第74話 俺の彼女が家に来るらしい
金曜日の放課後。
俺はいつものように、
愛美と並んで歩いていると、
「ねえ、
俺の顔を覗き込むようにして、愛美が俺に話しかけてくる。
「してるしてる。来週から一週間期末テストだしな」
土日休みを挟み、月曜日からは一学期末のテストが始まる。
それを理解しているからこそ、俺のことを心配して、愛美はそんな質問をしてきたのだろう。
「ホントかなー? 私が見る限り、隼太君が勉強してるようには見えないんだけど?」
俺の発言を疑っているのか、ジト目で俺のことを見る愛美。
「真の天才は、努力していることを隠すものなのさ」
「ちなみに、前回の数学のテスト、何点だったっけ?」
「……天才は、過去を振り返らない。未来だけを見ているのさ」
「29点だったっけ?」
「バッカ! そんな低くねえよ! 44点だ!」
「……………………」
「……………………」
しまった。つい口がすべってしまった。
「この俺をはめるとは、愛美も中々やるな。さすが俺の彼女だ」
「……ねえ、ホントに勉強してる?」
尚もジト目で俺を見る愛美。
「してるとも。前回の比じゃないくらいにな」
「……ふむ。じゃあ、今度のテスト、私と勝負しようか?」
「いいぜ。望むところだ」
「負けた方は罰ゲームありで」
「……いや待て。真の天才は、安易に他人と勝負なんてしない。自分自身と向き合うのさ。よって、愛美と勝負はしない」
「これは……勉強してないね?」
愛美が呆れたようにため息をついた。
「してるって」
あくまでも俺は、勉強をしていると言い張る。
「じゃあ、罰ゲームありで私と勝負することになってもいいよね? 私に勝てるなら、罰ゲームは隼太君には関係ないわけだし」
「いいぜ。天才は安易に勝負しないんだが、彼女の頼みとなっちゃあしょうがない。まあ、俺が負ける可能性なんて彗星が空から降ってくるレベルでありえない話だが、念のため、罰ゲームの内容を聞いておこうか?」
「罰ゲームは……そうだなぁ……。裸で学校一周」
「うん。それ捕まるよね? 後それ、愛美が負けたら大変なことになるよ?」
「ふふ。冗談だよ?」
平然とした顔で冗談を言うな。冗談を言う時は、もっと冗談っぽい顔をしろ。……冗談っぽい顔ってなんだよ。
「じゃあ、恥ずかしいセリフを録音して、それを勝った方にLINEで送るっていうのはどう? どんなセリフにするかも、勝った方が考えるってことで」
「一応聞くけどさ。愛美さん、自分が負けた時のこと考えてらっしゃる?」
愛美の恥ずかしいセリフは……まあ、俺が聞く分にはいいんだが、愛美的にそれはオーケーなのか?
「私は、罰ゲームなんかじゃなくても、隼太君が言ってほしいセリフいつでも言ってあげるよ? なんて言ってほしい?」
愛美に言ってほしいセリフ……か。考えたこともなかったな。
少しだけ考え、俺は愛美に言ってほしいセリフを告げる。
「にゃんにゃん♡ お兄ちゃん大好きだにゃん♡ チュッ」
……自分で言って寒気がしました。
「うわぁ、それは普通にキモいね。特に、隠しきれないシスコンっぷりがキモい」
愛美がドン引きしていた。
「ねえ、君なんでも言ってあげるって言ったよね!? そんなに引かないでくれます!?」
俺が涙目でそう訴えるも、愛美は俺からどんどん距離を取る。
「いや、ごめん。予想以上にキモくてびっくりしてる。そのセリフは言いたくないかも……。……キモいね、隼太君」
「ちくしょう! 絶対このセリフ言わせてやる!!」
負けられない戦いが、ここにある!
と、しばらく俺と距離を置いていた愛美だったが、やがて俺の隣に戻ってくると、
「まあ、それはそれとしてさ! 明日土曜日でしょ? そこで一つ、提案があるんだけど!」
さっきまでドン引きしていたのが嘘のように、愛美は俺の腕に抱きついてくる。
「なんだよ提案って?」
愛美が抱きついてくるのはいつものことなので、俺はそれについてはツッコまず、言葉の続きを促す。
「うん。ほら、私ってさ、隼太君のお家がどこにあるのか、いまだに知らないんだよね。もうすぐ付き合って一ヶ月なのに!」
「そうだな。俺はほぼ毎日愛美の家に通ってるけどな」
「それも不公平だと思うんだよね~。隼太君はいつでも私の家に侵入して
「俺がお前を夜這いしたことあるみたいな言い方はやめろ。後最後の発言はおかしいだろ」
「だから、明日の土曜日さ。隼太君の家で私と勉強会しない? お互い、わからない問題を教え合うの!」
「いや、それは……」
それは少し、まずい気がする。
明日は土曜日。つまり、休日。俺も休みだが、当然家族も休みだ。
家族が家にいる中で、愛美が俺の家に来るというのには少し……いやかなり抵抗がある。
しかも、俺はまだ両親に彼女ができたことを伝えていない。
「別に、俺の家で勉強しなくてもよくないか? 休日でも学校は開いてるわけだし、学校でもできる。それか、近くのファミレスなんかでもいい」
「隼太君の家でやることに意味があるの!」
「それはまた今度でも……」
「むー。なんか不都合でもあるの?」
愛美が頬を膨らませて俺を見る。
「不都合っていうか……親が家にいるわけで……」
「私は気にしないよ?」
「俺が気にするっての!」
愛美のメンタルならそれくらい余裕かもしれないが、俺のメンタルが持たない。何より、愛美が帰った後に両親から質問責めされるのは目に見えている。
「俺、まだ両親に彼女がいるって話してないんだよ……。兄妹には話したんだけどさ」
「じゃあ、良い機会だし、私のこと紹介しちゃう? 結婚を前提にお付き合いしてますって。いや、もう結婚してますって言うのもありかな!?」
「結婚してないし、結婚前提でもないから。変な事言うな」
「ぐぬぬ……。冗談が通じない人は嫌われちゃうよ?」
「愛美の場合、冗談で言ってなさそうだから怖いんだよ」
「確かに……。私、本気で隼太君と結婚したいと思ってるよ。私が隼太君と結婚したいってことは、隼太君も私と結婚したいはずだよね……。え? どうする? 今から区役所行って婚姻届出してくる?」
「隙あらば俺と結婚しようとするのやめろ。後、俺まだ十八歳じゃねえから」
「そうだった☆ 十八歳じゃないなら仕方ないね!」
「……ったく」
俺はこめかみを押さえて、思案する。
実際どうしようか? いつまでも両親に黙ってるわけにもいかないし、この際、本当に愛美の言う通り、両親に彼女できたって報告しちまうか?
いや、それは俺の心の準備が……。
……って、よく考えたら、一ヶ月もの間、両親に彼女ができたことを隠してるってのもおかしな話だよな。
……覚悟を決める、か。
「……よし」
と、俺が決意を固めたところで、
「まあ、隼太君がどうしてもご両親に報告するのが嫌なら、友達っていう
俺が何かを言う前に、愛美があっさりとそんなことを口にした。
「え……」
愛美のあまりの潔さに、俺は驚きを隠せない。
「ん? 何か問題あった?」
不思議そうに俺を見る愛美が、首を傾げる。
「いや……。せっかくだし、彼女ができたって報告しようかな……と」
俺がぼそりとそんなことを呟くと、
「え!? ホント!? やったぁ!」
愛美は子供のように頬を緩ませて、俺の腕を抱き締める力を強くした。
「これで、隼太君の家族公認の彼女になれるんだね?」
「まあ、そういうことになるな」
「やったやった! あ、ちなみにさ、元カノのことは、両親には報告したのかな?」
「……いや、元カノは、結局両親に報告しないまま別れた。兄妹は知ってたけど」
「勝った……!」
何やら勝ち誇った様子で、愛美が小さく拳を握った。
「じゃあ、両親にとっては、私が隼太君にできた初彼女になるわけだよね? やばい、めちゃくちゃ嬉しい。え、やばいやばい。ホントに嬉しい。う~! すっごい! これ、すっごいよ隼太君! これは……私たち結婚するしかないよ!」
「……すぐそういう方向に話を持っていく」
どんだけ俺と結婚したいんだよ、こいつ。
「じゃあ、明日は隼太君の家で勉強会するってことでいいんだよね!?」
「ああ……問題ない……」
「やったぁ! ありがとう隼太君! 大好き! 好き好き! 超好き! さっきはドン引きしちゃってごめん! やっぱり隼太君大好きだよ! ぎゅ~!」
俺の体全体を覆うようにして、愛美が抱き締めてくる。
胸当たってるし、顔も近いし、すっげえ良い匂いするし。なんか色々やばいけど、今は耐えよう。
「家に招くくらいでこんなに喜ぶとは……」
「そりゃ喜ぶよ! 彼氏の家だよ!? 家族公認だよ!? 間違いが起きるかもしれないんだよ!?」
「間違いは起きねえから安心しろ」
「大丈夫。私、今生理じゃないから!」
「何が大丈夫なのか全く理解できん」
……深く考えないようにしよう。
「ふふふ。楽しみだなぁ~」
心の底から楽しみにしている彼女を見て、俺は思わず、頬が緩んだ。
愛美が幸せそうにしている顔は、俺も見ていて幸せになる。
こういうのも悪くないな……と俺は思った。
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