第10話 添い寝
「……ハクションッ!!」
ロイは少しだけ後悔してた。『青の節』にかなり近づいているため夜はそれなりに冷える、そしてユキノがハルトを探しに行ってすぐに屋上で待機したロイはまさか2時間以上かかるとは思いもしなかったのだ。
ピトッ……ピトッ……
頬に当たる雨に気付き、夜空を見上げるとうっすらと雲が覆っていた。雲の厚みからそこまで土砂降りになるとは思わないが、これ以上時間が掛かるようなら対策が必要だとロイは考えた。
「そう言えば、村を襲撃された時も雨が降ってたな。思えば影魔術師として最高の環境なのに呆気なく負けたんだっけか……」
影魔術師は明かりが少ない程に魔力の浸透率は上がり、より素早く力を行使できる。ロイはあの時の光景を思い出す。
ハルトが片手間に、それも虫でも殺すかのように軽く放った”神聖魔術・シャイニングランス”が本気で斬りかかったロイの腹部を貫く感覚……痛くはないが、思い出す度にズキズキと幻の痛みが襲ってくる。
そして通りを眺めていると、ユキノが歩いてくるのをロイは確認した。
「あいつ……一人か?にしても───」
歩いているユキノは遠目に見てもどす黒い雰囲気を纏っている。恋人に再会したにしては暗すぎないか?
宿の入り口の前でユキノはゴシゴシと顔を拭いたあと、パンパンと頬を叩いて気合いを入れていた。
ロイはユキノが宿に入るのを見届けたあと念入りに周囲を索敵し、敵がいないのを確認して窓から部屋に戻った。
ユキノが階段を登る音が聞こえてくる。大急ぎでベッドに入って頭から毛布を被った。
ギィィィィ
「ロイさん……起きてますか?」
ゆさゆさ
ユキノは寝たフリをしているロイを揺らす。
「起きてますよね?布団、冷たいですよ?」
コイツ、変なところで勘が良いな……。観念したロイはバッと起き上がった。
「もう、なんで寝たフリなんかしたんですか?」
「いや、窓から通りを見てたらユキノを見かけてな。なんか……暗そうな雰囲気だったからさ……。そんなことより、ほら──ベッド使えよ」
「え?」
「ベッドは一つしかないし、俺はお前が帰って来るまで結構寝たからな。俺は外に出てるからさ。今は……そういう気分だろ?」
ユキノは両手を口に当てて涙ぐみ始めた。観光と言って出ていったのに実際はハルトを探しに行ったユキノ。にも拘らず、ユキノに起きた事をある程度察したロイは一人で泣く時間を与えようとする。そんなロイの優しさにユキノは嗚咽を漏らして泣いた。
「……ひっく……ぅぅ……」
ザーーーーッ
ユキノの鳴き声をかき消すかのように外の雨は強くなっていく。ロイは泣き続けるユキノの肩を抱いてベッドに誘導し、立ち上がった。
グイッ!
ロイはユキノに袖を引っ張られて転けそうになった。
「ロイさん……一緒に寝ませんか?」
ユキノの顔は真っ赤に色付いて、その表面には未だに涙が道を作っている。上目遣いに頼まれたロイは何故だか断れなかった。
雨の音が静かな部屋に鳴り響く。隣で寝てる女は本来両親の仇の仲間、それが右腕にギュッと抱き付いてスゥスゥと息を立てて寝ている。
ユキノを傷付けたハルトが許せない、一瞬でもそう思ってしまった自身に酷く困惑していた。
一体いつからだ?俺がユキノを自身の側の人間と認識したのは。
人には固有の心的領域がある。村を出たロイにとって、自身の心的領域は自分だけでユキノはどちらかと言うと敵側だった。それがほんの数日一緒に居ただけの女がいつの間にか仲間と呼べる領域になっている。
ユキノのあの全てに絶望したかのような顔を見たのが決定的だったんだろうな。俺は思ったよりもお人好し……か。
ロイは自分をそう評してユキノを人質に取る事を諦めた。きっと今の自分にそれは出来ないと理解してしまったからだ。
そろそろ腕が痺れてきた。グイグイと位置をずらしながら腕を抜こうとするも、完全にロックされている。それどころか更に引き込んでいる気がする。
「ん……うふふ……」
「……たく。泣いてたんじゃねえのかよ」
寝ながら微笑むユキノを見て、もう少しこのままでも良いかと思い、ロイも徐々に微睡みに落ちていったのだった。
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