第49話 勇者のレベルアップ

『コ――セ――はや――コロ――』

「ああ、大丈夫だ。今楽にしてやる」


 そう言って、俺は人の形をした魔物の首を刎ねた。

 俺は今以前挑戦したダンジョンの75層を一人で歩いていた。


 ***


 城でいろいろな兵士や騎士たちと一緒に模擬戦をしていたが、もう誰も俺には敵わなくなっていた。

 今では数十人といっぺんに模擬戦をしても、傷一つ付くことなく勝てるようになっていた。


 ちなみに光君とは戦っていない。向こうがなかなか訓練場に現れず、俺も積極的に彼とは戦おうと思わなかった事が原因だ。

 今は光君と同じぐらいの強さを手に入れたと思っている。でももし戦って負けたらと思うと、なかなか光君との模擬戦に踏み切れないでいた。


 故に俺は一人で再度ダンジョンに挑戦することにした。

 前回は4人で挑戦したところを、今回は1人だ。

 そのため、周りからのフォローもなく、怪我を負った場合は本当に死んでしまうかもしれない。

 それでも俺は、強くなるためにこのダンジョンに再挑戦しに来た。


 前回レベルアップしたおかげか、前半の60階層までスムーズに来ることが出来た。

 更に60階層に来るまでにレベルアップが数度あり、更に探索のスピードも上がってきた。

 気が付けば前回の記録である70階層まで来ることが出来た。


 そして奴は現れた――


『タス――ロしテ――』


 相分からずの気持ちが悪い風袋。手には剣を持っていて、ゆっくりとした動作で俺に襲い掛かってきた。

 俺はそれを軽く躱し、盾を使って相手を転倒させた。


『こロシ――タノむ――コろーーレ』


 人型の魔物は常に殺してくれと言っている気がする。しかし、彼らは魔物だ。本当に殺してくれと言っている訳ではないと思っている。

 俺はじっと魔物を見ていた。その際に考えたことは2つだ。


「(こいつを倒せば、俺は恐らく強くなれる。なんたって人型の魔物を倒すんだ。精神的に必ず成長できる――)」

「(でも人だぞ? いくら魔物とはいえ、人だぞ? 俺は……俺は……)」


 この魔物を倒したい気持ちと、倒したくない気持ちで板挟みされる。

 その時、どうしてなのか光君を思い出してしまった。


 ――栄治さんって弱いですよね?――

 ――俺の方が強いんだから、栄治さんは後ろで待っててくださいよ――

 ――勇者っていうのに、期待外れですね?――


 彼は一度もそんなことを俺の前では言ってない。陰で言っていたかもしれないが、直接聞いた事はない。

 しかし、何故か今の俺には鮮明に彼が言ったような想像が、頭を駆け巡った。

 そして、気が付くと――


 ――魔物の首を刎ね、その後に四肢を切断していた――


 吃驚した。何故俺はここまで徹底的にこの魔物を切り刻んだのか――そしてなにより、この魔物を切って何も感じなかった事に――

 人を殺した感じがした。確かに俺は感じた。しかし、何も感じなかった。それどころか――レベルアップした際の光を見て、安心していた――

 もしかしたら、勇者の能力の一つに、レベルが上がると精神面の耐性も上がるのかもしれない。

 そんな思いが頭を駆け抜け、俺は切った魔物の死体をじっと見ていた。


 その後、同じような魔物が沢山出てきた。一度殺していれば安心できたのか、何匹集まろうが俺の敵ではなかった。

 俺は1体1体丁寧に殺し、溢れてきた魔力水をしっかりと回収し、奥へと進んだ。


 ***


 今俺は81階層まで来た。出てくる魔物は人型の魔物の他にゴブリンの上位種のような魔物が数匹いた。

 しかもそのゴブリンの中で、1体だけ気になるゴブリンがいた。それは佳織ちゃんや正さんが持つような、魔法を使う際に必要な杖を持っているゴブリンだ。

 もしかして、あれって俗にいうゴブリンメイジとかゴブリンシャーマンとかそういう類か?


 そう思っていると、その杖持ちゴブリンが炎の魔法を放ってきた。

 俺は難なく避け、魔物の群れの中心に移動し、手早く全ての魔物を始末した。

 その直後レベルが上がり、俺のステータスに変化が起きた。


「――あれ? スキルや魔法が増えてる?」


 実は俺は誰にも言っていなかったが、自分のステータスの中に使える魔法の種類やスキルを確認することが出来る。

 その中でも見慣れない魔法とスキルがレベルアップしたと同時に出現した。


 魔法【ゴブリンファイア】、スキル【スパイラルアロー】


 前者は魔法だと思うが、後者は弓にスキルだった気がする。

 俺も多少は魔法を使えるが、【ゴブリンファイア】なんて聞いたこともないし、資料にも載っていない魔法だと思う。

 もしかしたら、先ほどのゴブリンが放っていた魔法なのかもしれない。


 そして問題は【スパイラルアロー】の方だ。

 俺はこの世界に来てからも、前の世界にいた時からも弓を扱った事はない。

 なのにこのスキルを覚えてしまった。


「さっき倒した魔物の中に弓を持っているゴブリンがいたな――もしかして、そいつがこのスキルを持っていたとか?」


 俺は一つの仮説を考えた。この職業【勇者】の能力はレベルアップすることにより、俺の能力が向上するものだと思っていた。


 ――本当にそれだけなのか?――


【勇者】の能力は今まで誰もわかっていなかった職業だ。まだ知られていない能力があってもおかしくはない。

 そのため、俺は自分の仮説が本当かどうかを確かめるため、魔物を探す事にした。


 ***


 気が付けば95階層まで到着していた。

 あれから魔物を何体か倒したが、レベルアップをしなかったせいか、仮説の実証はまだできていない。

 どうやら魔物を倒しただけでは特に変化はないらしい。

 しかも90階層に来たというのに、魔物の編成は特に変わらず、たまにオークやオーガのような別の魔物が増えているぐらいだ。


 俺はその後も魔物を狩り続け、最後にオーガの首を刎ねた時にレベルが上がった。

 そこで俺はすかさずステータスを確認し、魔法やスキルがどうなっているのかを確認した。

 すると――


 魔法【ゴブリンアイス】【ゴブリンサンダー】【ゴブリンロック】【オークファイア】【オークアイス】【オーガサンダー】etc……

 スキル【破壊槌】【五月雨突き】【五月雨射ち】【大木斬】【紅蓮拳】【薙ぎ払い】etc……


 かなりの数の魔法とスキルを覚えたようだ。しかもどうやら俺の仮説よりもいい結果が出たらしい。

 俺はてっきり最後に倒した魔物の魔法やスキルを覚えると思っていたが、レベルアップまでに倒した魔物が覚えていた魔法やスキルを覚えたらしい。


 これはあれか? よくある能力奪取系の能力に近い気がする。しかも条件は相手を殺すことか――

 この力をフルに使えば、俺はきっと光君に勝てる、そう思った。そしていずれは魔王も倒せるんじゃないかとその時は思っていた。

 そして俺はそのまま下の階層を目指し、出てきた魔物を狩りながら奥へと進んで行った。

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