテールにすることができた。


「……わ、わかったから似合うとか不用意に言わないで!バカ!」


 サリナは宿へ走っていく、残されたロイは唖然としたあと、片付けを始める。宿の中からユキノの声が聞こえてきた。


『サリナ!髪切ったの?めっちゃ可愛い!』

『え?そ、そう?』


『ポニーテール似合ってるよ!それにこの髪紐、とってもかわいいよ!イメチェン成功だね』


 どうやらユキノが大絶賛しているようだ。しかし、そのあとソフィアが何かに気付いたのか髪紐について指摘する。


『サリナ、ワタクシ、それに見覚えがあるのだけれど?』

『え、え~っと……』

『ま、大事にしなさいな』


 そのあとすぐにユキノが話を変えて1階の酒場で女たちの話しは続いていく。ロイは片付けを終えたあと、宿に戻ってすぐに2階へと向かう。その間、一瞬サリナと目があった気がしたが、気にせず自室で寝る事にした。




 世界は”青の節”に入ったため早朝はまだ薄暗い。ロイが起きると一緒に寝ているユキノも起きてしまった。


「うぅ……おはようございます~。最近寒くなってきましたね。あ、ロイさん、浄化お願いします」


「了解、じゃ、いくぞ」


 ベッドの上でユキノとロイは座ったまま向き合い、ロイは手をユキノの心臓の位置に持っていく。最近はとても寒くなってきたので、アグニの塔の時のようにノースリーブを着ることはない。今はモコモコのパジャマを寝巻きにしている。


 ソフトタッチの要領で軽く触れると、ユキノは少しだけ息を吐いて正面を見つめる。目が合うと微笑みかけてくる。以前は浄化行為の度に過剰な反応をしていたが、今では慣れてしまったのか熱を帯びた吐息を吐くだけとなっていた。


「な、なに?」


「暖かいです。とっても、満たされます。あ、今の浄化でどのくらい強くなりました?」


「道中ゴブリン数体しか倒してないだろ?全く数字は増えてないよ」


「そうですか。あ、今日の朝食はこの宿で取るんですか?」


「クックック、そんなわけないだろ。俺たちはまだDなんだぜ?ハイゴブリンの時の報酬を切り崩してなんとかやりくりしてるんだ。いっとき各宿のモーニングサービスは受けれねえよ」


「ええ~~~、じゃ、じゃあランクCになったら毎日食べれる?」


「それでも2宿に1回くらいだな。第一に、DからCに上がるのがこれまたキツいんだ」


 その言葉にユキノが項垂れている。基本的にこの世界の宿は旅の幸先を祝って送り出す意味も込めて、モーニングサービスを実施している。もちろん慈善事業じゃないので宿の基本料金に+500Gほど払う必要がある。払うと、その村の特別な品を朝食に付けてくれるのだ。


 ロイ、ユキノ、ソフィア、サリナ、マナブ、パルコ……これだけの人間分払うとなると、6倍もかかってしまう。旅を始めてまさかここまで資金運用に頭を抱えるとは思わなかった。


 ユキノが項垂れていると、コンコンとドアがノックされた。入ってきたのはサリナだった。昨日あげた黒い髪紐でポニーテールにしている。


「ユキノに用か?じゃあ俺は───」


「待って!アンタにも用があるから、ここにいて」


「お、おう。了解した」


 ロイとユキノはベッドに腰かける。何を話すのかと注目していると、サリナが腰を曲げて謝ってきた。


「ユキノ、ハルトのこと、ごめんなさい!ロイ、ご両親と村の人たちのこと……ごめんなさい!」


 どういう心境の変化か、サリナは突然謝ってきた。今までふてぶてしく付いてきただけだったのに。


「穢れがあったときはもやみたいなのが頭の中にあって、ハルトにだけついて行けばいいか、なんて思ってた。こんなの言い訳だね、気づこうと思ったら気づけたと思う。私たちが渡された武器ってどう見ても黒いし、そんなのを聖なる武器って言われてなんの疑いもしなかった」


 サリナは目の端に涙が見える。一見なんの変化も感じられなかったサリナだが、解放されてハルトから離れて、色々見て回って考える余裕もできたのだろう。


「許される事じゃないけど、それでも、ごめんなさい!」


 サリナの真剣な言葉、ロイは真摯に応えるべきと考え、言葉を紡ぐ。


「お前の真剣さは伝わった。だけどお前はハルトに今も会いたいんだろ?」


「会いたい、だけど離れてわかったことがある。多分、あのままあの王国にいたら、ハルトは利用されるだけされて、切り捨てられると思うから。だから、助けたい」


「助けたとき、俺がハルトに復讐するかもしれんぞ?」


「できれば、止めてほしい。その時は戦うかも……しれない」


 ユキノが袖を掴んで心配そうにこちらを見ている。大丈夫だ、そう言い聞かせるように頭にトンと乗せてサリナに向き直る。


「今でも、あの時の惨状を夢に見ることがある。でも、その頻度は確実に減っている……俺は、仲間がいたから前を向いて歩けるようになったんだ。俺がハルトを殺して仲間が悲しむのなら、俺は報復しない。サリナ、安易に許すとは言わないけど、サリナが今の気持ちを忘れずにいてくれれば、俺もその姿勢を見ていつか許せるようになると思う」


 サリナの嗚咽が聞こえ始める。ユキノがサリナの頭を抱いて言った。


「私もハルトが取られて辛かったけど、ロイさんのおかげで立ち直ることができた。それに、ハルトのこと本当に好きだったか今では怪しいの。幼馴染みだから嬉しかった……だからそれが好きってことなのか考えもせずに告白を受けたかもしれないの。今は、その……私も新しく色々わかっちゃったから、全然気にしてないよ?」


 ハルトだけを見ていた彼女は、穢れから解放されて今までやってきたことがわかってきたのだろう。その後、サリナが泣き止むまで俺たちは待った。彼女は罪と向き合い、前を向いて歩こうとしている。


 サリナは最後に”ありがとう”といって下に降りていった。ソフィアやマナブはサリナの様子に疑問を抱いていたが、馬車に乗る頃にはいつも通り話し掛けていた。


 そして俺はいつも通りサリナにちょっかいかけて場を和ますのだ!

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