第2章 召喚者達の思惑

第20話 まだまだ慣れないこの力

ココから第2章の始まりです。

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 目が覚めると、知っている天井だった。最近はこのフレーズもテンプレ化してきていると思っている。

 ここはどうやら昨日泊まった宿の一室の様だ。何とか体を起こそうとすると、身体中から筋肉痛に近い痛みが駆け巡ったが、何とか起き上がった。

 体を見てみると、湿布のようなものが大量に張られており、まるで重病人のような出立だった。


「さて、目が覚めたら宿屋でしたが、果たして一体どれくらい寝てたのか――よくあるパターンだと3日とか1週間とかが相場だけど……」

 そんなことを呟いていると、扉が開きヤンホーさんが入ってきた。


「起きてるかー? って起きたのか! おそようだな。今はあの戦いから4時間経ったってところだ。腹減ってるか? 今広間で祝勝会中だ。参加するか?」

 そう言われると、僕のお腹から物凄く「ぐぅ~」っと音が鳴った。


「お腹が空きました。何か食べたいです」

「おう。じゃあ起きて広間に来い。今なら滅多に食えないアーマーライノの肉が食えるぞ」

「あ、ちょっと待ってください」

「ん? どうした?」


 僕は一生懸命体を捻ってベットから足を出し、起き上がるという動作をしようとした。

 しかし、体を捻ると激痛が走り、そのまま動くことができなくなってしまった。


「立てません。身体中が痛くてもう動きたくないです。できればご飯を持ってきてもらって食べさせられたいです。それぐらい動けません」

 僕は涙目でヤンホーさんに訴えた。


 実際にもう腕を上げることすら億劫となっており、このままじゃ料理が来ても食べることができない状態になる。

 目の前にご飯があるのに、腕が上がれず食べることができない。それはなんて生殺しなんだろうか――


「そうか――お前相当無茶な動きをしまくったみたいだな。他の人間が口々に言ってたぞ。お前の事異常に強いって。ま、その強さにも代償があったってことだな」


 代償というよりも、今回のこの体の痛みは急に無茶な動きをさせ過ぎたせいで、身体が付いていかず神経や筋肉がボロボロになったこと原因だろうと推測できる。

 いくら神様から身体強化の能力をもらったとはいえ、初陣で一瞬だけではなく、常時あんな滅茶苦茶な動きをしたんだ。まだ恐らく体に能力が完全に馴染んでいない為に起きた後遺症だと思う。

 もう少し馴染めばこんな痛さとも永久におさらばできる筈だしね。


「飯の件はわかった。誰か希望者を集めてお前の世話をしてもらうわ。ま、お前の世話をしたいというやつは沢山いるだろうから、声掛ければすぐにこっちにくるだろうよ」

 そう言ってヤンホーさんは部屋から出ていった。


 改めて今日の事を思い返してみた。生き物を殺すことから始まり、人殺し、魔物殺し、知り合いの死、無双系な活躍と大量虐殺。

 あまりにも濃すぎる非日常をこれでもかと経験したため、思い返すだけでドッと疲れた。

 思い返しは疲れるので、それから少しの間お腹が空いているので食事の事を考えていると、ノックの音がした。


「はーい。起きてます」

「お邪魔するねー? 身体大丈夫? って大丈夫な訳ないか」


 入ってきたのはクルルさんであった。手元には骨が付いているステーキのような物が2種類と果物のような物が入っている籠、そして昨日飲んだワインもどきの便を持っているのがわかった。


「とりあえず肉だね。体を元気にするにはとりあえず肉を食べるのが冒険者の流儀だからね。あとリリンとパイン、ハッサね。全部甘くて美味しかったよ」

 どうやら果物みたいな物は本当に果物の様だ。とりあえず肉が2種類あるが、何の肉か気になったので聞いてみた。


「あ、これ? こっちの白っぽいのがナガヨシが仕留めたライノの肉。一応討伐者だから一番美味しいと言われているところを持ってきてあげたよ! 後で一口頂戴ね!

 で、こっちの赤っぽい肉が君が捌いたラビンの肉だよ。調理班が腕によりをかけて調理したんだって。ってただ焼いただけだから何が腕によりかけるって意味が分からないんですけど?」


 そう言ってまずは僕の目の前にラビンのステーキを出してきた。


「まずは冒険者の心得として、君には自分が捌いた肉を食べてもらいます。ってあんなに活躍をして新人って誰も信じないだろうね。ま、一応しきたりだし? これを食べたら張れて見習い冒険者を卒業。立派な冒険者1年目として始まるってわけ。

 私を含め皆通った道だから、とりあえず一口でも食べてね?」


 そう言われて僕は用意されたナイフとフォークを取ろうとした。しかし、まだ回復していないのか、少しだけ体を動かすことができたが、やはりどちらとも持つことができなかった。

 そんな痛さに涙目になっている僕を見つめて、クルルさんは提案してきた。


「あ、ヤンホーさんが言ってたけど、まだモノを掴むことできない感じ? だったら私が食べさせてあげるね?」


 クルルさんはおもむろにナイフとフォークを取り、一口サイズに肉をカットし、その一切れをフォークに刺した後、僕の口元に持ってきた。

 しかも左手は肉がこぼれてもいいようにそっと添える形で――まさに「あーん」状態ってやつだ。


「ほら、あーんしてあーん」


 クルルさんは美人だ。戦闘中は青い綺麗な髪をポニーテールにしていたが、今はオフのため髪を梳いている。

 顔のパーツも目は大きくクリっとしており、鼻立ちもよく、これが僕じゃなかったら確実に惚れてしまうぐらいの可愛さを持っている。

 しかし、残念ながら僕は既婚者。しかももうすぐ子持ちだ。こんな攻撃には屈することはない!


「あむ――むぐむぐ……」


 僕は何も躊躇せずフォークに刺さってた肉をいただいた。それこそ照れてる表情や戸惑いの表情等も出さず。

 本当にお腹が空いている時はそんな感情とかは出ず、とりあえず目の前のご飯を食べたい気持ちでいっぱいだった。


「うん、美味い――なんだろう……似たような肉を食べたことがある気がするけど、これは何か違う……今まで食べたことないような不思議な感覚が広がる……」

「あーわかる。私もラビンの肉とか普通に何度も食べてたけど、自分が初めて捌いた時に食べたラビンの味は未だに覚えてるもんね」


 そう、恐らく思い出補正的なモノだろう。何かの記念日とかで食べた料理とかは意外と味も鮮明に覚えている事があるし、多分きっとそうなのだろう。


「ていうか、私が「あーん」したのに躊躇なく食べたわね。普通恥ずかしがったり躊躇とかしないの?」

「いや、今は色気より食い気だね。お腹が空きすぎて食い気以外の感情は湧きませでしたね」

「むぅう――じゃあ今は? はい、あーん」


 そう言って再びラビンの肉を僕の前に差し出した。今度はさらに上目使いのコンボまで添えて。しかし――


「あむ」

「あ、また躊躇なく――」

「うん、やっぱり肉はサイコーですね。もっとください」

「はぁ……わかったわよ。ちょっとは靡いてもいいじゃない……はい」

「いただきます」


 そうして僕は用意されたラビンの肉を平らげた。本当は手を合わせたかったが、身体の関係上、心の中だけで合掌させてもらった。


「(ありがとう。ラビンのおかげで僕はこの世界に本当に来てしまったんだと実感できました。本当にありがとう)


 次に僕が切ったというアーマーライノの肉が食べたくなった。しかし、気になることがある。


「ところで、僕が倒したアーマーライノって事は、あそこで倒した魔物ってほとんどが回収されたの?」

「そうだよ? 今回低位以外にも中位や上位の魔物もいたからね。特に上位の魔物なんて滅多に討伐することが難しいから、肉や素材の流通がなかなか無くて。だから今回倒した魔物は余さず素材を回収して皮や爪、牙等は武器防具屋、肉は食材屋、その他の臓器とかは薬屋や魔法道具屋に回されたよ」


 より詳しく話を聞いたが、まだすべての魔物処理は終わっていないみたいだ。とりあえず、上位の魔物は滅多に出回らないので、最優先で処理されたらしい。

 今はもう低位の魔物の処理だけが残っているらしいが、あまりに数が多く、余剰分も出ているため、もしかしたら一か所にまとめて燃やす処理を行う可能性があるらしい。


「とりあえず、はい、ライノの肉。一番美味しいと言われているお腹の中心の肉よ。はい、あーん」


 出されたライノ肉を食べた。

 それは一瞬で口の中に強烈な肉の旨味が伝わり、咀嚼をすると肉汁が口の中に浸み込んできて、どんどん旨味を増していく。

 さっきと違った意味でこんな肉食べたことない。美味すぎる。僕は今口に含まれている肉を飲み込み、また新しい肉のお代わりをお願いした。


「そんなに美味しいの? 涙が出るぐらい? うわやば、今すぐ食べたいかも――ねぇ、ナガヨシ? 一口だけ頂戴?ダメ?」


 クルルさんが上目使いでお願いしてきた。正直あげたくない。僕だけで独り占めしたいという気持ちが湧き出たが、その上目遣いを見てふと冷静になった。

 今僕は腕が動かない。故にあげるのを断ってしまうと、クルルさんは不機嫌になりイライラして僕の肉を全部やけ食いしてしまうかもしれない。

 そうなっては困る。そのため僕は少し考えてクルルさんに提案した。


「いいですよ。では先に僕に先ほどの大きさに切ってから3口ください。そしたら残りを全て食べていいですよ」

「本当!」

「本当です。さ、早く下さい。まだ僕お腹一杯になってませんから」


 そう言うとクルルさんは僕が言った通り先ほどの大きさでステーキをカットし始めた。そして、フォークに3切れの肉を連続で刺し、3つまとめて僕の口に当ててきた。

 とりあえずいっぺんに食べたが、むしろこっちの方が圧倒的に広がる肉の旨味を堪能でき、僕はこの世界に来て初めて幸せな気分を味わった。


「じゃあ言われた通り残りは貰うわね。あむ――うぅ~美味すぎ――なにこれ? 上位の魔物ってこんなに美味しいの? はぁ~幸せ――」


 クルルさんは恍惚の表情を浮かべ、残りのライノの肉を全て平らげた。しばらくは本当に幸せそうな顔をしていたが、急に慌てだし、僕の胸元を掴み上げた。


「ねぇ? さっき私あなたが食べたフォークで肉を食べたわよね?」


 そう言われて、「あ、間接キスだ」と思った。しかし、元の世界では嫁と日常的に間接キスどころか直接キスもしているし、今更間接キスの一つや二つで慌ててしまうような経験値不足な恋愛はしていない。

 それに、いくらクルルさんが魅力的な女性でも僕のみなもには適わない! 残念だったね!


「そうですね。間接キスになりますか? 別に問題ないですよ?」

「私は気にするの! 失敗した――ライノの肉に目が行ってしまい、フォークを変えるの忘れてた」

「それにクルルさんが食べたフォークを僕の口に含んでいませんから、僕は間接キスしていない状態ですしね」

「なんかむかつく! 私だけ恥ずかしい思いしてるみたいでむかつく! だったらこのフォークをナガヨシも舐めなさい」


 もの凄く変態的な事を言っているが、それで気が済むなら舐めてあげよう。

 そう思い僕は迷いなく躊躇もせずそのフォークを口に含んだ。


「だからなんでそんなに躊躇せずできるのよ! しかも恥ずかしがってもないし! こっちだけ恥ずかしがってるなんて、恥ずかしがり損じゃん!」

「えっ? 僕は役得ですよ? 可愛い人にあーんから間接キスまでいただけて。いや~今日はラッキーだ」

「その余裕な態度むかつく!」


 そう言いながらもクルルさんは追加の肉を取りに行ったり、果物を切ってくれたりと、その後も体を動かすことができない僕に甲斐甲斐しくお世話をしてくれた。

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