第67話 勇者と聖女の物語

 神様と会話した翌日、僕は城にある資料保管庫に足を運んでいた。

 教えてもらった勇者と聖女について調べるためだ。


 一応この世界の勇者と聖女についてはある程度聞いたことがある。

 そもそも職業で【勇者】と【聖女】なんて職業はなく、立派な功績を残した人たちの事を【勇者】や【聖女】と呼ぶらしい。

 でも実際に神様から勇者と聖女の力が必要と言われ、更に一緒に召喚された人達の中に【勇者】と【聖女】の職業を持っている人もいた。

 その事は偶然じゃなく、きっと何か意味があるものと思っている。いや、思いたい。



 僕は資料保管室に着くや否や、さっそく目ぼしい資料をピックアップし、空いている机の上に置いた。

 ざっと50冊。分厚い辞書の様な物から、薄い自由帳の様な物まで、とりあえず片っ端から広い上げ、それらをランダムに読んでいく。


 読むスピードについては、神様から貰った身体能力向上の力が役に立った。視力と反射神経、そして脳の記憶能力向上を意識して本を視る。

 つまり速読である。本のページを開くだけで一瞬で全ての文字が脳に記憶され、1冊の本をものの10秒程度で完全に一字一句間違えずに覚える事が出来る。

 僕はこの能力を使い、50冊の本を約10分程度で読み終えた。


 ――この能力は向こうに帰ってからも使いたいな……これさえあれば資格とかの勉強がどれだけ捗るか……


 僕は他に勇者と聖女が出て来る資料が無いかを改めて探し、追加で70冊の本を速読で暗記した。


 読み終えた後は自分の記憶を頼りに僕専用の資料にまとめる。

 今のところわかっている勇者の伝説と聖女の物語は複数あり、それらを時系列や出来事の内容、その他にも気になった情報をピックアップする。


 資料にまとめる作業には結構時間が掛かった。

 やはり120冊分の本の整理だ。いくら全てを記憶していても、思い出しながらだから少し疲れた。


「やっほ~。捗ってる?」


 資料を完成させた直後、背伸びをしていたらクルルが資料室に入ってきた。


「やっほ……丁度今終わったところ……」

「お疲れ~ていうか凄いね!? これ何冊あるの?」


 僕は最初の50冊と後から持ってきた30冊分は元の棚に戻していたが、40冊分は机に置きっぱなしだった。


「とりあえず120冊ぐらい読んだよ……今残っているのは片付け忘れた分。元に戻さないとね」

「じゃあ手伝うよ。半分持つから」

「ありがとう」


 残念ながら、本棚が倒れるとか、クルルがこけそうになって僕を押し倒すとかそんなイベントは起きる事もなく、二人でなんとか残りの本を片付け、僕がまとめた資料を再確認した。



 ――勇者――


 いろいろな物語に登場する存在であるが、実際にいた人物だったり、創作上の登場人物だったりと、千差万別だ。

 ありとあらゆる魔法が使える。勇者が振るった剣は山をも斬る。魔物1万体に対して1人で戦い勝利する。

 他にも、槍の勇者、斧の勇者、弓の勇者、魔法の勇者、炎の勇者、雷の勇者、村の勇者、救国の勇者等、沢山の勇者がいる。

 持っている武器を象徴としたり、住んでいる場所で名前を言われたり、行った功績が名前になったりとさまざまだ。


 ただ共通する事は『強い』。そして『膨大な魔力、または闘気を持っている』。これが共通する項目だ。

 これは創作の物語の勇者だけでなく、現実の勇者と呼ばれている人達にも言えていた。

 現実の人で言えば、船が嵐に巻き込まれ、もう沈むしかないと思ったら、その勇者の魔法で嵐を止ませ、船を陸まで風魔法で運んだとかある。

 後は火山が噴火した際、水魔法と土魔法を使って被害を最小限に抑えたり、狂暴な海の魔物が現れた際に、その手に持つ剣1本で5日間ずっと戦い続け、勝利したという勇者がいたり。


 恐らくこれらの現実の勇者と言われた人達の功績を元に、創作の勇者の物語を作ったんだと思う。



 ――聖女――


 こちらも勇者の物語と同じように、実在した人物がいた。もちろん創作上も沢山の聖女で溢れかえっている。

 難病を治す薬を作り、それを分け隔てなく振舞ったり、光属性と思われる魔法を使って瘴気を浄化したり、飢饉に苦しむ人達の為に食料を増やす手伝いをしたり。

 聖女と呼ばれる人たちは、そんな苦しい立場の人達を助ける為に立派な行いをした女性を指す称号らしい。

 ちなみに今言った出来事は実在した人が本当に行った事の様だ。複数の資料でも確認できる。


 これまた共通することは『膨大な魔力を持っている』事だ。

 難病を治すために回復魔法を、瘴気の浄化に光魔法を、そして食料を増やすために畑に対して土魔法を使っていた様だ、

 しかも3例ともかなりの規模の魔法を使ったらしいと記載されているが、詳しくどれくらいの魔法を使われたかは書かれていなかった。

 ただ、この魔法で何十万人もの人が救われたと書かれていたから、相当の魔力を使ったと予想できる。



【勇者】と【聖女】は実在した。しかし、現実にいた彼らは職業が【勇者】と【聖女】ではなく、その功績として勇者と聖女を名乗っただけに過ぎない。

 現に勇者と聖女で一番多かった職業は【魔導士】や【精霊術師】、【賢者】や【魔法使い】といった魔法関係の職業の人達ばかりだ。しかも古くなればなるほどその傾向が強い。

 一応【剣豪】だったり【神槍】といった職業の人達もいたらしいが、彼らは強い魔物を倒して勇者と呼ばれる事になったり、【あきんど】の女性がその財力を使って人々を助けて聖女と呼ばれたりといろいろある。

 しかしどれだけ記憶を確認しても、職業としての【勇者】と【聖女】は発見できなかった。


 ***


「う~む――資料を確認したけど、過去の勇者と聖女と呼ばれる人の多くは大量の魔力を持っていたって事かな?」

「うへ~……私にはチンプンカンプンで全然わかんない。よくこんなに情報を集めてまとめられたね?」


 クルルは僕の資料を3秒見てギブアップし、直ぐに僕に資料を渡して来た。

 だから僕が今考えた仮説等を説明し、思った事を言ってほしいとお願いしている。


「ところでさ? 最初の【勇者】と【聖女】って誰なの?」


 それは僕も思った。しかし――


「残念ながら資料が無いんだよね? 一番古い資料でも、確かこの国が出来る前の記録で1,500年前の出来事の記録しか確認できなかったし……」

「1,500!? 帝国は600年、王国でも750年の歴史というのに、そんな昔からあるの!?」


 ふむ……王国の方が歴史は古いのか……だったらもしかしたら王国側の方により古い資料があるかもしれないな。


「多分ここではこれ以上の資料を探すことができないと思うから、今度王国にまた戻ろうかな」

「そうだね――そっちの方がいいかもね? それに【勇者】と【聖女】って人達は王国にいるんでしょ? 事情を説明して協力してもらわないとね?」


 こうして本日の目的である資料集めは終了した。

 マリアーナさんに今日集めた資料を提出し、他に気が付いた事があれば教えて欲しいと頼んでおいた。

 更に家主であるガストンさんもタイミングよく帰宅し、神様との会話内容と今日集めた資料についての説明をした。

 ガストンさんは一番古い資料が1,500年前の出来事である事に少しだけ驚き、他に古い資料が無いか探してみると約束してくれた。


 ある程度の報告が完了し、僕は自室に戻りベットに横になった。

 今日は久しぶりに頭を沢山使ったせいか、ベットに倒れるなり、いきなり睡魔が襲ってきたので、僕は抵抗する事なく眠りについた。



 ――ドンドン! ドンドン!――


『ナガヨシ! 起きているか! 緊急事態だ! ナガヨシ!』


 僕はけたたましく叩かれるドアの音と、切羽詰まっているガストンさんの声で目が覚めた。

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