第26話 婚約

 ~レグゼリア王宮~


「……ここは?」


「よぉ、ハ・ル・ト君!」


 目が覚めたハルトはベッドから起き上がり、椅子に座る黒騎士カイロを視界に入れた。それと同時にアグニの塔最深部で起きたことを思い出す。


 ユキノ……生きていた。あのスマホの画像、やっぱり信じたくない……ユキノがあんな事するような娘じゃない。でも僕はサリナとも一緒にいたい、僕はどうすればいいんだ!?


 ハルトが頭を掻きむしっていると、黒騎士カイロが肩に手を置いてきた。特有の黒兜は外しており、その素顔は噂されてるような火傷もない端正な顔立ちだった。


「俺様はこう見えても推理ゲームが得意でな、あんたらの会話から色々推理してみたんだ。まず、あんたらがこっちの世界に来たとき、あんたの左腕にはピッタリとユキノちゃんが張り付いていた。ところが、アグニの塔で出会ったときはサリナちゃんが寄り添ってたよな?ってことはだ、死んだと思ったユキノちゃんを忘れるためにサリナちゃんとくっついたはいいが、実はユキノちゃんが生きていて困惑している……そんなところだろぉ?」


 スマホの画像等、細部が抜けているが大体あたっていた。


「でよぉ……お前さんにちょっと相談事があるんだが。もちろん!お互いにとってメリットがある話しだぜぇ?お前さんは二人を取り戻せて、俺様は自由になれる!……で、どうするんだ?」


「あなたに有利過ぎる話にしか聞こえない、僕に何かを頼むということは僕自身危険な橋を渡るかもしれないということだ。それなら彼女達を捜して誠意を以て話し合った方が───」


「ところがそうはいかないんだよなぁ~、何故かって?お前さん、今や国難を救った英雄なんだぜ?となると、当然……この先は明日の楽しみにしときな。明日、返事を聞きに来るからな?」


 そう言って黒騎士カイロが出ていった。そして次の日、ハルトはカイロの言葉の意味を思い知ることとなった。


 ~次の日・謁見の間にて~


 レグルス・コルディニス、偉大な建国王『レグルス・コルレオニス』の子孫である。初代王のような偉大さはすでになく、度重なる失策により国の腫瘍グリオーマと陰口を叩かれている。


「ハルトの功績を讃え、ワシの娘であるレグルス・アルカンジュとお主の婚姻を結びたいと思っておる」


 思っている、実際は選択肢の無い選択肢だ。ハルトが承諾の意を示すと拍手が鳴り響いた。参列してる中にカイロもいて、黒兜の中はハルトを嘲笑ってるかのように感じた。


 そのまま簡単にパーティを行い、自室に戻った頃にはヘトヘトの状態となっていた。


 コンコン


「入るぜ~、おいおいあの程度で疲れたのかよ。そんなことじゃパレードを乗り切れないぜ?」


 ベッドでうつ伏せになっているハルトは枕に顔を埋めたまま答える。


「ほっといて下さい。うう、このままじゃさらに拗れてしまう……」


「ハルト、これを見ろ」


 高まった武威を感じたハルトは黒騎士カイロの方を見る。上半身はすでに脱いでおり、左胸に見慣れないものがついていた。


「それは?」


認証式自動爆破装置アグネイトだ。これから協力しあうんだ、俺様も目的ぐらい明かそうと思ってな」


 そう言ってカイロは再び鎧を着込む。ハルトはこの男の背負ってるものの大きさに圧倒された。


「驚いたろ?これな?1日1回、コルディニスの認証魔術を受けないと勝手に爆発するんだ。つっても、もう10年以上になるから慣れたけどよ……ま、お前さんもあっこで駄々こねなくて良かったな。断ってたら俺様以上の目にあってたかもな!」


 ハルトは戦慄し、そして悟った。この男と手を組む他無いと。


「ちなみに、お前さんの持ってる聖剣、実は偽物だ。それの本当の名前は魔剣『レーヴァテイン』……闇の武器シリーズのうちの1つだな。詳しい事はわからねえが、端的にいうと所有者がなりたい自分に歪んだ形でなれる副作用がある」


 そこでハルトは1つだけ思い当たる節があった。マナブだ、ハルト自身あまりマナブと関わったことが無かったが、少なくともマナブは一人称が『僕』だったのに最近は『俺』へと変わっていた。途中からパーティは名前で呼び合うべきだ、とか行き先を勝手に決めることもあった。


 じゃあ、自分は?元の世界での自分を思い出す。いつも周りからリーダー的な役割を押し付けられて本当は『周り』になりたかったそんな気がする。ユキノの浮気写真を簡単に信じ、サリナの誘惑に流され、そしてさっきも以前の僕なら毅然とした態度を取れたのに簡単に了承した。


「ハハ、僕は……バカだ」


「まあまあ、そう自棄なりなさんな。自覚を持てば多少は『穢れ』の侵攻も遅れるからよ。で、俺様はお前さんに『王』になってほしいんだ」


「王?」


「ああ、王になってお前さんが認証術式を放棄してくれれば俺様は自由になれる。そしてお前さんは権力であの二人を手にすることができる……悪くない話しだろう?」


「う~ん、権力で心まで取り戻せるんですか?無理だと思うのですが……」


「いやいや、あの二人は今影の坊主のところにいるだろう?上手く影の坊主だけ殺せばこの世界で同郷はお前さんしかいないんだ、自ずと戻ってくるさ!」


 正直怪しいが、このままじゃサリナもユキノも絶対に戻ってこない。ハルトはカイロの提案を受けることにした。


「さて、男同士で正直気持ち悪いが、俺の左胸に触れてくれや」


「どうして?」


「ユキノちゃんの隣にいた影の坊主、あいつの持ってる剣こそ聖剣だ。穢れを吸収して侵食率を下げることができる。アグネイトこれにも似た機能があってな、お前さんの穢れを吸収すれば『本来の意思』を維持できるだろう?」


 なるほど、だからあの男は執拗にサリナの胸に触れていたのか。再びカイロは上半身を脱ぎ、ハルトはカイロに穢れを移した。体の中に貯まっていたどす黒い塊のようなものが消え、心が澄みきった青空のように浄化された。


 浄化後、カイロは胸を押さえて倒れそうになった。


「カイロさん!?」


「ぐっ……はぁはぁ、聖剣の真似事はやっぱ厳しいぜぇ。心臓への負担がマジパネエわ」


 ハルトが肩を貸そうとするとそれを振り払い、カイロは出口へと歩いていく。


「ハルト君よぉ、おじさんからのアドバイスだ。人生、遅すぎるってことは無いんだ。絶望してた俺様が動こうって思ったんだから若者のアンタはもっと頑張りなよ」


 飄々として掴み所の無い男だが、その背中には人生の重みというものが垣間見えたような気がした。

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