第27話 私の事情、彼の事情、そしてこれから
フラれた。しかも流れで好きって言っちゃった……
文字にして4文字と2文字。されどこれ程心に響く文字はそうそうないと思う。
うすうす記憶喪失じゃない事は気が付いていた。コレはステイシーさんやラケーテン旅団のザックさん、ダンさんにロックさんとか、ナガヨシと多く触れ合った人たちは恐らく気が付いていると思う。
でもさ、普通既婚者でもうすぐ子どもが産まれる勇者の一人とか想像できないって!
まだ実はどっかの国の貴族でしたとか、王族でしたとかの方が想像しやすいって! そんな夢物語もそうそうないけど。
料理を食べた後、私達はそれぞれの宿に戻ることにした。でもナガヨシったら普通に私の宿まで見送ってくれるってもうね、本当に気遣いが出来過ぎ! あれ隠す気ないよね? 記憶喪失って。
宿に戻ると私の帰りを待っていたのか、多くのクランメンバーが私を出迎えた。しかもみんなニヤニヤしてるし――
「おっかえり~! で、どうなった? 上手くいった?」
「早く結果だけ教えて? 付き合うの? クラン辞めるの?」
「クルル可愛い! めっちゃオシャレしてるじゃん! これはもう結果を聞かなくてもわかるわよね」
「そうね! こんなかわいい子に告白されて断る男なんて、すでに売約済みか男好きのどっちかでしょ?」
みんな私が今日告白するって予想してここで待っていたようだ。
いや、告白も何も、フラれて帰ってきたところなんだけど――
「で、どうなったの」「早く教えて」「もしかして今から荷物置いて彼の宿に行くとか?」
「「「キャー!!!」」」
うるさい。ほとんどが先輩だったり年上だったりするので強くは出れないけど――
「はいはい、みんな迫り過ぎよ。これじゃあ話せないでしょ? いったん落ち着きましょ?」
そう声を掛けたのは、金精院の副リーダーのエルさんだった。その隣にはステイシーさんもいる。
ていうかステイシーさんもいるって――そんなに気になるのかな?
「はい、落ち着いたところでクルル、さっそく報告よ? 今日何をしていたか洗い浚い言いなさい」
そう言ってエルさんは私に席を進め、話すように促した。
朝ナガヨシと喫茶店でケークを食べたこと、そのまま雑貨屋デートを楽しんで、夕方に評判の店に行き、見事にフラれたことを報告した。
朝と昼の事を説明すると皆から「キャー!」とか「いいな~」とか「羨ましいな~」とか聞こえてきたが、フラれた話をしたときに皆黙っており、話し終えるとエルさんから頭を撫でられた。
ついでにナガヨシは記憶喪失ではなく、異界の勇者で既婚者でもすぐ子持ちであることは伝えた。本人からも許可取ったしね。
「辛かったでしょ……まさかすでに既婚者でパパになるなんて思わないわね。しかもあの若さでなんて」
「たしかナガヨシって20そこらじゃなかったかしら?」
「21歳ですね」
「じゃあクルルより少し年上か――クルルってこの前の誕生日で18歳になったんだっけ?」
「はい、そうです」
エルさんとステイシーさんが中心に私を慰めてくれる。たしかに辛かった。まさか恋心を自覚したとたんフラれるとかありえないでしょ!って叫びたかった。
「18だったらまだまだこれからチャンスはあるわよ。他にもいい男なんて沢山いるわ」
「そうそう! ラケーテンのザックさんとかダンさんとか。あと新人にもカッコいい人何人かいたよね? 今のうちに唾つけとく?」
「お姉ーさんが教えてアゲルってやつ? やだいいかも!」
「明日から国境へ出発だから、道中で仲良くなって国境で遊んじゃう?」
「いいねー! クルルも勿論参加するでしょ?」
他のメンバーからも慰めを頂いたが、もう私の今後は決まっているのだ。
「ステイシーさん、エルさん、それに皆さん。すみません。私、金精院を辞めさせていただきます」
そう言うと、周りは静かになった。そして代表してステイシーさんから質問がきた。
「一応理由を聞くわね? 何故かしらクルル。私達のクランは辞める時の制約は特にないけれど、理由ぐらいは納得のいく理由を教えてちょうだい」
私は今後の事について説明した。ナガヨシには常識がなく、現地の助けが必要であること。そして最大の理由として。
「もしかしたらナガヨシ、還れないかもしれませんしね。その時は私は傍にいてあげるんです。そしていつか振り向かせて見せる! そう決めたんです」
いつの間にか私は、常にナガヨシばかりを考えていた事に気が付いた。しかもここ数日ずっとである。恥ずかしい――
ステイシーさんも言っていたけど、普段は頼りないのに紳士的だし、物凄く強いしカッコいいし。しかも私は2回も守ってもらったのだ。普通に惚れてしまっても仕方がないともう。
「そう……諦めきれないからとりあえず付いて行ってアタックをし続けて、あわよくばを狙うわけね。しかももしかしたら還れないかもしれないから、落ち込んでいる時優しさを見せて堕落させようと――考えたわねクルル」
エルさんがそう分析しているが、その通りです。短い時間ですごく考えました。この考えに辿り着いた私に「さすが私! 略してさすわた!」と言いたい。
「はぁ……あなたの顔を見たらもう決心したのね。わかったわ。今回の護衛任務完了後、脱退を認めます。でもいつでも帰ってきていいからね、クルル。でも最後まで気を引き締めてお仕事してね」
ステイシーさんはアッサリ脱退を認めてくれた。このクランは本当に緩い。実際に――
「私は3カ月で戻ってくると思うけど? 皆どう?」
「あんたと一緒にしなさんなって。半年ね」
「いや応援しようよ! 帰って来ない方がいいって! 4カ月で!」
「「おい!」」
このクランメンバーの4分のは出戻り組である。しかも定期的に人が減っていくが、半数ぐらいは戻ってくる。理由は男に飽きたからと言っているけど、多分フラれたんじゃないかなと思っている。
そんなことを考えていると――
「不埒な考えをしているなクルル! よし! 今から飲もう! 男を手玉にする方法を教えてやる」
「あんたの意見なんて聞いても意味ないでしょ! フラれてるんだから!」「フラれてないし! フッたんだし!」
ココは居心地がいいんだ。だから皆戻ってくる。でも――
「私は戻りませんからね! いいでしょう、飲みましょう! 先輩たちの経験を聞いて反面教師にしてやりますよ!」
そう言ってお酒を手に取り飲みだした。皆の気遣いが胸に染みる。勢いよくナガヨシを堕落させると言ったけど、フラれているのだ。
ものすごく落ち込みたい。でも皆が私を慰めて気遣って頑張れって声援を送ってくれる。それだけで少し気が晴れた気がした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
国境へ行く日になった。太陽は隠れているが、雨は降らない天気だそうだ。
僕は宿を後にし、ヤンホーのおっさんの傍まで移動した。
「おっさん、おはようございます。今日は出発日和ですか?」
「おう、おはよう坊主。そうだな、太陽がなく、雨も降らない。最高の日和だ」
長距離の移動の場合、太陽が出ていると水の消費が多くなるし、体力を多めに奪われる。そのため、移動のみを考えると今日のような曇りの日が好ましいらしい。雨が降ったら最悪らしいけど。
おっさんさんはせっせと商品の最終確認をしている。急遽手に入った魔物素材はとても多い。
しかも僕が結果的に上位魔物を沢山狩ったみたいで、その所有権が僕の雇い主であるおっさんに回ったみたいだった。
「坊主のおかげでまた儲けれるな。ありがとよ。まさかこんなに金を運んでくれるとは、お前運が良すぎるな! どうだ? 俺の専属になるか? 今なら給料はいい額出してやるぞ?」
そう言ってきたが、これで5度目である。ほぼ毎日のように言われているスカウト文言だ。
「う~ん――やっぱり断ります。専属って言葉とお給料には惹かれますが、やらなきゃいけない事がありますので」
「またフラれたか。ま、ダメもとだ、仕方がない。でもいいか? 何かあったら俺を頼れよ? お前は命と金の恩人だ。恩は必ず返すのが俺の信条だからな」
そう言っておっさんさんはニカっと笑いかけてきた。僕としてもおっさんさんは恩人である。何もわからない僕にいろいろ教えてくれたのだ。もし何かあれば逆におっさんさんを助けるつもりである。
そう一度おっさんさんに言ったら、余計にスカウトに熱が入ったためもう言わないけどね。
「で、噂を聞いたんだが、お前クルル嬢ちゃんを振ったって本当か?」
昨日の今日でもう噂が流れるなんて、早すぎじゃないだろうか?
「ええ、事情を話して振りました。でも付いてくるそうです」
「何? 付いてくる?」
「はい、僕に着いてきて還る方法を探すのを手伝ってくれるそうです」
「なんだそりゃ? 振った相手を追いかけて、しかも恋敵の手伝いをするみないなやつだろ? 若い嬢ちゃんが考えることはおじさんにはわからんわ」
僕も未だに納得できていないので、おっさんさんと同じ気持ちです。
そうこう雑談をしていると、アマゾーさんやラーテーンさんも集まってきた。どうやら出発の最終確認をしていて、それが終わったみたいだ。
「おう、ヤンホー。そっちは終わったか?」
「今終わったところだ。何時でも出発できるぜ。お前らは?」
「こっちは問題ない」
「こちらも終わってます」
周りを見てみると、積み荷の周りにそれぞれの従業員やラケーテン旅団のメンバー、金精院のメンバーも集まってきた。
もちろんその中にはクルルさんの姿もあり、僕を見つけたのかこっちに向かって笑顔で手を振っていた。とりあえず振り返す。
「なんだ? 振ったって聞いたが振ってないのか?」
アマゾーさんがそう言ってきたので、先ほどおっさんさんに説明した事を再度話した。アマゾーさんもラーテーンさんも首を傾げている。
「護衛団、準備完了しました。何時でも行けます」
ザックさんが準備完了の合図を出してきた。いよいよ出発である。
「よしお前等! 前回のように不測の事態がいつ起こってもおかしくない! 気を引き締めていくぞ! 出発!」
「「「「「おう!!!!」」」」
その号令とともに、護衛団は町を出た。
ザックさんはゴトーさんと少し話をした後、僕の傍にやってきた。
「さて、噂に聞くと金精院の女子と仲良くなったみたいじゃないか。詳しく教えてくれ。この色男」
イケメンがニヤニヤしながらこっちに話を振ってきた。殴りたい。避けらるけど。
よく見るとダンさんやロックさんや他のメンバーもちらちら僕を見ているので、噂が完全にこの護衛団に広がっているのだろう。
僕はため息をつきながら、事の起こりを説明する羽目になった。早く国境の町に着かないかなと思いながら――
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