第49話

『ねぇ、昨日の話聞いたー?』

『駅前のでしょ、聞いた!』

『友達が居合わせたって! 動画も撮ったらしいよ!』

『え! 見たーい!』



『孔美ちゃんと……誰だっけ?』

『相馬君……だったかな?』

『芹澤君とよく話してるよね?』

『皆瀬さんとも仲いいよねー?』



『きゃー! 抱きついてるよー!?』

『凄ーい……2人って付き合ってるのかな?』

『じゃあ明莉と3角関係とか……』

『え、そうなのー!?』


『相馬君って地味だと思ったけど……』

『見た目じゃわからないよねー、こんなにかっこいいなんて』

『ねー、声かけてみようかなぁ』

『無理無理、だって孔美ちゃんと明莉だよ?』

『『『はぁぁ……勝てっこないよね~』』』


――――



 正門で美央と別れて、俺は明莉と孔美、3人で教室に入る……ん? なんか見られてるな……。

 ちらりと2人を見ると、俺と同じように首を傾げている……なんかあったのか……?


 席に座り、スマホを取り出してイヤホンを付ける……いつもの流れだが、やはりちらちらとこちらを見る様子が気になるな……


「おはよう夏希、なにかあったのかい?」


「おう、おはよう。さぁな、俺にもわからない」


 音楽を聴く間もなく春翔が声をかけてくる。すると突然、俺の肩をポンと誰かが叩いた……なんだ? と顔を上げると、見覚えのある男子生徒が……誰だっけ?


「よう、相馬。なかなかの人気じゃないか、やるねぇ」


 ニヤリと笑いながら声をかけてくる……短めの黒髪に鋭い目、日に焼けた肌でがっしりとした体格だし運動部のやつだろうか……? 


「ん? なんのことかな? えーっと……」


「へ? まさか俺の名前覚えてないのか!? クラスメートだろ、ひでぇなぁ……桐生だ、桐生 直将(きりゅう なおまさ)」


「あー、桐生ね……で、俺に何か用かな?」


「はぁぁ……なんだよつれねぇな? 昨日の駅前の事、かなり話題になってるぜ?」


 駅前……? まさか、孔美を助けた時の事か!? そういやこの学校の制服を着た生徒も多く居たか……。


「相馬がナンパされてた渡來を助けたってな! やるねぇ!」


「あー、普通だろ? 別に大したことじゃないよ」


「それを普通だって言えるのがすげぇんだって、他のやつらは見てただけなんだろ?」


「おはよう、直将。なるほど、夏希は僕が居ないところで随分と面白いことをしていたんだね?」


 春翔が笑みを浮かべながら茶々を入れてくる……いや、別に面白くもない事だったんだが……。


「おう、おはよう! 芹澤は知らなかったのか? 昨日駅前で大学生2人相手に渡來を庇って一歩も引かなかったらしいぜ」


「夏希らしいね、それで色めきだっているってわけだ」


「あのな……まぁいいや、その話が広まったって事か」 


 教室の中を見渡すと、視線を逸らしていくクラスメートたち……あ、孔美が顔を真っ赤にしている……。


「で? 相馬と渡來は付き合ってんのか?」


 は? いきなり何言ってるんだ!? 付き合ってはいないが……好き合ってはいるな。


「付き合っているわけじゃないけど……まぁ、妹が良くしてもらっているからその縁だよ」


「へぇ、なるほどね? まぁそこらはどうでもいいんだけどよ!」


 わははっと笑う桐生……どうでもいいのかよ!


「しかし、入学早々に話題になるとは面白れぇな! これからよろしく頼むぜ、相馬!」


「よろしくな桐生……俺の話題なんてすぐになくなるよ」


「ははっ、芹澤とつるんでる以上そう簡単にはいかないと思うがな! 楽しくなりそうだぜ」


 そう言って桐生は自分の席へと歩いて行った……騒々しいやつだな……。


「直将が初対面であそこまで楽しそうなのは久しぶりに見たよ」


「そうなのか? 人見知りしそうにもなさそうだったが……」


「見た目で損をするタイプなんだよ、話すといい奴なんだけどね」


 そう言われれば……学校外で初めて会ったのなら、普通は好んで話し掛けようとは思わないだろうな。


「ふぅん? まぁうるさいけど悪い奴じゃないってのはなんとなくわかった。春翔の友達みたいだしな」


「あぁ、直将は小学校から一緒なんだよ、夏希も仲良くしてくれると嬉しい」



 そんな話をしてるうちに、本鈴が鳴り戸渡先生が入ってくる……さて、今日も一日頑張りますか。



――――



 どこか居心地の悪さを感じながらも授業は進み……昼休みになった。

 昨日と同じように、俺の周りには春翔と明莉、孔美が弁当を持って席についている。


 さて、飯にするかと弁当を広げようとするが……急に廊下がざわざわとしだす……。


「失礼いたしますわ。こちらに相馬様はいらっしゃいますか?」


 そう言い教室の入り口に立ったのは……掛井先輩だ……俺に用事? 委員会の事かな?

 席を立ち、入口へ向かう俺に教室にいたクラスメートの視線が集まる。


「掛井先輩、こんにちは。委員会の事ですか?」


 委員会、その単語を聞いたクラスメートはどことなく張りつめていた空気を緩める……が。


「いえ、そうではありませんわ。で少しお話がしたくて……」


 昨日の件、掛井先輩が言うのはおそらく孔美との一件の事だろう……まさか掛井先輩の耳に入るほど広まっているとは……。


「今からでしょうか? まだ弁当を食べてもいないのですが……」


「さすがにそれは不躾でしょう? 放課後、図書室までいらしていただけませんか? もちろん、渡來さんたちを一緒に誘っていただいても構いませんわ」


「部活があるはずですが……一応聞いておきますよ」


「どうもありがとうございます、それではまた後程。失礼いたしますわね」


 先輩を見送り、席に戻ろうと振り返ると……クラスメートが一斉に顔を逸らしたのがわかった……。





「相馬君、私も行っていいかな?」


 掛井先輩との話が聞こえていたのだろう、明莉がそう持ち掛けてくる。


「んー、いいんじゃないか? 掛井先輩も『渡來さんたち』って言ってたしな」


 なぜ俺だけじゃないのか気にはなるが、だからと言ってわざわざ1人で行く事も無いだろう、美央にも声をかけておけばそのまま一緒に帰ることも出来るしな。


「じゃあ、私も今日は部活お休みしていくねー、掛井先輩のお話も気になるし」


「そうだな……昨日の事もあるしそうしてくれるか?」


 ナンパされていた事を言ったつもりだったんだが……孔美も、明莉も顔を真っ赤にする。


「ナンパされていたって事だからな? まぁもう大丈夫だと思うけど」


「わわわ、わかってるってー! か、帰りは迎えに来てもらうんだしー!」


「べべ、別に変な事を考えたりなんて、していませんから……」


 そう言われ、自分たちが勘違い……というべきか思い違いというべきだろうか……違う事を思い出していた事に気が付いた2人は、見ていて思わず笑みを浮かべてしまうほどに慌てる。 


 

「まぁいいさ、それじゃ……そろそろ弁当食べようぜ、腹が減った……」


 そう言い、弁当を広げる俺達を春翔は何かを言うわけでもなくにこにことしながら見ている……。

 そう言えば、4人でいるときはあまり話しかけてこないな……。


「春翔は明莉や孔美が一緒にいるとあまり話さないよな? なんでだ?」


 春翔に限って人見知りだとか、話したくないだとかはあり得ないだろう……なにか理由があるのか?


「あぁ、気にしなくていいよ。僕は観客で居たいだけだからね」


「ふぅん……まぁそれならいいけどさ」


 それ以上は聞かなかった。観客で居たい、そう言う春翔の気持ちが……俺にはわかってしまったから。

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