第35話 交差する夢と現実(ホロ/比奈視点)後編
俺の前足と彼女の手はボロボロだった。
それでも俺達は掘り続けた。
その時、俺の前足と彼女の手を何かが優しく包んだ気がした。
そんな優しい風が吹いたのだ。
一心不乱に動かしていた俺と彼女は手を止めた。
痛みが消えたのだ。
一山掻き出すごとにガラス片が肉をえぐり、突き刺す様な痛みが走っていた前足。
俺はおそるおそる自分の前足を自分の目の前で広げてみた。
そこには毛は抜け落ち所々肉が見えていて、見るも無残な自分の前足がある……筈だったのだが。
泥に汚れたいつもの前足があった。
俺の前足の傷も彼女の手の傷も消えていた。
歪んだ表情を浮かべていた彼女もびっくりして固まっている。
元気を取り戻した俺達は、再び穴を掘りだした。
だけどもう彼女も俺も、手(俺は前足)は痛くない。
俺達は深く、深く、穴を掘った。
掘り続けると彼女の手が何かにあたった。
糸?
少し俺は怖くなったが彼女は掘り続ける。
彼女は泣きながら穴を掘っている。
彼女の涙が俺の背中を濡らす。
彼女の気持ちが俺の中にあふれてきて俺は再び手を動かし始めた。
先程当たったのは髪の毛。
土の中に居るのは彼女の大事だった彼だ。
彼女の心がそう言っていた。
彼女は彼を亡くしてしまった事が辛くて辛くて、彼を彼との思い出と共に心の奥底に閉じ込めていたんだ。
土の中から掘り出された彼の顔の瞼がピクリと動いた。
彼がもがく様に土の中から身体を出そうとしている。
俺と彼女も顔をぐしゃぐしゃにしながら穴を掘る。
もう少し、もう少しで上半身が土から出る。
彼ももがく。
彼女が彼の肘にかかった土をどかそうと手を伸ばした時だった。
彼女の土まみれの手を彼が強く握りしめたのだ。
泥だらけの大きな手が泥だらけの細い手をしっかりと包み込んだ。
彼女は驚き彼を見た。彼はまっすぐ彼女を見つめとても優しく微笑んだ。
彼から握られた彼女の手の平の中には指輪が入っていた。
俺の脳内に流れてきた記憶によるとその指輪は彼女が彼と付き合いだして、1年記念で彼からプレゼントされたものだった。
指輪の内側には彼女と彼の名前の文字が刻まれている。
彼女は握らされた指輪を自分の顔の側まで近づけた。
刻まれていた文字が変わっている。
【君は綺麗だ。前に進めるよ。俺は見守っているから】
指輪にはそう刻まれていた。
彼は優しく彼女を撫でて笑った。
そして印象的な笑顔を俺達に見せた後、彼は消えた。
俺の耳元で男性の声がした。
俺はそれが直感で先程の彼の声だと分かった。
『俺はいつでも、どんな時でも君の側に居る。君が苦しい時、傍に居るしかできないけど、見守っているから応援しているから。君はとても素敵だよ。君の優しい笑顔は皆を元気にできるんだ』
優しい彼の声はさらに続く。
『そう彼女に伝えてほしい。俺の声は聞こえないから……』
俺は彼の言っていることが、雪に言っていることが伝えられない今の俺の現状と重なり、胸が苦しくて切なくなった。
だけど俺の声も彼女には聞こえないんじゃないか?
だけど俺は聞こえない、そう思っても、伝えたい。
心配で、いつもいつも彼女の傍に居る男性の思いを伝えたい。
「ニャーーーーーーーーーーーー」
俺は大きく声を張り上げて泣いた。
彼の彼女に対する思いを、精一杯伝える気持ちで。
聞えたか分からない。
伝わったか分からない。
だけど彼女は俺を大事に抱きかかえてくしゃくしゃに涙を流しながら笑った。
優しい素敵な笑顔で。
また夢が切り替わった。
ここは先程の汚かった彼女の部屋だろうか?
見違えるようにきれいになっていて彼女自身も髪を整え、綺麗に化粧をし、部屋の掃除をしている。
鼻歌を歌いながら笑顔を浮かべ。
俺は安心してそれを見守っていると、何かが俺の頭を撫でた。
『ありがとう。安心したよ』
そう彼の言葉が聞こえた俺は口元を緩めながら、ゆっくりと画面の外に戻った。
人間だった俺も死んだのかな?
雪、雪は大丈夫だろうか?
俺の今の家族も、ほっとけない。
だけど、俺もお前の隣に居たい。
**************
気がつくと朝になっていた。いつ布団に戻ったのか分からないが私は布団の中にいた。
私の側にはホロちゃんが寝ている。
私、布団の中に連れてきちゃったのかな?
幸太君の布団なのに、どうしよう……。
だけど……。
規則的な寝息を立て柔らかい表情で眠るホロちゃんを見て私はホッとしていた。
もう、心配かけないでよ。
お泊りを楽しむどころじゃなかったよ。
でも、良かった。
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