第11話 翌朝

 翌朝、ロイより先に目が覚めたユキノは隣でロイが寝てるのに驚いた。

 なんで、ロイさんが?……あ、そうだ。私、ロイさんに添い寝を頼んだんだ。


 隣でスゥスゥ寝息を立てるロイを眺める。


「今日は泣いてないね」


 そう呟き、ユキノはロイの心地よさそうな寝顔を見て、ついつい頬を突っついてしまった。


 ……ツンツン。


 人差し指で頬をツンツンすると、「ん」と言ってロイは顔を横に向けた。


 か、可愛い。


 いつもは苦しそうに寝ているロイが、今日はあどけない表情で寝ている。ロイの本来の寝表情にユキノが笑みを浮かべていると、ロイの目蓋がゆっくりと開き始めた。


 そして完全に開いたところで目と目が通じ合ってしまう。


「アンタ、何してんの?」


「あ、いや。そ、その……」


 慌てるユキノにロイは訝しげな表情を浮かべた後、人として当たり前の言葉をかける事にした。


「おはよう」


「え!?」


「だからおはようって言ってんの」


 今まで挨拶されたことのなかったユキノは驚きつつも挨拶を返す。


「お、おはよう……ございます」


 ユキノの返事を聞いたロイは無言で立ち上がり、そのまま部屋を出ようとした。


「どこに行くんですか?」


「女は色々準備があるんだろ?部屋の前で待ってるから、終わったら一階でご飯食べるぞ」


「ありがとうございます」



 ユキノが準備をしてる間、ロイは部屋の前の壁に腕を組んでもたれ掛かった。


 なんか、久しぶりによく眠れた気がする。悪夢も見なかったし。誰かが側で寝てるっていうのは、思ったより安心するもんだな。


 ロイは少しだけ笑みをこぼし、廊下の突き当たりにある窓から通りを見渡した。すると、見覚えのある人物が歩いていた。


 あれは確か……サリナとか言う奴だったか。以前に見たときよりも頭の登頂部が黒くなってるな。それだけ汚染が進行してるのか?


「あの、ロイさん?終わりました」


 支度を終えたユキノがロイに話し掛けた。


「あ、ああ。じゃ、行くか!」


「わ!ちょっと、何ですか?押さないでください!」


 ロイはサリナの姿を見せないようにユキノの背中を押して一階に向かった。



「いただきます」「いただきます!」


 朝食を食べながら今後についてユキノに語った。


「まず、ゴブリン3体討伐を完了したら、このセプテンを離れてアグニの塔に近い街に拠点を移す」


「この街を拠点に聖剣を強化していくって聞いてましたが、離れるんですか?」


「ああ、いくつか理由がある。1つ、ここじゃハルトと遭遇しやすいからだ。2つ、理由を聞くつもりはないが……心の整理が必要だろう?」


「それは……ありがたいけどロイさん、今日はどうしたんですか?信じられないくらい優しいです」


 ロイは頬をかきながら答えた。


「あ~~なんと言うか、俺はユキノを親の仇の仲間って線引きしてた。そうしなきゃどう生きて良いか分からなかったんだ。ハルトを殺すのは譲れない、だけど命の恩人が苦しんでるなら仲間として力になりたいと思ったんだ」


 ユキノは嬉しい気持ちでいっぱいになり、イスから立ち上がって身を乗りだし、手を差し出した。


「ロイさん!握手、しましょう!」


「な、なんで?」


「仲間ですから!」


「あ、ああ。……よろしく」


 手を握ったあとブンブンと振ってユキノは着席した。そして握った時にロイは気付いた。ユキノの今の状態に……。


 ☆☆☆


 朝食後、ゴブリン討伐の為に外に出ようとするとユキノは自身の肩を抱いて立ち止まる。ロイは注意深くユキノを見ていただけに確信した。


「やっぱりか、空元気だったんだろ?」


「ち、違います!行けます!」


 ユキノはもう一度宿から足を一歩踏み出すが、その足は震えていて中々次の一歩が踏み出せないでいた。


「母さんが言ってたんだ。『女の子の中には失恋等のショックな事が起きると家から一歩も出れなくなったりする』ってさ。気付いてるか?汗ダラダラだぞ?」


「ッ!?」


 ユキノは自身の状態を否定することができず、しゃがみこんでしまった。

 ロイは少しだけ困った顔をして"シャドーポケット"からローブを取り出し、ユキノに頭から被せた。


「え?」


「これならユキノってわからないから少しはマシになるんじゃないか?新しく生まれ変わった自分を演じるような感じでさ」


 ロイの言葉を聞いたユキノは子犬のように見上げて言った。


「ろ、ロイさん。手を繋いでくれませんか?そうすればさらに踏み出せそうな気がするんです」


 ハァと溜め息をついたロイは手を握った。そしてユキノは一歩踏み出すが、その足取りは最初よりも遥かに軽く、さらに一歩、また一歩とまるで社交ダンスのような歩みだった。


 ゆっくり大通りまで進んだところでユキノは手を離した。


「ありがとうございます。ローブはまだ外せないけど、かなり慣れてきました」


 ロイはユキノの状態を確認するために手を握ったり、頬に手を添えたりした。


 確かに、手の震えも止まってるし、目の焦点も合っている。耳まで真っ赤になってる以外は至って普通だな。


「大丈夫そうだな」


「うん、不思議とこのローブの匂いが落ち着くんです。そのお陰かもしれません。じゃ、行きましょう!」


 そう言って先頭を歩くユキノはこの街に来る前よりも軽快に歩いているようだった。

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