第69話 料理上手な陽キャ美少女は、俺を美味しく頂くつもりらしい①

 七月に入り来週には期末テストが行われると告知を受けてから、普段以上に俺は物思いに耽ることが多くなった。


 俺たちが通う高校は、七月中旬には一学期が終わる。

 つまり夏休みに入ったら引っ越す二宮さんとは、もうじき会えなくなる。


「もう七月、期末テストに夏休み……。何か実感が湧かないなあ……」


 放課後になり人の出払った教室で、俺は男友達の友木をぼんやりと眺めた。


 呆けている俺とは真逆に友木は、委員長お手製の予習ノートを俺と二宮さんから借りて、必死に復習中だ。


「衛司はテスト余裕そうだな。二宮さんは、それどころじゃないって感じだが」


 俺の左隣の机で突っ伏す陽キャ美少女二宮さんの姿に、友木は苦笑する。


 両腕を枕にして机にもたれ掛かり力尽きている二宮さんを見て俺は、それもそうだろうと、内心思いながら呟いた。


「今日も雑談中に言われたよ。家族総員で家の掃除に明け暮れていて、もう全身が筋肉痛だよ~だって」


「へぇー。年末の大掃除じゃあるまいし、まさか引越しでもするんかね?」

「あっ……!」


 友木が偶然にも核心を突いたので、俺は「当たってる」と口走りそうになった。

 二宮さんが起きる前に話を終わらせたい。単なる噂という事で誤魔化せるか?


「えっと、アレだ……風の噂だが、夏休みの間に引っ越す……らしい」


「そんな噂話あったか? まあ二宮さんって、真偽も不確かな噂が多いからな……。それより恋人が出来たっていう噂の方が、俺としちゃあ信憑性を感じるぜ」


「その噂、もう皆は忘れかけてるぞ? まずはその恋バナの方を疑ってくれ」


「なら疑ってやるぜ。『もうすぐ恋人が出来そう』と修正すれば、あの噂あながち間違ってなくね? 野暮な質問だけど衛司は二宮さんのこと、好きなんだろ?」


「……す、好きだよ。引越しの件が嘘であってほしいって思うくらいには」


 俺は今までそうしてきたように『友人として好き』とは、軽く流せなかった。


 この心境に自分自身も驚いていたのだが、俺の横からガタッと突然大きな物音が聞こえてきた。


 どうやら隣で寝ていたはずの二宮さんが身を起こして、こちらを向いたようだ。

 最近は見かける機会が少なくなっていた二宮さんらしいドヤ顔だった。


「トモポンくん。ちょいとヨッシーを尋問したいんだけど良いかな?」


「と……トモポンって俺のことか? 衛司なら、煮るなり焼くなり好きにどうぞ。二宮さんだったら、煮ても焼いても食えないってことはないだろうからさ」


「ほほう、誰も食べないとは勿体ない。私が美味しく頂いちゃいましょう~」


 友木はさっさと教科書や俺たちから借りた予習ノートの山々を鞄に詰め込むと、妙に爽やかな笑みを浮かべて、放課後の教室を後にした。


 教室の扉が閉まったのと同時に、二宮さんは自分の椅子を俺と向かい合うように動かして、嬉しそうな顔で話しかけてくる。


「全身筋肉痛で屍のようだった私を、寝ていると勘違いしてたみたいだね?」

「しまったな……。どうやらその様子だと、友木との話は全部聞かれてたか……」


 だが、聞かれてやましいことは何も無かったはずだ。

 恐らく二宮さん的には直前まで伏せておきたいであろう引越しの件は、風の噂で聞いたフリで誤魔化し、それこそ友木はそれを風のように受け流したのだから。


 現に二宮さんの表情は明るいし、マイナス方面の感情は見られない。

 何しろ極上の食材を目にした料理人のような『腕が鳴るぜ』といった顔つきだ。


 ――何故だろうか。俺の脳裏に『まな板の鯉』という諺がよぎったぞ。


「ヨッシーって、私のことが好きなんだ?」

「……っ!」


 二人きりの放課後の教室で、さっそく俺は一匹の鯉となった。

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