第80話 俺たちのプレゼント選び

 愛美あいみとの勉強会を終え。

 気づけば、あっという間に月日は経っていた。

 中間テストと同じく、月曜から金曜までの一週間を贅沢に使った期末テスト期間が終わった。

 とりあえず、一学期の山場は超えたと言っていいだろう。

 来週のテスト返しが終われば、後は夏休みが来るのを待つのみ。

 今日は、七月最初の土曜日。その、昼下がり。


隼太はやたー! そろそろ行こうー!」


 快活な様子で俺に声をかけてきたのは、我が妹・舞衣まい

 自室で座っていた俺は立ち上がり、舞衣を見る。


「よーし、行くかぁ」


 あくびをしつつ、俺はそう返す。


「ほらほら、もっとシャキッとしてよ!」


 舞衣は俺の背後へ回り、背中を押してくる。


「今日は、父の日のプレゼントを買いに行くんだから!」


 そう。今日、俺たちは、父の日のプレゼントを買いに行く約束をしていたのだ。

 とは言っても、父の日はもうとっくに過ぎているのだが。

 本来であれば、今年は父の日のプレゼントはなしにしようという事で、俺たち兄妹三人の話はまとまっていた。

 しかし、舞衣が「やっぱり気が変わった」と言い出したので、これから父の日のプレゼントを買いに行くことになったのだ。


正徳まさのりの運転で行くの?」

「当たり前でしょ! ってか、私らの中じゃ、正徳しか運転できないんだし!」


 というわけで、正徳の運転で、俺たち三人はプレゼントを買いに向かうのだった。


 ◇◇◇


「お父さん、なんだったら喜ぶかな~」


 車に揺られながら、舞衣が呟いた。

 正徳が運転し、後部座席に俺と舞衣が座っている。

 とりあえず俺たちは、少し大きめのデパートへ向かっていた。


「母の日は花だったよな? 父の日もその路線か?」


 隣の舞衣を見て、俺はそう訊いた。


「ん~。お母さんなら花はありだったんだけど、お父さんだしな~」

「なんか実用性のある物の方がいいんじゃね? 花よりそっちの方が親父は喜ぶだろ」


 運転している正徳が、そう提案してくる。


「実用性のある物か~。なんかある隼太?」

「俺かよ。……そうだな。……酒じゃね?」

「お酒かぁ~。正徳がいるから買えないことはないけど、お酒っていくらくらいするのかな~」

「プレゼントだから、親父が普段飲んでるやつより高いやつの方がいいだろうな」


 そう言って、俺はスマホでお酒について調べてみる。


「ちなみに、親父はビールしか飲まんぞ」


 正徳がそう付け加えた。


「あ、そっか。正徳はたまに親父と飲むんだっけ?」


 スマホをいじりながら、俺は訊く。


「そ。俺の覚えてる限りだと、親父はビールしか飲んでない。まあ、俺も言うほど親父と飲んでるわけじゃないけどな。酒飲み始めたのも最近だし」


 だが、それでも参考にはなるな。

 俺は正徳の言葉を聞いて、良さそうなビールをネットで探し始める。


「うーん。じゃあさ、あえて冒険して、ビールじゃなくて日本酒プレゼントするっていうのはどう?」


 そう提案するのは舞衣。


「いや、それはどうかな。俺は無難にビールでいいと思うけど」


 俺がそう返すと、


「バッカお前。可愛い妹の言うことだぞ? 隼太に拒否権はない。よし、舞衣が言う通り、日本酒にしようそうしよう!」


 正徳が俺の意見に反対してきた。

 このシスコンめ……。


「隼太、ダメ……かな……?」


 と、舞衣がキラキラとした目で俺を見る。

 ヤダなにこの子可愛い! え? これがうちの妹ってマジ? 可愛すぎだろ! うちの妹マジ天使!(洗脳済み)


「そうだな……。俺が間違ってたよ。マイスウィートラブリーエンジェルの舞衣が言う事だもんな。父の日のプレゼントは日本酒以外にありえないな!」

「やったー! お兄ちゃん大好きー!」


 舞衣が勢い良く俺に抱きついてくる。


「おーよしよし。舞衣は可愛いな~。ぐへへ」


 俺は舞衣の背中を優しく撫でる。


「ちょっと待てよ舞衣! 俺に抱きつかず隼太に抱きつくとはどういうことだ! 正徳お兄ちゃんと結婚したいと言ってたあの時の舞衣はどこへ……」


 俺と舞衣がイチャイチャしてるのを見て、正徳が不満を漏らす。


「いや、正徳と結婚したいなんて私言ったことないけど……。っていうか正徳は今運転中じゃん」

「くっ~! 俺が運転していなければ、舞衣は俺の物だったのに……! 隼太てめえ! お前は彼女がいるんだから、舞衣は俺に譲れよ!」

「ふっ。舞衣は正徳じゃなくて俺を選んだんだよ!」

「貴様……! 後で戦争だ。帰ったら俺の部屋に来い!」

「へ、どうせ格ゲーだろ? 受けて立つぜ!」

「はっはっはっ! 一度たりとも俺に勝ったことのない隼太さんが、結構な自信があるようで?」

「今日は勝つ!」

「ぶっ潰す!」


 俺と正徳の一連のやり取りを見て、舞衣はため息をつく。


「はっ~~~。どうして私のお兄ちゃんって、どっちもこんなにシスコンなんだろうか……」


 そう嘆いた後、舞衣は続けて、


「も~! 私は二人とも大好きだって何度も言ってるでしょ!? 後、帰ったら三人でゲームしよっ!」


 と、声を張り上げてそう告げた。

 舞衣のその言葉に、俺と正徳は微笑み、


「そうだな。せっかくだし、俺と正徳と舞衣の三人でパーティーゲームでもするか」

「その前に俺との格ゲーが先だからな、隼太。これは譲れねえ。そんでもって、勝った方が、舞衣に思いっ切り抱き締めてもらえるってことで」

「望むところだっての!」

「え~!? なんか私、勝手に賞品にされてるし……。まあいいけど」


 そんな会話をしながら、俺たちはスーパーへと向かった。


◇三人称視点


 その日の夜。

 影谷かげたに家はある一人を除いて、全員が寝静まった。


「さあ、行くか」


 がやってきて、その男は家を出た。

 家族にバレる心配はない。家族にバレているようじゃ、論外だ。

 その男の手には、どこか見慣れない、武器のようなものが握られている。

 彼が外へ足を踏み出せば、そこはまるで、別世界。

 いや、違う。

 


「これは、影谷かげたに隼太はやたを中心としたラブコメ? ああ、確かにその認識は間違っちゃいねえ。これは確かにラブコメだ。だがな、一つわかっていて欲しいことがあるんだ」


 誰に向けるわけでも、彼は呟く。


「平和なラブコメの裏には、残酷な世界があるんだって事を」


 淡々とした口調で、彼は続ける。


「もしもこれが、商業的なラノベなら、こんなことはありえないだろう。世界観がぶち壊しだって、叩かれるに決まってる。でもな、お前らも知ってるだろ? これは、ネット小説なんだよ。なんでもありなんだよ」


 メタ発言としか思えないその発言は、確かに、一部の読者を幻滅させるには充分な威力があるかもしれない。

 だが、彼は口を閉ざさない。


「この世界は、最初から狂っていたんだ」


 外に広がるのは、無数の影。

 実体のある影、とでも言えばいいのだろうか。

 その影は、何の躊躇ためらいもなく、町を破壊していく。

 建物が、影の手によって崩壊していく。

 ここで影を仕留めなければ、にも影響が及ぶ。


「まずいな……。急がねえと」


 男は駆け出す。

 しかし、彼は気づいていなかった。

 後ろから迫る、別の影に。


「なに!?」


 気づいた時には、もう手遅れ。

 その瞬間、彼は悟った。


 ――られる、と。


 だが……。


「てりゃあぁあ!!」


 間一髪のところで、その影を刀で切り裂く少女が一人。

 切り裂かれた影は、蒸発するように空へと消えていく。


「あ……」


 少女に助けられた男は、彼女を見て微笑んだ。


「はは。助かったよ」

「ボッーとしてないで。早く立って!」

「あ、ああ」


 いつの間にか尻餅をついていた男は、その場で立ち上がる。


「いつも以上に多いね」

「ああ」


 少女の言葉に、男は頷いた。


「――今日が、正念場だ」


 直感で、男はそう感じていた。

 今日が正念場だと、そう感じていた。

 今日ミスれば、確実に、嫌な事態が起こる。

 だから、なんとしても、今日を無事に、乗り切らなければならないのだ。


「――行くよ、正徳まさのり!」

「任せろ! もうヘマはしない!」

「そんなの当たり前!」


 正徳と呼ばれたその男は、少女と共に駆け出した。

 これは、隼太も舞衣も、両親ですら知らない正徳の秘密。

 だが、この非現実的としか言えない世界については、多くを語るつもりはない。

 この作品はあくまで、ラブコメなのだから。

 では、何故このような一幕について描写したのか?

 それは、描写せざるを得ない状況になったから、とでも記しておこうか。

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