第58話 俺の本音

 ◇◇◇


 今思えば、今日の俺はずっとおかしかった。

 それは多分、俺が、自分の本音に気づきたくなかったからなんだと思う。


 ◇◇◇


 昨晩、俺は愛美あいみをデートに誘った。

 愛美は喜んで俺の誘いを受けてくれた。

 今日のプランはこうだ。

 午前中は動物園へ行き、その後近くにある適当なお店で昼食。昼からは遊園地に赴き、夕方まで遊び倒し解散。

 我ながら完璧なデートプラン! 抜かりはない!

 もし愛美が金欠でも奢ってあげることが可能! そのためにお金はかなり余分に持ってきた。

 幸い俺には金がある! 昔から貯金だけはこつこつしているので、バイトをしていなくても金はあるのだ。

 そうやって器のでかさをアピールすることで、愛美をさらに俺のとりこにする! 作戦は完璧!

 え、なんの作戦かって? まあまあ見ておきなさいよ。すぐにわかるさ。


 まずは待ち合わせだ。昨日は愛美の家で待ち合わせたが、今日は駅前で待ち合わせしている。

 俺が待ち合わせ時間の五分前に駅に着くと、愛美らしき後ろ姿が見えた。昨日はめちゃくちゃ待たされたのに、なんで今日は早く来てるんだよ。

 俺は愛美に近づき、声をかける。


「すまん、愛美。待ったか?」


 はい完璧! ちゃんと前回の反省(第38話参照)を活かしております! ええ、俺はやればできる男なのです!

 俺に気づいた愛美は、笑顔で応じる。


「ううん。全然待ってないよ、隼太君!」


 嬉しそうに愛美は俺に抱きついてくる。


「隼太君の方から誘ってくれて超嬉しかった! 私、今日は気合入ってます! どうですかこの服装!」


 愛美は俺から一旦離れ、自分の服を見せつける。

 ピンクの肩だしシャツに、青いショートパンツ。

 正直俺の好みである清楚とは程遠い、かなり露出多めの服装だが、こういうファッションも悪くないな。というより、愛美はどんな服を着ても似合いそうだよな。


「うん。似合ってるな」

「でっしょー!? 隼太君は露出多めの服も好き、と。メモメモ」


 愛美は上機嫌だった。よし、なかなか雰囲気は良い感じだぞ。


 動物園にて。


「隼太君あれ見てー! あのパンダ! 可愛くない!?」

「そうだな、確かに可愛いな。まあ、愛美の方が可愛いけどな」


 はい決まった。さりげなく彼女の方が可愛いですよアピール!


「は、隼太君!? ど、どしたの……? 今日は随分積極的だね……」

「ん? そうか? 俺は真実を言っただけだぞ?」

「へ、へえ……。真実をねぇ……。えへへ、そっかぁ。私可愛いかぁ……えへへ」


 嬉しそうな顔を隠そうともしない愛美。やだこの子ちょろい。心配になるレベル。


「お、愛美」

「なに?」

「ちょっと動くなよ……」


 そう言って、俺は愛美の肩を右手で掴み、顔を近づける。


「え!? えぇ!? は、隼太君!? 今日はどうしたの!? せ、積極的すぎるよぉ……!で、でも、キスとかそういうのは本物の恋人になってからの方が……!」


 やけに動揺している愛美。俺はそのまま、愛美の顔に自分の顔を近づけていく。そして、左手で愛美の髪の毛に触れた。


「髪の毛にゴミついてたぞ」

「え!? あ……なんだゴミか……。ちょっと期待しちゃった……」


 ちなみに、愛美の髪の毛にゴミなんてついてませんでした。俺がこういう状況を作るための演出でした。作戦成功! はい、次行ってみよう!


 とある飲食店にて。


「うおっ! 愛美、このハンバーグめっちゃ上手いぞ!」

「そうなんだ! 私が頼んだパスタも結構おいしいよ!」

「マジか! パスタも気になるな……。よし、じゃあ一口ずつ交換しよう! 愛美、俺の口にパスタ放り込んでくれ!」

「え、えぇ!? 隼太君!? でもこれ、私の食べかけだよ!? 間接キスだよ!?」

「そんなの気にしないって! ほら、早く!」


 俺は大きく口を開ける。


「えっと……もしかしてこれ、私が隼太君にあーんをしろってこと?」

「そうだよ! 学校でもやったんだから平気だろ?」

「ホントにどうしちゃったの隼太君!? え、え? いいの!? あーんってしていいの!? 他にもお客さんいるよ!? いいの!?」

「いいから、早く!」


 いいわけあるか! こちとらめちゃくちゃ恥ずかしいわ! こんなことやりたくねえわ! でも、愛美を喜ばせるためにやるしかない!


「うぅ……。なんか私の方が恥ずかしくなってきたかも……。っていうかこれ、学校でやるより難易度高くない? でも、積極的な隼太君も好き……♡」


 愛美がなんかぶつぶつ言っている。

 うん。早くしてくれないかな? なんか、俺一人でずっと口開けてるのバカっぽいからさ!


「あ、あーん……」


 恥ずかしそうに頬を赤く染めて、愛美は俺の口にパスタを入れた。俺はそれを咀嚼する。


「うん。おいしいな。よし、じゃあ次は愛美な。口開けて」

「え、私はいいよ……。あーんしなくても食べれるし……」

「ばっか! カップルがあーんやらないなら、誰があーんってやるんだよ!」

「家族とか?」

「俺たちは結婚前提で付き合ってるから家族同然だな! よし、あーんってやるぞ!」

「え!? いつから私たち結婚前提だったの? っていうか付き合ってないよね? んんん? 隼太君、どっかに頭ぶつけたの!? そのくらいおかしいよ!」


 なんか、普段と攻守が逆転している気がする……。でもそんなこと知るか! これは俺の作戦だ!

 俺はハンバーグを一口サイズに切り、愛美の口に近づける。


「ほら、あーん」

「え、ホントにやるの!? ……あーん」


 愛美はハンバーグを口に入れ、咀嚼する。


「もう、なんか色々と混乱し過ぎて味わかんないよ……。もしかしてこれ、私の夢なのかな? 私、昨日の夜からずっと夢でも見てるのかな?」

「夢じゃないぞ。現実だ」

「で、でも……。隼太君が積極的過ぎるよ……」

「なんだよ? こういうのは嫌か?」

「い、嫌じゃないよ!? 嬉しいよ! 積極的な隼太君好き。このまま結婚する?」

「まあ、それもいいかもな」


 俺はニヤッと笑う。


「じょ、冗談が冗談として機能してない……。いつもの隼太君なら絶対拒否してくるのに……」

「なんだ、冗談だったのか?」

「いや! 結婚したいくらい隼太君のことが好きってのは本当なんだけど! ここまでいつもと違うと調子狂っちゃうというか……。でも、やっぱり隼太君のことは好きだし……うーん……」

「俺が好きなら何も問題ないだろ」

「そ……そうかな……?」

「そうに決まってる」


 さて、そろそろ次に行こうか。


 遊園地にて。


「は、隼太君……。ここのお化け屋敷、超怖いんですけど……。私、無理かも……」

「大丈夫。俺に掴まれ」


 俺は愛美に腕を差し出す。愛美は俺の腕に自分の両腕を絡める。


「な、なんか心臓バクバクする……。これってお化け屋敷のせいかな?」

「さあ? もしかしたら、俺と腕組んで緊張してるせいかもな」

「う、うん……。そうかも……。なんか今日の隼太君、頼もしい……」


 ばっかお前! 俺も超怖いっての! 俺はびびりなんだよ! 怖いに決まってるだろ! でも、今日の作戦的にびびってる姿は見せられないんだよ! なんでお化け屋敷なんか入っちゃったんだよ俺!


「えへへ。隼太君とこんなに密着できることって滅多にないから、思いっ切り楽しんじゃおっと」

「いや、密着自体は割と普段からしてると思うけどね? 愛美が無理やりくっついてくるせいで」

「あれ、そうだっけ? まあ、いいや。でも、私と隼太君が合意の上で密着するのは、あんまりないでしょ?」

「まあ、確かにな」

「ふふ。隼太君、私に惚れちゃった?」

「……………………」


 沈黙。俺は愛美の質問に答えない。


「え!? ここにきて塩対応!? さっきまでの隼太君はどこへ?」

「ん? なんか言ったか愛美?」

「え、ぁ……いや、なんでもない……」


 それ以上、愛美はその話題には触れてこなかった。


 そして、日が沈み、空がオレンジ色になってきた頃。


「なあ、愛美。最後に観覧車にでも乗らないか?」

「うん。いいね、それ! 乗ろう乗ろう!」


 観覧車の列に並び、俺と愛美は観覧車に乗る。

 向かい合わせになって、俺と愛美は座る。

 ガタガタと観覧車の揺れる音が響く。


「愛美……。今日は楽しかったか?」

「うん……楽しかったよ……。隼太君からデートに誘ってくれて嬉しかったし。それに、今日はなんだか、本当の恋人みたいだった……」


 頬を赤く染めながら、彼女は笑った。

 その笑顔を、俺は可愛いと思った。愛おしく思った。

 そうだよ。ずっと前から、俺は愛美のことを可愛いと思っていたんだ。

 もしも、こんなに可愛い子が彼女なら、最高じゃないか。幸せじゃないか。

 それでいいじゃないか。


「愛美……」


 俺は彼女の名前を呼び、立ち上がる。


「え? どうしたの隼太君?」


 愛美は戸惑っている。その反応すら、俺は可愛いと思う。

 俺は、愛美の隣に腰かけて、彼女の手を握った。


「は、隼太君……?」

「愛美――」


 その瞬間、俺たちの乗る観覧車が、一番高い位置に来た。

 そこからは、夕日で赤く染まった綺麗な景色が見える。

 きっとこのタイミングが、一番ロマンチックだ。


「俺は、太陽たいよう愛美あいみのことが好きだ。俺と、付き合ってほしい」


 彼女の顔を見つめて、そう告げた。

 彼女は目を見開いて、今日一番に驚いた顔をしている。


「隼太……くん……」

「愛美……」


 俺たちは見つめ合い、そのまま、唇と唇を合わせ――。


「待ってよ……」


 愛美がそれを止めた。


「ど、どうしたんだよ? 愛美……?」


 キョトンとした顔で、俺は愛美を見る。


「隼太君……隼太君は……本当に私のことが好きなの?」


 目に涙を溜めて、彼女は言う。


「なんか……今日の隼太君は……ずっとおかしかったよ……」


 俺は、どこかで危機感を感じた。これ以上はダメだと、俺の何かが訴えている気がした。


「待てよ。愛美。俺は本当に愛美のことが好きだよ。好きじゃなきゃ、告白なんてしない」

「そうかな……。私には、こう思えたよ……」


 愛美の目尻から、一筋の涙がこぼれる。


「早くこの物語をハッピーエンドで終わらせたい。そのためには、これが一番効率が良い。だから俺は、愛美と付き合うことにしよう。隼太君はそう思ってるんじゃないかなって、私は思ったよ……」

「そんなこと……ないよ……」

「じゃあ、よく考えてみてよ。隼太君が私に告白しようと思ったきっかけはなんだった? よく考えて」


 そう言われ、俺は考える。

 思い出すのは、昨日の帰りの電車だ。

 俺は、黒崎くろさきとの会話を通して、こう思ったんだ。


「俺は、何かを変えたいって、思ったんだ……」

「うん。何かを変えたい。じゃあ、私との関係性が変わると、どうなると思う?」

「俺と愛美が付き合えば……月宮つきみやは、愛美のことを諦めて……。もしかしたら月宮は、姫川さんのことを好きになるかもしれなくて……。そしたら、月宮と姫川さんは両想いになって、二人とも、幸せになれて……。愛美も、俺と付き合えて幸せで。みんなが、幸せで……。それは、最高のハッピーエンドなわけで……」


 俺は、自分の頭を整理するように、呟いた。

 その時、愛美は何故か、俺の言葉に一瞬驚いたような顔をした。しかし、すぐに愛美は冷静な顔に戻り、


「……やっぱりね。ねえ、隼太君」


 そう言って、愛美は俺を見つめる。


「君は、みんなの幸せのために、自分に嘘をついてないって……言い切れる?」


 俺は考える。

 俺は、自分に嘘を……。

 いや、まだだ。そうじゃない。待て。待つんだ、俺。


「俺は……確かに愛美が好きで……」

「じゃあもしも、真莉愛まりあちゃんがように恋をしていなかったら? 君は今日、私に告白しようと思った?」


 確かに俺が愛美に告白しようと思ったきっかけの一つに、月宮と姫川さんをくっつけるという思惑があったのは事実だ。

 でも、それはあくまでついでなはずで……。


 ――本当にそうか?


 もしも、姫川さんが月宮のことを好きじゃなかったら、俺はまだ、ニセの恋人というぬるま湯に浸っていたんじゃないか? ニセの恋人という関係に、満足していたんじゃないか?


「やめろ。違う。俺は、愛美が好きだ!」


 必死に叫んだ。

 俺は愛美が好きだ。俺は愛美が好きだ。俺は愛美が好きだ。俺は愛美が好きだ!


「好きだ! 愛美!」

「そんな作り物の好きはいらないよ! 隼太君!!」


 涙ぐみながら彼女は叫んだ。


「違う! 本当に好きだ! 愛美の顔が好きだ! 愛美が着る服が好きだ! 愛美の性格が好きだ! 俺がどれだけ突き放しても、俺のことを見捨てなかった愛美が好きだ! 本当だ!」


 これは、俺の本音だ。

 本音……だよな?

 自分で自分がわからなくなってくる。


「じゃあ……」


 彼女の右手が、俺の右頬に触れる。


「――あなたは、私とデートした時、元カノの華咲はなさき美優みゆさんのことを、一度も考えませんでしたか?」


 俺は目を見開いた。

 今日の俺は、美優のことなんて一度も考えていないはずだ。

 愛美の質問にはなんの意味もない……はずだ。

 動物園でパンダを見ていた時も美優のことなんて全く思い出さなかったし、昼食の時もそうだ。

 美優の……ことなんて……。

 そういえば、中学の時も、美優と動物園や遊園地でデートしたっけ……。

 いやいや、今更何考えてんだよ、俺は。

 そんな伏線はどこにもなかったじゃないか。

 おかしいだろ、こんなの。


「なんで、美優の名前が出てくるんだよ……」

「いいから、私の質問に答えてよ」

「美優のことは、そりゃたまに考えたりもするけど……でも、今日のデートでは、一度も……」

「じゃあ、これも考えてみて。私と美優さんとなら、どっちとキスがしたいですか?」


 美優の顔がちらついた。美優とキスしている想像をしてしまった。

 それは、嫌な気分ではなかった。


「いや……愛美の方がいいよ。愛美とキスしたいよ。だって美優は、俺を裏切ったんだ」

「私と美優さん、どっちとエッチがしたい?」


 想像した。美優とそういうことをしている姿を。

 嫌な気分ではなかった。

 愛美とそういうことをする姿は――。

 待て。

 待て。

 待て。

 ……待ってくれ。

 頼む。待ってくれ。

 違うと言ってくれ。


『私たち、ずっとこのままならいいね』


 それは、中学生の頃。

 美優と優希ゆうきと海へ遊びに行った時、美優が言っていた言葉だ。

 ずっとこのままならいいね。

 俺も、そう思ってたよ。

 美優と、ずっと恋人でいられたらいいのに……なんて。

 例えば、今でも美優が俺の恋人だったなら、俺の高校生活は、もっと、もっと、楽しくなっていたはずだ。

 愛美に出会わなくたって、なんの問題もなかったはずだ。

 いや、もしもの話になんて意味はないよな……。

 でも、もしも美優と一緒に、高校に通えていたら……。

 ああ、ダメだ。

 なんか、頭がぼんやりしてきた。

 思考が支離滅裂になってきた。


「俺は……」


 俺の脳裏に、中学の頃の記憶が蘇る。

 美優に告白した日のことや、美優と一緒にデートした日のことを、思い出す。

 あの頃が一番、楽しかったような気がする。

 過去に戻れるなら、戻りたいかも……。

 過去に戻って、美優に会いたいな。

 …………………………。


 …………会いたい。


 華咲美優に、会いたい。


「……嘘だ」


 俺は、どんどん息苦しくなっていった。

 自分が、最低だと思った。


「嘘だと言えよ、俺……」


 愛美と付き合いたいか?


 NO。


 美優とよりを戻したいか?


 YES。


 それが、本音だった。

 ずっと、ずっと、隠してきた本音。見ないようにしてきた、本音。


「……ごめん、愛美」

「どうだった、隼太君?」

「俺は……」


 俺は、今でも、ずっと――。


「華咲美優が、好きだ」


 いつまでも未練がましい、最低なやつだったよ、俺は。

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