第13話 初戦闘でチートを自覚する

 それは、あと少しで町が見える場所まで来てからの報告だった。


「族がこっちに突っ込んでくる! その数50!」

「更に後方に別の部隊! 恐らく主力だと思われる!」

「魔物の群れ目視できました。やはりとんでもない数です! 数え切れません!」


 なんだかものすごく悪い報告が飛び交っている。まさか初依頼と初陣がこんな危機的状況になるなんて想像もしてなかった。

 やっぱり僕は運がいいらしい。もちろん今回は悪運っていう意味でね。

 正直僕は今の時点であっぷあっぷしている。こんな僕の人生とは無縁の状態だった環境にさらけ出されて、しかも絶体絶命に近いピンチ。何とかいつもの自分を装うために、平常心のフリをしているに過ぎない。


「ザック隊長! 町の方から冒険者の集団が見えました!」

「お前らいい加減俺への呼び方を統一しろ! で、数は!」

「20人ぐらいです! 恐らく盗賊団退治の募集に来たやつらだと思います!」

「くそっ……族を倒すには十分な戦力だが、後に控えている魔物の群れをどうにかするには少なすぎる……」


 そうこうしているうちに冒険者集団と合流できる距離まで移動した。


「おーい! 俺はこの護衛団の代表を務めているラケーテン旅団のザックだ! お前らは族退治の依頼を受けたやつらか?!」

「そうだ! 俺はゼクス! 今回この集団の代表になった臨時リーダーだ! 何かトラブルか!」

「手短に話す! 今こっちに100人弱の盗賊団と、さらに後ろに数えきれない程の魔物の群れが迫ってきている!

 やつらこっちに助けを求めないことや武器を構えながら来ているとなると、魔物の群れについて何らかの情報を持っていると思われる!

 とりあえず族だけは退治したい! 力を貸してくれ! 報酬の話は後で行う!」

「はぁ!? 急な話過ぎて意味が分からんぞ!?」

「とにかく前を見てみろ! 詳しいことは戦いながら説明する!」


 そう言われてゼクスさんたちは前の光景を確認しに動き出した。

 その魔物の群れをみた冒険者たちは口々に「嘘だろ?」とか「うわーないわこれ」とう感想を漏らしていた。


「わかったならとりあえず構えてくれ。速やかに族を倒し、群れの餌にする! それで時間が稼げるかもしれない!」


 なんともむごい作戦である。死体を餌に僕たちは逃げる。理に適っているし元々あの人たちは悪者だ。

 でも僕ならそんな作戦は絶対に思いつかないと思う。


「ナガヨシ」

「はい? なんでしょうステイシーさん」


 僕はステイシーさんに呼ばれた。ステイシーさんの周りには先ほど後方待機として集まっていた面々も再度集まっている。


「今から乱戦になるわ。そのためあなたたちの面倒を見ながら戦うことはできないの。だからとりあえず死なないようにするために、今からこのメンバーで一つのチームとなって戦ってもらうわ」

「えっ! でも……」

「キャシー、あなたはこの6人の中で一番冒険者歴が長いわよね?」

「はい……もうすぐ5カ月です」

「じゃああなたがリーダーとなってまとめなさい。必ず全員で行動をすること。功を焦らないこと。倒せそうな敵がいても必ず全員で行動すること。いいわね?」

「わかりました。やってみます!」


 ステイシーさんはこの中でも冒険者歴が長いキャシーさんをリーダーとして僕たち新人をひとまとめにしようと考えたらしい。

 たしかにこれだけの人数がいたらお互いの死角をカバーできるだろうし、2,3人から襲われてもすぐに多対一に持っていけると思う。

 よく考えられている。さすがにベテランのクランだ。ノウハウが違う。

 ステイシーさんは「じゃあ後はよろしく! 全員死なないように!」と言い残し、前線の方へ移動していった。


「じゃあ私がリーダーをやるから、みんなよろしくお願いね」

「おう、リーダー頑張れよ!」「頼りにしてるわ、リーダー」

 キャシーさんは赤く短い髪をしており、僕より少し身長が低いが、僕より年上の印象がある女性だ。

 ほとんどがリーダーの指示を表明している最中一人だけ雰囲気が違った。


「なんでこの女が臨時リーダーなんだ? 俺だってもう5か月になるし、すでに族の1人や2人倒してるってのに……」

「バカ。決めたのはステイシーさんだ。こういう時は自分のクランのメンバーの方を頼りにするって決まってるだろ。あっちはこっちのことなんか知らないんだからな」

「でもよー……俺の方が強いぜ? 絶対」


 どうしてこんな非常事態の時にそんなことが言えるのだろう? 僕はとりあえず臨時とはいえある程度経験があるというキャシーさんがリーダーになってくれて助かってるけどなぁ?

 お願いだから輪を乱すことはやめてほしいな……


「とりあえず今回だけだ。今回は急だったからお前じゃなくてあのキャシーって子がリーダーになったんだろう。だから今回は大人しく従えって」

「わかったよ……今回だけ我慢するよ」


 恐らく彼は向上心が強いのだろう。だって今他の人に聞こえないぐらいの小さな声で「俺はもっと強くなって……」とか「我慢我慢。次は俺が……」とか言い続けてるし。

 本当にいるんだね。こんな状況下で自分本位な人って……こんな死亡フラグを立てる人って物語だけじゃないんだね。

 お願いだからテンプレの如く一人で突出して周りを巻き込まないようにしてください。お願いします。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いいかー! やつら魔物の群れがこっちに来ているっていうのに気にせずに俺たちに向かってくる! つまり、もしかしたら魔物を操るオーパーツとかを所持している可能性がある! できるだけ族を倒し、オーパーツを見つけることが、この戦の生存への道筋だ!」


 大きな声でサックさんが説明してくれる。もうすでに前線は40人近くの冒険者が迎え撃つ準備をしていた。


「今来ている前線のやつらじゃなくて、後続の奴らがオーパーツを持っているだろう! だから速やかに今向かってきている族を倒せ! 倒したのち後続を蹴散らしに行くぞ!」

「「「「「おお―――!!!!」」」」」

「全員!! 突撃!!」


 ザックさんの号令が上がり、各々が自分の武器を手に族を倒しに向かっている。

 ちなみにゴトーさんたち魔法使いは魔物がこちらに来た場合の切り札として待機している。


「私たちも行きます! いいですか! 絶対に一人にならないで下さい! 逸れた場合でも最低は2人組になるように注意してください」

「わかった!」「了解!」「おっしゃ! やるぜ!」


 僕たちも自分の武器を手に持ち、いつでも行ける準備をした。


「できるだけ打ち漏らした族を狙います! 私に続いて来てください!」


 そう言ってキャシーさんは走り出した。僕たちもそれに続く。

 周りはかなりの混戦らしく、ところどころ金属音や肉を断つ音が僕の耳に聞こえてくる。

 その音を聞くだけで心拍数が上がり、呼吸が早くなる。

 しかも焦る気持ちも沸き上がり、剣を握る力も増してくる。


「2人そっちに向かったぞ!」


 僕から見て左側から聞こえたその言葉が妙にクリアに聞こえた。

 反対側に顔を向けると、僕の人生で今まで見たことがない形相をした2人の男が、剣を振り上げながらこちらに走ってくる……


「ラケーテンの方々! 一人任せます! ナガヨシさんは私たちの傍に! 隙を作るから止めをお願い! いくわよクルル!」

「了解任せて!」


 キャシーさんとクルルと言われた青い髪のポニーテールの女性はそれぞれ剣を構えて1人の族に向かって行った。

 ラケーテン旅団の男性メンバーももう一人に向かって行く。

 僕は女性陣の後ろで剣を構えたまま機を窺っていた。

 族の男が剣を振り上げてキャシーさんに力任せに切りつけた。

 その斬撃を剣で受け止めたが、キャシーさんは膝をついてしまった。


「っく、重い! クルル援護!」


 何も言わずに男の斜め左から切りかかるクルルさん。男は剣をキャシーさんから戻し、防御に専念している。


「このクソ女! 大人しく切られろ! 死ね!」

「嫌よ! あんたが大人しく切られなさい!」

「そうよ! こっちはか弱いの! 早く諦めて死んで!」


 そんな罵声を浴びせながら、場は膠着していた。

 この男、剣の腕前がいいのか、2人掛かりでも問題なく立ち回っている。


「こいつ、強い! 隙が作れない!」

「当たりめーだ! 俺はこう見えても名の知れた盗賊団のボスよ! 今回は割のいい仕事が入り込んだんで別の組織の下にいるが、本来なら俺がこの集団のボスになれるぐらいだぜ! わかったら大人しくしてな! なに、お前ら顔はそこそこだ。大人しくしていたら後で可愛がってやるよ!」


 どうやら今回の襲撃は1つの集団ではなく、複数集団の連合襲撃なのか。

 正直そんなことはどうでもいい。今はこのピンチを切り抜けることが先だ。


「向こうは3対1か。なかなか手古摺るな。いくら雑魚でも数の理は理解しているか。こっちは女2人だが、俺様の場合は5人でも6人でも問題ない! 増援呼ぶか? 待ってやってもいいぜ?」


 この乱戦で増援を呼ぶことは難しい。実際にザックさんやダンさん、ステイシーさんは後続を討つために前の方に出ている。


「諦めないんであればそろそろ死ね。俺は3商人に用がある。もうお前たちの相手は終わりだ」


 そう言って今度は剣を両手でしっかりと構えなおし、上段に構えた。

 あれはマズイ!僕の中で警戒の予感が鳴っている。あれを振られたら2人は死ぬと何故か漠然に思ってしまう。

 そう結論を心の中で出すと同時に、僕は走った。2人の前に出るように。あの男の剣を受け止めるために。


 男が剣を下ろし始めたと同時に、僕は2人の前に出た。後ろから驚くような声と、僕の名前を呼ばれた声が聞こえるがこの際は無視する。

 僕は剣を受け止める体制に入った。もしかしたら死ぬかもしれない。剣ごと真っ二つになるかもしれない。

 でも……


『いい? なーくん。みなのこと好きなのはわかるけど、他の女の子にも優しくしないとダメだよ? みな以外の女の人なんてどうでもいいとか言わないで、ちゃんと優しくしてね?

 みなは皆に優しいなーくんが好きなんだから。気を付けてね?』


 昔みなもに言われたことを思い出していた。今ここで2人を見捨てたら絶対に後悔する。そんな自信がある。

 目標はみなもの元へ還ること。でもみなもとの約束を1つでも破ることなんてできない。


「(ごめんね。みな……約束守る代わりに約束破るかも……)」

「【超重斬】!」


 途轍もなく重い衝撃が1瞬剣を通して僕の体に伝わってきた。しかし――


「ぅぇ?」


 相手からの驚きにも似た声。それはそうだろう。何故なら……


「え、うそ? 相手の剣が折れた?」

「違うクルル! よく見て! 剣が切れている! あれ切れてるよ!」


 そう、相手の剣が僕の剣に当たったと同時に切れていったのだ。

 恐らく自慢の技だったのだろう。技名まで大声で言っていたし。その分理解ができない現象を目の当たりにして思考が追い付かないみたいだ。

 でも相手の都合なんて関係ない。僕はこの隙に剣を構えなおし相手の体めがけて切りつけた。


「はああああ!!!」


 気合を入れるように声を出し、剣を振るうと、簡単に男の体に剣が当たった。

 まるで吸い込まれるように簡単に。しかし剣を振り切ろうとしたときにそれは起きた。


「――えっ?」


 僕が切りつけた男は即死だった。男の体を右肩から切りつけた剣はそのまま抵抗なく進み、左腰あたりで真っ二つになった。

 体が真っ二つになっても生きれる人間はいないはずのため、即死で間違いなかった。


「うわ……真っ二つとか……ナガヨシ剣技凄過ぎじゃない?」

「しかも体の中で固いと言われてる背骨を斜めに切るって……スキル無しでやるんだったら達人級の技術じゃない?」


 後ろの女性陣も若干引いている。僕はと言うと――


「(え? 切れた? 真っ二つ? なんで? 力は入れたけど普通体を真っ二つに切れるものなの?)」


 ものすごく混乱していた。人体の構造的に考えて僕の下手な剣技でここまで切れるのはあり得ないはず。

 なのにあり得てしまったため、人を切った感触や目の前に見える内臓がずり落ちてきた死体を見ても動揺が起きず、ずっと混乱している状態であった。


「とにかく、助かったよナガヨシ! あんなスキルまともに受けてたら私とかなら死んでたね! ありがと!」

「キャシー。多分さっきのスキル【超重斬】とか言ってたから、キャシーが受け止めてたら衝撃波が周りに広がってあたしも死んでたわ。本当助かった。ありがとうナガヨシ!」


 女性陣のお礼の言葉を聞き、ようやく落ち着いてきた。

 とりあえず、僕は初めて人を殺した。でもさっきの混乱で嫌悪感や罪悪感はあまり湧かなかったので、その点はラッキーだったということで自分で納得した。


「間に合ってよかった。なんとなくヤバイ予感がしたから飛び出してしまったけど、本当になんとかなってよかった」


 本当にそう。もしかしたらそのまま3人とも死んでいた可能性もあるのだ。

 しばらくして、2人の興奮がある程度覚めてきたころ、隣の戦闘も終わっていた。

 ただ――


「済まないスミス!本当に……本当に済まない……」


 そこには2人の生存者と2人の死体があった。

 一人は族の男であろう。しかしもう一人は先ほどまで傍におり、声も掛け合っていたラケーテン旅団のメンバーであった。


「俺が……俺が前に出過ぎたせいで……俺なんかを庇って……お前もっと強くなって有名になるって言ってたじゃねーか……なんで俺なんか庇って死んでんだよ……」


 倒れている人を見ると、それは先ほどキャシーさんのリーダーに唯一不服そうな顔をしていた人だった。


「それ以上泣くな。スミスはお前にそんなに泣いてほしくて庇ったわけじゃないだろ……スミスは仲間思いで常に周りを気にしていた男だ……とっさにカバーに入ったんだろう」

「俺が……俺がスミスが言ったように前に出すぎなければ――」

「酷な事を言うけど、後悔は後にしろ。族の方はどうやら残りは後続だけみたいだけど、魔物の群れがある。このまま放置しておくと、多分魔物に食われてしまうから、せめて向こうの陣営まで運ぼう。な?」

「――ぐぅっ……わかった……」


 そう言って2人はスミスさんの遺体を持ち上げ下がっていった。

 その間はキャシーさんもクルルさんも何も言わなかった。


「やっぱりつらいね。仲間が死んじゃうの……」

「……だね」


 2人はまた黙ってしまった。

 僕はこの世界で初めて見る知っている人の死に対して、何も感じることができなかった。

 元の世界では両親は既にいない。2人とも船の事故により死んだため、遺体は回収できていない。

 そのため、今回初めて知っている人が死に、しかも目の前に遺体がある状況を体験したのだが、やはり何も感じることができなかった。

 これは恐らく――


「(実感がわかない。さっきまで強くなるんだって言ってた人が死んだ。でも何もわからない……なんだこれ? 自分の感情が本当にわからない)」


 先ほど人を殺した際も混乱していたが、僕は再び混乱してしまったみたいだった。


「さて、ナガヨシ。物思いに更けているところ悪いけど、私たちもいったん後退するよ。ここいらの敵はもういないみたいだし、指示を仰ぎたいしね」


 キャシーさんが後退を言ってきた。僕もそれに賛成のため頷いた、

 なんだかいろいろなことが立て続けに起きたため、僕の頭はパンク寸前だったので、一旦落ち着ける場所に移動したかったので丁度よかった。

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