第87話 比奈ちゃんとの帰り道(雪視点)
井川さんのマンションの階段を綺麗な黒髪の美少女と一緒に下りる。
さっきまで、彼女に対して、感情あらわにしてしまった私だったけど......。
そっと後ろを振り返ると、黒髪美少女は見るからに肩を落とし、プディ王女に似た子猫を抱きしめながら落ち込んでいる。
ホロちゃん(辰君)に会えなくなるのがそんなに辛いのかな?
階段を下まで降りて自転車置き場まで歩く。
黒髪の彼女は先程までの勢いはちっとも見られない。
何かを我慢しているかの様に眉間に力を入れている。
小さな女の子が落ち込んでいる様で、放っておけない。
「ええと、比奈ちゃん? 大丈夫?」
私は自転車を押しながら、そう、なるべく優しい声のトーンで話かけた。
私の声を聞いた途端、はりつめた糸が切れた様に、比奈ちゃんの目元から涙が一粒一粒と流れだした。
私は慌てて、自分の仕事鞄からハンカチを取り出し、比奈ちゃんに渡した。
比奈ちゃんはハンカチを受け取るとますます涙が止まらなくなり、困った私は、近くの公園まで一緒に歩いた。
「ごめんなさい。泣く、つもっ、りなんてなかったのに、さっきも私、朝峰さんに、すごく失礼な、ひっく、態度をとっちゃったっ」
まだ目も赤く、声も途切れ途切れで、彼女は見た目こんなに大人っぽくて綺麗だけど、私よりかなり年下なんだなー、と思った。
なんだか私、大人気なかったかも。
ちょっと反省。
公園まで着いて、二人でベンチに腰かけた。
比奈ちゃんの胸の中にいるプディ王女に似た子猫が、なんだか冷たい目でこちらを見ている気がするけど気のせいかな?
「大丈夫? 落ち着いた? さっきはゴメンね。私、何かしちゃったかな?」
比奈ちゃんの背中を優しく摩りながら問いかけた。
「違うの、朝峰さんは、関係なくて、もう、幸太君に会いに行けなくなるかもしれないって思ったら、っくっ。なんかどうしたら良いか分からなくなっちゃって」
「大丈夫だよ、井川さん、また来て良いって言ってたでしょ?」
私が背中を摩ると余計に比奈ちゃんの感情が止まらなくなる様だった。
比奈ちゃんが思っていたのはホロちゃん(辰君)じゃなかったのか、私の誤解だった。
そうだよね。
普通はそうだよね。
比奈ちゃんは井川さんの事を好きなのかもな。
会えなくなる事でこんなに泣いちゃうぐらい。
「そんなに泣いたら目が真っ赤だよ」
そう言って私は笑いながら優しく比奈ちゃんの背をさすった。
「比奈ちゃん、井川さんの事が好きなんだね」
私がそう言うと目も赤く、そして顔まで赤くなった比奈ちゃんは恥ずかしいのか下を向いてしまった。
私達が座るベンチから少し距離がある遊具では子供五人ぐらい、男の子と女の子が遊んでいるのが見える。
プディ王女に似た子猫は子猫なのに、逃げ出そうともせず、大人しく比奈ちゃんの胸に抱かれている。
この星の猫ちゃんはこんなに大人しかったかな?
なんだか落ち着きすぎていて猫らしくない。
むしろ、私の星の種族に近い気がする。
気のせいかな?
それにしても、比奈ちゃん、そんなに素直に感情を表に出せるなんて、すごいなー。
私達の星の種族に足りないものはコレなんだよね。
だけど、本当に一生懸命だよね。
必死でさ。
比奈ちゃんの心全部で井川さんの事が好きなんだなーって伝わってくる。
初めて会った私なんかに醜態をさらしてしまうほど必死に。
そんな姿見せられたら応援したくなっちゃうよね。
私は比奈ちゃんの綺麗な黒髪を優しく撫でた。
「今度の日曜日、私、井川さんの家に行く予定なの、本当は同僚を連れていく予定だったんだけど、同僚の方は断る。比奈ちゃん、一緒に行こう?」
そう私が言うと、びっくりしたのか涙が止まってしまった比奈ちゃんが目を丸くして私を見た。
「私も行って良いの?」
比奈ちゃんの声はまだ少し弱々しかったけど、少しだけ明るさを取り戻していた。
「良いよ。このニャンコも一緒に、可愛いね、さっきはあまり名前が聞き取れなかったんだけど、なんて名前なの?」
表情が明るくなってきた比奈ちゃんを見て嬉しくなってきた私はそう言った。
「あっ、プディだよ。可愛いでしょう? とってもお利口なんだよ」
そう言って比奈ちゃんはやっと柔らかく笑った。
良かった。比奈ちゃんやっと笑った。
......。
今、なんて言った?
プディ?
名前までプディ王女と同じ?
こんな偶然ある?
もしかして本当にプディ王女??
だけど、もしそうだとしても、プディ王女は私の事、気づいているのかな?
だいたいプディ王女は今回、どうして星から居なくなったの?
理由はあるの?
どうしたら、いいのかな?
私はなるべく悟られない様にプディ王女にそっと目線をむけた。
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