第27話 風邪がうつったようだが、陽キャ美少女がお見舞いに来た②

 差し入れの一口チョコをありがたく何個か頂きながら、ベッドで待っていると、一人用の小さな土鍋をお盆に載せて二宮さんが戻ってきた。


 少しぎこちない笑みを浮かべていて、ほんのり頬が赤らんでいる。


「あ、顔が赤い。さては結構パクパクと試食したな?」

「えっ……まあそんなとこですかね! 本当はあと少し冷ましたかったんですけど、もう持ってきちゃいました」


「お粥って熱々のまま食べるものだと思ってたけど違うんだ」

「私も詳しくは知らないけど、ちょっと温かいくらいの方が胃に優しいのでは?」


「なるほど。とはいえ作ってくれただけで万々歳だよ。匂いも美味しそうだ」


 土鍋の中のお粥を見てみると、風邪の時に父さんが作る全体的に白っぽいお粥ではなく中華屋さんのたまごスープみたいな綺麗な色合いをしている。

 細かい刻みネギが上に乗っていて、お粥自体の匂いと混ざって良い香りだ。


 二宮さんがれんげでお粥をよそって、軽く息を吹きかけて俺の口元に寄せる。


「はい、あ~ん♪」

「……えっと、自分で食べられるが」

「JKFAですけども!」

「日本健康フィットネス協会の略とかかな?」

「女子高生がふぅふぅあ~ん、の略ですけども!」

「なんだその公共電波に乗せてはいけないような響きの名称は」


 二宮さんかられんげを取ろうとしたが、頑なに渡そうとしないので、俺は諦めて口元に寄せられたれんげで、ぱくりとお粥を頂いた。


「どうですか、お味は~?」

「……ん! 美味い!」


 お昼を食べていないこともあり、お粥の塩気が寝汗をかいた身体に沁み渡る。


 恐らくすりおろし生姜が隠し味として入っているのだろう。

 追加でもう二、三口食べてみると、ぽかぽかと身体が温かくなってきた。


「ヨッシーの話を聞いた所、塩分を普通のお粥より多めにした方が良いかな~と思って、鶏がら系スープの素も少し入れて味を調えてみましたが、大丈夫でしたかね?」

「ああ。弱ってる時にこうして美味しい物を食べられるのは、すごく嬉しいな」


 俺がそう返事すると、二宮さんはいつものようなハイテンショントークでまくし立てるでもなく、声は出さずに満面の笑みを浮かべた。

 静かにお粥をよそって冷ましてから、れんげを近づけてくる。


 茶化しながらではなかったので何だか断りにくく、二宮さんが冷ましてくれるお粥を次々と口に運んでいった。


「よしっ、全部食べ切れたねヨッシー」

「ご馳走さま。わざわざ差し入れやお粥まで用意してくれて、今日はありがとう」

「いやなに、昨日の恩返しだから大丈夫だとも~」


 食器をお盆に乗せた二宮さんは、そう笑顔で言って一旦退室する。

 そして母さんに洗い物を頼んで戻ってきた二宮さんが黙ったまま見つめてきた。


「またやることがなくなって沈黙モード……って感じ?」

「そうですね、それもあるのですけども~。えっと……その、帰る前にヨッシーに謝っておきたいな~って思って……」


「……? 俺から感謝はすれど、謝罪されるような覚えは無いんだが……」

「いやいや有りますって。ヨッシーに風邪をうつしちゃったので……ごめんね」


 教室で話をしているように笑顔だった二宮さんは、しおらしく頭を下げた。

 風邪なんてものは罹る時は罹るのだから、そんなに謝ることではないと思う。


「気にしなくても良くないか? 風邪に罹らない人間なんていないんだし」

「だって昨日、保健室でずっとヨッシーのことを引き留めたようなものだから、それさえ無ければ風邪をうつすことも無かった訳で……」

「あそこで俺にガンガン話しかけてこないようなら、二宮さんらしくないぞ? 俺は俺で二宮さんの様子が気になってたし……。だから別に謝ることないよ」


 美味しいお粥も食べられたので、身体の調子は大分マシになってきた。

 俺は差し入れの一口チョコの袋を手に取り、食後のデザートとして頬張る。


 しかし二宮さんは申し訳なさそうに俯いたままだ。


「でも今日だってヨッシーのお見舞いで来たはずなのに、またいつもみたいに絡んじゃってたでしょ? 私ってそういうところがあるって自覚はあるんだ。自分のペースしか考えられずに、人のことを振り回しちゃってることも多くて……」


「に、二宮さん……」


「ヨッシーはいつも私に付き合ってくれて、ずーっと話を聞いてくれるって知ってるから嬉しくて、他の人より一歩も二歩も前のめりで絡んじゃうんだ~。でもそれって、すごく我が儘だし迷惑だよね? 自分が楽しいからって一方的に話しかけられても迷惑――」


 いつもの明るい声音はどこにもなく俯き続ける二宮さんに、俺は反論した。


「迷惑じゃない。絶対に迷惑はしてない。それだけは断言する」


 普段はやんわりとした反応ばかりの俺の言葉に、二宮さんが思わず顔を上げた。

 俺自身も口から出てきた言葉が意外だったが、自然と言葉が出てきた。


「で、でもヨッシーと話している内に楽しくなってきて悪ノリしちゃうことって、私にはいっぱいあるよね?」


「それは多々あるな。昨日でいうと、熱が出てるのに胸元を見せてきたりとか」

「はい……。あの時もヨッシーは私を心配してくれていたのに……やっぱり迷惑……」


「迷惑じゃなくて困惑だな。二宮さんって気持ち良くお喋りできる人相手だとブレーキが吹き飛ぶ節があるからさ。困惑することはあるよ。でも迷惑というのとは違う」


 二宮さんの俺への距離感が近い訳として、陽キャだからでは足りない気がする。

 その陽キャだからという以外の理由は、コミュ障の俺には全く見当がつかない。


 スクールカースト上位層同士だと真に気兼ねせずにお喋りできないからかもしれないし、一回り年下の男子をからかう時のような少し真っ当ではない楽しさを感じているのかも。


 兎にも角にも、俺が迷惑していないのに、二宮さんが気に病むことは無いのだ。

 俺からはっきりと心情を聞かされた二宮さんが、少し安堵の表情を見せる。

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